六
「あれ。」
柚花がふいに立ち止まった。
僕はそれに合わせるようにして、振り返った。
「何。」
「松本君、寒くない?」
「何が…。」
「それ。1枚じゃない?」
僕のシャツを指差しながら、不思議そうに柚花は言った。
傾けた首が、ワザとらしく見える。
「…だから、何なんだよ。」
僕がシャツ1枚だと、柚花は何か暖かいジャケットをくれるのかよ。
と言いかけて辞めた。無駄なことだ。
「…。」
何を言っているの、という顔をした柚花から視線をそらすと、
柚花が話しかけてきたときより少し早めのペースで歩きだした。
何であの時、僕は歩く速度を緩めたんだろうか。
こんなこと、ウザいだけじゃないか。
柚花は僕を追いかける。
小走り、というより走っているというほうが正しい。
僕は、かまわず歩き続けた。
柚花は尚、僕に食い下がる。
「ねぇ。寒くない?」
そう尋ねられる度に歩く速度を速めた。
なんで追いかけてくるのか。
なんでそんなこと聞くのか。
僕には分からないことばかりだ。
「ねぇ、どうしたの?」
何度目かの速度増加で、僕のシャツは柚花の手に捕まえられてしまった。
イライラが、もう抑えられなかった。