いつもより長い1日が終わった。

結局僕は、あの後ずっと柚花を無視し続けた。

柚花の話なんて聞きたくないのに、わざわざ話かけてくる柚花は…馬鹿だと思う。

もう、放っておいて欲しい。

僕に、構わないで。


自転車に跨り、校門を一気に抜けると、思い切り息を吸い込んだ。


むせてしまった後で思う。

(僕は、馬鹿だ。)


ふと、見上げた空は、いつもよりもオレンジで。

自分がすげぇちっぽけで、居なくても誰も悲しまない気がして。

悲しいのか、切ないのか…はたまた悔しいのか、解らないまま、夕暮れから目を逸らした。



僕の家は、20階建ての高層マンションの1番上の階だ。

夜景が綺麗だと、母親が呟いているのを何度も聞いたことがある。

綺麗なわけ、あるもんかと呟くたびに思った。



黒く、大きいドアの前に立つ。

表札は、「松本」。生まれたときから、同じ苗字。


ポケットから鍵をとり出すと、それを穴に入れる。

何も無い、いつもの動作だ。

大丈夫、大丈夫だ。と自分に言い聞かす。

いつものことなんだ。大丈夫。


開けてみて、玄関に靴が無いことを確認すると、安堵の息がこぼれた。

自分のその行動に、すごくイライラした。

ドアを閉めると、その勢いで服を脱いだ。

全部脱いで、パンツと肌着になった状態で、机の上のいつものメモに目を通した。

目が悪い僕にはとてもやさしくはない小さな字で、

『今日は、家には帰りません。ご飯は自分で買って食べてね。
 愛してるわ。陽介。』

と書いてある。

「なんだよ…。畜生。」

その紙を手にとって、グチャグチャに潰すと、近くにあったライターでその紙に火をつけた。




瞬く間に、紙は燃えていく。



家が燃えてもいいと思った。

その火に包まれて、僕は死んでしまってもいいと、思った。


そんなことを考えながら僕は、自分が肌着の上にTシャツを羽織っているのに気づくと、

自嘲気味に「は…はははっ…。」と笑った。


残念ながら、火は燃え広がらずに、ガラスのテーブルの上に燃えた跡だけが残っただけだった。

「…床の上で…燃やせばよかった。」

心からそう思った自分が、本当に馬鹿みたいだ。


ふ、と窓の外の夕暮れが暗くなった。

その暗闇は、一瞬にしてこの家の中に入り込み、そしてそのまま僕の体を包んだ。

あまりにも暗い闇に、僕は畏怖した。

目を開けても、閉めても、そこには闇があるだけだった。

怖く、なった。

そのまま手探りで脱ぎ散らかしたままのズボンを掴むと、ベルトも閉めずに家を飛び出した。

手には、灰になったメモの隣に置いてあった1万円札を握りしてめていた。

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