「あれ。」

柚花がふいに立ち止まった。

僕はそれに合わせるようにして、振り返った。

「何。」

「松本君、寒くない?」

「何が…。」

「それ。1枚じゃない?」

僕のシャツを指差しながら、不思議そうに柚花は言った。

傾けた首が、ワザとらしく見える。



「…だから、何なんだよ。」

僕がシャツ1枚だと、柚花は何か暖かいジャケットをくれるのかよ。

と言いかけて辞めた。無駄なことだ。

「…。」

何を言っているの、という顔をした柚花から視線をそらすと、

柚花が話しかけてきたときより少し早めのペースで歩きだした。

何であの時、僕は歩く速度を緩めたんだろうか。


こんなこと、ウザいだけじゃないか。




柚花は僕を追いかける。

小走り、というより走っているというほうが正しい。

僕は、かまわず歩き続けた。

柚花は尚、僕に食い下がる。

「ねぇ。寒くない?」

そう尋ねられる度に歩く速度を速めた。

なんで追いかけてくるのか。

なんでそんなこと聞くのか。

僕には分からないことばかりだ。




「ねぇ、どうしたの?」

何度目かの速度増加で、僕のシャツは柚花の手に捕まえられてしまった。

イライラが、もう抑えられなかった。


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