「松本君?」

ふいに後ろから聞き慣れた声が聞こえた。

聞き慣れた、というより、聞き慣れさせられた、声。

人よりも少し低めの、おっとりした声。

振り向かなくても解る。柚花だ。

泥沼に足を突っ込んで抜けなくなったような気持ちになった。

最悪。なんでここに柚花が居るんだろう。

なんでこんなときに柚花と会うんだろう。


「何。」

歩く速度を変えないまま、振り向かないまま言った。

「今、帰りなの?」

柚花の歩く速度は、僕に追いつくために小走り。

「…何が…。」

意味の通らない返事をして、僕は歩く速度を緩めた。

柚花は「ありがとう。」と言うと、背中に背負った長方形の箱を持ち直した。

ガコンと何かが揺れる音がした。

「私はね、塾の帰りなの。」

「…。」

「松本君は?…あ、買い物?」

「…。」

「へぇ、たくさん買ったのね。こんなに食べるの?」

「…。」

柚花が今話していることはどうでもいいことだと思った。

意味も無い、言葉だと思った。

ニコニコしてる柚花は愚か者だと思った。



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