授業が始まる前の騒がしい朝の教室。 ツナは机に頬杖をついて、一人ぼんやりと外を眺めていた。 ああ今日もまたつまらない一日が始まる。 一時間目は数学だっけ、宿題やってないや、だってプリントの問題読んでも全然解んない。 指されたらやだな、もう帰りたい。 それでも教科書とノートだけでも用意しようと机の中を探る。しかし中はからっぽだ。 あれ?どーしたんだっけ…? そこでツナは自分が既に中学も高校も卒業している事を思い出す。 あ、これ夢だ! ならば宿題を忘れたと教師に叱られる事は無い。ツナは安堵のため息をついた。 教室の扉が開き男子生徒が入ってくる。確か彼は小学六年の時のクラスメイトだ。 「なーみんな聞いたか!?」 開口一番彼は言った。 「ダメツナが死んだんだってさ!」 にぎやかだった教室が更にざわつき出す。 「えーマジで?」 「なんか事故だって」 「ちょっ!ちょっと待って!」 ツナは思わず立ち上がって叫んだ。 しかしその声は音にならず、誰もこちらを見向きもしない。どうやらツナの姿は皆に見えないらしい。 「ふーん自殺とかじゃないんだ」 ツナはぎょっとして声の方を振り向いた。中学一年の時、クラスメイトだった女子。名前は覚えていない。 「ダメっぷりを悲観して屋上から飛びおりたのかと思ったー」 「あ、あたしも思ったー」 「自殺だったらさーテレビとか取材に来たのにね」 「あーゆーインタビューって顔隠してるけど、知ってるヤツが見たらモロバレだよねー」 「まさかこんな事が起きるなんてーとか言ったり?超うけるー」 「あいつどーせダメツナだし、生きてても別に良いことないし、いーんじゃん?」 「言えてるー!」 教室中が笑い声でどっと沸いた。 これは夢だ。 なんという悪夢だろう。 また扉が開き、教室が静かになる。 入って来たのは、京子と山本で、二人とも並中の制服姿だった。 「京子ちゃん!山本!」 二人は沈痛な面持ちで顔を見合わせた。 「聞いたか?」 「うん…」 京子は涙ぐんでいた。 「何でこんな事になっちゃったのかな…」 二人にもツナの存在は分からないようだった。 ツナは体ががくがく震えるのを感じた。 お願いだから、こんな夢覚めて! やがて一人、また一人と生徒達は教室を出ていった。からっぽの教室にツナは一人取り残される。 「ああああああーっ!!」 誰か!誰か!誰か!誰か!誰か!誰か! 「……いめ!10代目!」 ハッと気付くと獄寺が心配そうに覗き込みながらツナの肩を揺すっていた。 心臓が痛いくらいに鼓動が早い。 「ごく…」 「大丈夫ですか!?10代目!ひどくうなされてましたよ?ああ汗もこんなに」 ツナの額に張りついた髪を獄寺の指がそっと払う。 「ごくでらく…」 「はい」 ツナの目が大きく見開き、ぼろぼろと涙がこぼれる。 「うわああああーっ!!」 ツナは獄寺の首にしがみついた。怖くて怖くてたまらなかった。 「獄寺君!獄寺君!」 必死にすがるように抱きついて名を呼ぶ。 「10代目…」 獄寺の腕がツナの背にまわり抱きしめた。 ツナは更にぎゅうぎゅうと力をこめてしがみつく。 「獄寺君、獄寺君、ここにいる?」 「10代目!大丈夫ですよ、俺はここにいますよ!」 「よかった…獄寺君がここにいるなら、俺は、ちゃんとここにいるんだね…」 「10代目…」 獄寺のツナを抱きしめる腕の力が強まった。 痛いくらいだったが、ツナはそれでも嬉しかった。 獄寺がここにいて、自分もここにいて、それを感じられることに安心した。 獄寺の肩に頭をのせ、ほうと溜息をつく。 「…10代目」 獄寺の骨ばった手がそっとツナの頬にかかり上向かせられる。 室内に電灯はついておらず、獄寺が持ってきたのか、枕元におかれた懐中電灯のわずかな灯りだけが二人を照らしていた。 濃い陰影のかかる獄寺の顔を見て、ああこの人はやっぱり綺麗な人なんだなあと思う。 その顔が段々と近づいてくる。 ツナの目元の雫を獄寺の唇が啄ばみ、そのまま涙に濡れた頬にも口付けが落ちる。 「ごくでらく…」 消え入りそうに名を呼ぶ唇に、唇が押し当てられた。 「んっ…」 柔らかくはまれ、吸われる。 すぐに熱い舌が差し込まれた。 焦って全てに触れようとするかのように、咥内を動く。 ツナは抵抗しなかった。 どこかで何か引っかかっていた物が、ようやく、すとんと腑に落ちたような気がしていた。 熱くとろけそうな感覚に、頭に霞がかかっていく。 抱きあって口付けながら、少しずつ体が倒れていって、ツナの背はベッドに押し付けられた。 半身にのしかかった獄寺の重みと熱さを、ツナは心地いいと感じた。 「ふ…うぅん」 頬をなでていた手が耳の辺りをくすぐり、ツナは子犬のような吐息を吐いた。 「じゅうだい、め」 耳元で愛しげに熱っぽく囁かれて、かかった息の熱さとくすぐったさに震える。 うなじをペロリと舐められた。 「ん…」 首筋から鎖骨に、ゆっくりと下に手が這わされていく、ツナの胸の膨らみに獄寺の手が触れ、そのままやんわりと掴む。 「あっ!」 ツナが身を捩じり、ベッドが揺れた。 ガシャーン。 突然の物音に、二人はビクリと体を振るわせた。 床を見ると、少しヒビの入った懐中電灯が転がっていた。 獄寺が枕元に置いていたのが落ちたのだ。 「す、すいません!」 我に返った獄寺が、ツナから離れる。 「あの…俺…その…」 狼狽する獄寺は少しの間、言い訳の言葉を探していたが、無理だと悟ったのか 「すいませんでした!」 頭を深々と下げると背を向けて、部屋から出て行こうとした。 「待って!」 その腕を掴んでツナは引き止めた。 「お願い…独りにしないで…」 「10代目…」 獄寺は腕を掴むツナの手をほどき、手のひらでしっかりと握りなおすと、ツナのベッドの横に跪いた。 「解りました…。沢田さんが眠るまで、お傍にいます」 「うん…お願い」 ツナは獄寺の手を強く握ると、静かに目を閉じた。 |