五
「松本君?」
ふいに後ろから聞き慣れた声が聞こえた。
聞き慣れた、というより、聞き慣れさせられた、声。
人よりも少し低めの、おっとりした声。
振り向かなくても解る。柚花だ。
泥沼に足を突っ込んで抜けなくなったような気持ちになった。
最悪。なんでここに柚花が居るんだろう。
なんでこんなときに柚花と会うんだろう。
「何。」
歩く速度を変えないまま、振り向かないまま言った。
「今、帰りなの?」
柚花の歩く速度は、僕に追いつくために小走り。
「…何が…。」
意味の通らない返事をして、僕は歩く速度を緩めた。
柚花は「ありがとう。」と言うと、背中に背負った長方形の箱を持ち直した。
ガコンと何かが揺れる音がした。
「私はね、塾の帰りなの。」
「…。」
「松本君は?…あ、買い物?」
「…。」
「へぇ、たくさん買ったのね。こんなに食べるの?」
「…。」
柚花が今話していることはどうでもいいことだと思った。
意味も無い、言葉だと思った。
ニコニコしてる柚花は愚か者だと思った。