翌日からは二人旅。苦くて好きじゃなかった薬草に頼る日々からの開放。
リトルは魔法国家サマルトリアの名に恥じない魔法剣士だった。
通常の魔法使いは殆どの武器を使うことが出来ない。
剣と魔法を両立させることそれだけ困難だということだ。
「レイ、大丈夫?」
「ああ。回復魔法が使えるってでかいよな。一人の時はずっと薬草に頼りきりだったし」
「そう。良かった。そう言って貰えると嬉しいよ」
横顔はどこか凛として、少年の様でもある。
(俺、無事にこいつと旅を続けられるんだろうか……だってよ、顔だって体だって悪くないんだぜ?)
ふわふわと風に踊る栗金の髪。
それかと思えば、リザードフライを一刀両断にする姿。
(喧嘩だけはやめよう。絶対に死ぬ。勝てねぇ)
「何ぶつぶついってるのさ?早めにムーンペタ行くんでしょう?」
胸から下げられたのは鎖に絡めた銀の鍵。
まるでリトルを守護するように、きらきらと輝く。
宿屋の扉を叩いて、相部屋をとって荷物を降ろして鎧を脱ぐ。
「一日お疲れ様。明日も無事に生きてられると良いね」
リトルの言葉はこの先の未来を暗示するものだった。
明日、生きていられる保証はないのだ。
「なぁ、お前のこと聞いてもいいか?」
「今更知らないことも無いでしょ?昔から顔あわせてるんだから」
「いや、だってお前が女だったなんて知らなかった」
「聞かれなかったしね」
鉄の槍を拭きながら、リトルはくすくすと笑う。
薄い唇にはほんのりとした色を乗せてやりたいと思わせる魔法がある。
「なぁ、ムーンブルクの奴を見つけたら一度サマルトリア行こうぜ。リトルの親父さんにちょっと話あるし」
話したいことは、山のようにあったはず。
それでも、いざ時間が出来てしまえば何も話せなくなるのだ。
「明日は……遠くに行かなきゃいけないんだから……」
余程疲れたのか、瞼は半分閉じかけて。
「早めに寝ようよ。僕も……そうする……」
ムーンブルクの第一王位継承者は、ハーゴン軍の奇襲を受けて現在行方不明。
小さな手がかりは王宮から逃げ延びた兵士が言っていたことだけ。
「アスリアさまは……姿を人外のものに変えられています。西の沼地に……真実を写すラーの鏡が……」
兵士はそこで息絶えた。
その亡骸の手を組ませ、血で汚れた顔をリトルは自分のローブを裂いて拭き取った。
神官としての学位を持つ立場として、そうせずにはいられなかったのだ。
「明日、僕たちがこうならない保障はないよね……こんなことが起きないように、がんばらなくちゃ。
まだ、死ぬわけには行かない……レムを残してなんて死ねないよ。まだ、あの子は小さいんだから」
サマルトリア王妃は王女出産後に逝去している。
まだ幼い妹を残して死ぬことは出来ないとリトルは呟くのだ。
表の心は国のため。本当の心は、君のために。
古の勇者ロトも恐らく同じ思いだったのだろう。
誰だって、自分の命を賭けてまで見知らない誰かのために戦うなんてことはできない。
大義名分を掲げても、本当の心は大事な人の傍に残して旅立つのだから。
繰り返される「もしも」は、そうならないからこそ、考えてしまうこと。
古より人の心は、何一つ変わらないのだから。