「そんなの…」 ツナは口ごもって俯いた。 獄寺が近づいてくる。 「10代目、やせましたね…。ちゃんと食ってますか?」 どちらかというと、痩せたというより、やつれたと言った方が相応しいツナの姿に、獄寺の胸は痛んだ。 「そーいやそろそろ昼飯の時間ッスね!俺、なんか作りますよ」 「え…」 「10代目が入ったのはあっちですね!あー本当にでっけえ穴開いてんなー」 「あの、獄寺君…」 「さ、行きましょー10代目」 獄寺が手を差し出した。 「あ」 血まみれなのを思い出して、苦笑いしながら引っ込めようとする。その手をツナがとった。 「じゅ…」 獄寺の手のひらに残るトゲを取り除き、ハンカチでそっと血をぬぐう。 「屋敷にいったら、まず先にちゃんと手当てしよう?」 「はい…」 獄寺の傷は出血の割に大したものではなかったので、消毒した後に、何枚か絆創膏が貼られるだけで済んだ。 手当てを終えると、いいからというツナを押し切って獄寺は食事を作りだした。 「すぐ出来ますから、ちょっと待っててくださいね」 「うん…」 あまり家事の得意ではなかった獄寺だが一人暮らしが長いせいで、それなりに料理も出来るようになっていた。 大ざっぱではあるが手際良く野菜を切って鍋に入れていく。 台所に立つ獄寺の背中を見ている内に、ツナはだんだんと苦しくなってきた。 「10代目は濃いめの味付けのが好みでしたよね?」 「……」 「10代目?」 「帰りなよ獄寺君」 「なっ……!」 作業の手を止めて獄寺が振り向く。 「なんでそんな事おっしゃるんですか!」 ツナは目を合わせないように顔をそむけた。 「み、身の回りの世話なら、俺、自分で出来るよ、もう子供じゃないんだし」 「何言ってんですか、10代目!そーゆー問題じゃ…」 「もう“10代目”じゃない!」 「!」 「ボスの右腕になるんだろ!?立派なマフィアになるんだろ!?“元・10代目”にくっついてて何になるのさ!意味無いよ!」 「沢田さん…」 ツナはハッとして我に返った。これでは八つ当りだ。 「ゴメン…俺と一緒にいたせいで、獄寺君のボンゴレでの位置も微妙になっちゃったのにね…ゴメンね…」 「いえ、そんな…」 「でも君は強いし、頭もいいし、新しいボスもきっと、君の事、認めてくれるよ。…だから、イタリアに帰りなよ」 「…………」 「俺は大丈夫だから」 「…呼んだくせに」 「え?」 「あんな声で俺を呼んだくせに、大丈夫なんて言うんですか」 「え?ちょ、何の事?」 「俺、聞いちまったんです、温室で、あなたが俺の名前呼ぶのを」 「えええーっ!?」 「沢田さんは、本当の気持ちを隠されるから。昔、俺が昇進してイタリアに行くって時にも、 俺のためを思って引き止めないけど、本当はすっげー行って欲しくないって…」 「ぎゃー!」 ツナは思わず悲鳴をあげた。 「ちょっと待てーー!!何で知ってんだ君はー!!」 「すいません、立ち聞きする気は無かったんですが」 「立ち聞きしたのー!?あっ!あーキツネ!?キツネか!君だったのか!こ、このごんぎつねー!!」 ツナは驚きと羞恥のあまりパニックに陥った。 まさか当の獄寺本人に聞かれていたとは。恥ずかしすぎる。 真っ赤になった顔を隠してツナはうずくまった。 獄寺も側に寄って同じようにしゃがみこむ。 「あの時、俺決めたんです、絶対に、この方の傍を離れまいって。たとえ何と言われても」 「う…」 「俺、どこにも行きませんから」 「う〜」 「いいですよね?」 もはや拒絶の言葉は意味を持たない。 ツナは膝の間に顔を隠したまま、小さく頷いた。 それからしばらく二人してしゃがみこんでいた。 ツナは顔をあげるタイミングを逃して困っていた。 獄寺がじっと自分を見ているのは分かっていたので、顔を合わせるのが恥ずかしかったのだ。 ふと気付く。 「あれ…何か焦げ臭くない?」 「そういや…あーっ!」 「鍋!」 鍋は焦げつき、中身は消し炭と化していた。 「す、すいませんっ!」 「い、いいよ、いいよ」 「すぐ作り直します!」 「いいってば。もう俺おなかペコペコだし、インスタントにしよ」 そう言って台所の隅に置かれた袋から、カップ麺を二つ取り出す。 「獄寺君、とんこつでいい?」 「は、はい!」 「夕飯はちゃんとしたもの作りますから!」 カップ麺をすすりながら獄寺はツナに何度も繰り返した。 「これも美味しいよ」 そう言ってツナは笑った。 そういえば、此処に来てから何かを口にして美味しいと感じたのは初めてだ。 「良かった」 「うん」 「やっと笑ってくださった」 「え、あ…」 そう言って笑う獄寺の顔がやけに眩しく見えて、ツナはあせってスープをすすった。 |