「みんな、遅いなぁ」
そこは新体操部の練習場でもある、体育館。
鈴木奈菜は、壁に掛けられた時計を見つめていた。
彼女は白いレオタード姿で、長い髪を頭の後ろに纏めている。
時刻は日曜の午前十時。
本来なら既に部活の練習が始まっている時間である。
「珍しく間に合ったのにー。みんな、どうしたのかな…?」
ぼやいていると、がちゃ、という音ともにドアが開いた。
「あれ…先輩?」
ドアの方を見ると、そこには薄い緑のレオタードを着た三人の姿があった。
後輩の浅野智恵・裕香・千尋。三つ子の姉妹だ。
それぞれ良く似ていて、本人達にしか見分けがつかない。
「三人とも、遅いよー。他のみんなも来てないんだけど」
三人は奈菜の言葉を聞き、頭に疑問符を浮かべる。
「先輩。あの、何でいるんですか?」
「え?だって練習が…」
智恵の質問に、今度は奈菜が困惑させられる番だった。
「今週は無いですよ?中三の人達、修学旅行行ってますから」
裕香の一言に、奈菜は完全に硬直した。
―そういえばそうだったような。
「え…っと。じゃ、三人とも何で来たの?」
「私達は三人で練習しようかと思って。今年入ったばかりですから、
先輩達に置いてかれないように頑張らないと」
「ふ…ふーんー。偉いんだね…」
(既に私よりよっぽどしっかりしてるんじゃあ…)
自分が去年中一だった頃は、遅刻ばかりしていた気がする。
「まぁ、もう来ちゃったんですから。先輩も一緒に練習しましょうよ」
確かに、来てしまったからには何もせずに帰るのは勿体無い。
奈菜は
「うーん。そうだね、せっかく来たんだし。やろっか」
と、千尋の申し出に笑顔で答えた。

――――――――――――

「ふーっ」
「疲れたね…」
四人は練習を中断し、小休憩をとっていた。
「にしても先輩、体力ありますねー。まだ余裕あるっぽいですし」
裕香が荒くなった呼吸を整えながら言った。
「えへへ、小学生の時からやってるからね。昔は体も固かったんだけど」
やっと先輩らしいところを見せられたので、奈菜は嬉しそうな顔をしている。
「へー。じゃ、背中押してみていいですか?」
「いいよ。ゆっくりね」
智恵が奈菜の肩の辺りを掴んで背中を押すと、胸がぺたっと太ももについた。
「うわ…さすが〜」
「やっぱり、私たちとは違うね」
浅野姉妹は今年中学に入ってから新体操を始めたので、まだまだ体が固い。
演技もどこかぎこちなく、上手くなるにはそれなりの時間がいりそうだった。
「…あれ。先輩、結構肩こってません?」
奈菜の肩を掴んでいた智恵は、そこの筋肉が若干強張っているのに気付いた。
「ん?そう言えば、そうかも…」
「二年生で正選手だからって、あんまり無理しちゃダメですよー」
来月に大会があることもあり、奈菜は最近練習量を増やしていたのだ。
言われてみれば、そのせいでだいぶ疲労が溜まっているように感じられる。
「よーし。それじゃ、私たち三人でマッサージしてあげない?」
「あ、それいいね」
「OK−」
裕香が提案すると、二人もすぐに賛同した。
「いや、そんなの悪いよ…」
「たまには先輩にサービスさせて下さいって。私、マッサージ得意なんですよ」
「でも…」
「そう遠慮しないで。ほらほら、早く〜」
最初は遠慮していた奈菜だが、三人に促されて結局はマットに寝転がった。


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