「ダ、ダメ!やめてっ!!獄寺君!!」 「どうしてです!なぜ拒むんです!」 「だって、こんな…こんなの……獄寺君の気持ちは嬉しいけど…お願い、やめて……」 「いやです!俺は…俺はもう我慢できません…!ずっと求めていたものが目の前にあるのに……!」 「ちょ!ダメ!」 「手をどかしてください。お願いです、見せて」 「いや…やだ…」 「沢田さん……っ!」 「ああっ!!獄寺君!や!あっ!あああーっ!」 「これが沢田さんの……」 ごくりと生唾を飲み込むと、獄寺は隠されていたものを口に含んだ。 「やーめーてー!こんな失敗した料理食べないでー!!!」 第三者が聞いていたら何事かと思うような会話は、ここ最近よく交わされていた。 ツナは家庭科専任家庭教師のビアンキによって、一通りの料理のレシピは叩き込まれていた。 しかし、知っているという事と、実践するという事はイコールではない。 特に料理は日々の鍛錬がものをいう。 自宅に母親の奈々と一緒に住んでいたツナは、ほとんど家事をしていなかった。 奇妙な同居生活が始まって、ほっておけば獄寺が家事を全てしてしまう事は予想がついたので、 ツナは家事はきちんと半分ずつ分担しようとすぐに提案した。 そして獄寺が屋敷にやって来て、一週間。 根がずぼらなツナと、意外と潔癖症な獄寺なので、実際の分担は3:7くらいになってしまったが それでもツナは獄寺に任せっきりになるのは嫌だったので、それなりに頑張っていた。 そんな訳で、ツナは日々、フライパンを焦がし、鍋を煮詰め、野菜クズを生産し、調味料を間違えている。 「砂糖と塩を間違える奴なんて、漫画の中にしかいないと思ってたよ…」 「さすが沢田さんはフィクションと現実の垣根も越える稀有な存在ですね!」 相変わらず獄寺のフォローはフォローになっていない。 溜息をついてツナは自作の煮っ転がしを口に入れた。 これは調味料の選択そのものは間違っていなかったが、分量がいまいちで、あまり美味しくない。 「獄寺君…ホント、無理して食べなくていいからね…?」 「何言ってんですかあ!貴方が作って下さったものを残すなんてありえないですよ! そんなに謙遜なさらないで下さい!沢田さんの手料理は三ツ星レストランのフルコースも目じゃないッス!」 どこまで本気で言ってるんだろう、と思うが、実際、ツナが作ったという事実に獄寺の味覚は麻痺してしまうのかもしれない。 この人、俺が毒入り料理を出しても食べちゃうんじゃないか? そんな想像にツナは何とも言えない気持ちになった。 「ビアンキが獄寺君の恋人だったら大変だねえ」 「ぶはぁっ!!!な、何ですか!?その怖ろしい仮定は!!!!!」 「いや、獄寺君だったらさ…」 恋人の作った料理なら、リボーンのように上手い事逃げようとしたりしないで、愛のためにバカ正直に食べて死んでしまうんではないか。 子供の頃のビアンキのポイズンクッキングがまだ致死性でなくて良かった。 しかしツナは言葉を続けられなかった。 それではまるで獄寺がツナの料理を食べるのは、獄寺がツナを好きだからだ、と言っているようではないか。 確かに獄寺は自分を好きではあるだろう。でも、それは恋人のそれではない。 獄寺はツナの恋人ではない。 獄寺はツナの…… 一体、何だろう? 「ううん、ゴメン。何でもない…」 「沢田さん?」 うつむいて黙りこんでしまったツナに獄寺は慌てて、言葉を探した。 「あ、あの!本当に!俺、沢田さんが作ってくれたものなら何でも喰いますから!」 「……そーゆー風に言うってことは、不味いって事は理解してるんだ?」 「え!…………独創的で大変素晴らしい味だと思います」 「もういいよ…」 ツナはもう一度溜息をついて、キュウリの漬物を箸でつまんだ。ずらりと繋がって何枚も付いてくる。 「うー…。こんなことならちゃんと母さんの手伝いしてれば良かった…」 「お母様はお料理が上手ですから。沢田さんが料理する機会が少なかったのも当然ですよ」 「母さん…」 「……」 「母さんは…元気?」 「お元気ですよ」 「…そっか、良かった」 「お母様もお父様も野球野郎も芝生ヘッドもその妹もウザ牛もイーピンもアホ女もランキング小僧も元気ですよ。あ、アネキも」 「え……」 今まで、何となく聞いてはいけないだろうと、家族や並盛の皆のことは聞けなかった。 そうか、皆、元気なのか。 「なら良かった……」 「沢田さん…」 改めて自分の境遇を思い出す。 自分は……そう、お家争いの火種になってしまう面倒な存在のはぐれモノ。 マフィアのボスのなりそこない。 獄寺はそれについてきてしまった部下だ。 彼は現状が解っていないわけではない。それでもツナの元にいるのだろう。 忠実な部下として。 |