十一
父は血まみれの手を、そっと僕の頬に当てた。
「怪我は…。」
僕を見ている目は…もう見えてないのかもしれない。
「大丈夫だよ。」
そっと、血まみれの父の手を僕は掴んだ。
「そう…か…。」
父の意識が遠くなっていく。
父がどこかに行ってしまう気が…した。
「どこに行くの?」
行かないでよ、どこにも。
「ここ…に…。」
そこまで呟くと父はそっと目を閉じた。
「さよなら…。」
父は呟いて、遠くへ行ってしまった。
「恭平さん!?」
母が、叫びながら父に走り寄る。
「ねぇ、恭平さん?」
父の亡骸を母は力の限り抱きしめた。
母の声も段々と小さくなっていく。
「母さん…?」
母もどこかに行ってしまう気がする。
「どこへも、行かないよね…?」
僕の声が聞こえていないのか、母は死んだ父をただ抱きしめているだけだった。
あぁ、僕の所為で、僕の家の幸せはこんなにも簡単に…。
オワッテシマッタ
葬式はまるで、初めから手順が進められていたように進んだ。
父の葬式には、たくさんの人がきた。
父は大きな会社の社長だったから、本当にたくさんの人がきた。
母は、ただ微笑んで会釈をしていた。
僕はそんな母が、少し怖く感じた。