シュークリームを二つ


「一体何処にいるってんだ!!あの阿保王子は!!!」
怒りに肩を震わせながら宿屋のドアを蹴り上げるのはローレシアの第一王子レイ。
彼が探すのは同盟国の王子で共にハーゴンを倒すためのたびに出てくれるはずの少年だった。
レイが怒るのには理由があった。
行く先々に足跡は点在するものの、当の本人は存在しない。
肩透かしを食らいまくってリリザと言う小さな街に戻ってきたのだ。

「あの……もしかして、レイ王子ですか?」
翠を基調とするのはサマルトリアの王太子の証。
胸にはロトの紋章が織り込まれている。
「そう…だけど……」
「良かった。僕はサマルトリアの第一王子、リトルです。随分と探しましたよ」
そこまで言われてレイはリトルの首根っこを掴んだ。
探したのは紛れも無くこの自分なのだから。
「何処ほっつき歩いてんだこのスカポンタンがっ!!大体なぁ、探したのは俺なんだよ、俺!!」
「僕だって探しましたぁ……ローレシアにも行ったし、勇者の泉にだって……」
「まぁ、いいけどよ。とりあえず今日はここで一泊だな。もうじき日も暮れるし」
リトルは袋の中から小さな銀の鍵を取り出す。
「事のついでに、探してきました。何かの役に立つかもしれないし」
銀の鍵の洞窟に、このひ弱そうな少年が一人で入り込みあまつさえも鍵を手に入れる。
その行動力にレイは驚きを隠せなかった。
「サマルトリアは元々魔法を軸とした国です。僕も幼い頃から魔法を勉強してきました。
 ムーンブルクもそうだと聞いてます。王子のお役に立てれば」
物静かな口調。おそらく本来は戦闘向きではないのだろう。
それでも国のために覚悟を決めてきたのだから、断わる筋合いは無い。
「よろしくな、リトル」
「こちらこそ、レイ王子」
差し出された手を受け取って、笑う顔。
柔らかそうな栗色の髪に、翠の瞳。
「レイでいいよ、リトル」
まるで弟のような存在。それでも、自分よりも二つ年上だという事実。

お互いのことを離していたらいつの間にか時間は過ぎていた。
「風呂入るけど、一緒に入るか?」
それは何の意味も持たない一言のはずだった。
「いいい、いい!!僕、後で入るから!!」
ぶんぶんと首を振ってリトルは力一杯拒絶する。
その様子を怪訝に思いながらもレイは浴室へと消えていった。
レイが出てきたのを確認してから、入れ替わるように今度はリトルが浴室へと。
その小さな背中を見送りながらレイは先ほどのリトルの態度を思い出していた。
(あの慌てぶりは何かあるよな。まだ、生えてないとかか?それとも名前の通りにアッチもリトルってか?)
湧き上がった悪戯心は留められなく、レイはそっと浴室の扉を開ける。
丁寧にたたまれたローブの上には王家の紋章の入った短剣と愛用のヘッドギア。
(よっしゃ、現場を押さえてやれ!!!)
勢い良く、扉を開ける。
「やっぱ男同士裸の付き合いしようぜ!!!」
「わーーーーーーっっつ!!!」
「って、えええええっっっ!!!???」
目の前に居るのは確かに紛れも無くリトル本人。
しかし、両手で隠されているのは二つの乳房なのも間違いは無い。
「な、な!!お前、それ!?」
「わけは後で話すから出て行ってくれっ!!!」
押し出すように背中を押されて、扉が閉まる。
言われるままに、レイはリトルが出てくるのを待つしかなかった。

「んじゃ、わけとやらを話してもらおうか?」
湯上りの髪をタオルで拭きながらリトルはベッドに腰掛ける。
括れた腰と、膨らんだ胸。
改めてみれば顔つきも確かに女のように見える。
「ちょっと前まで、うちと君のところはそんなに親密な間柄じゃ無かったって知ってる?」
ローレシアとサマルトリアが同盟を結んだのはここ五十年余りの出来事。
それまでは一触即発までは行かないまでも微妙な関係だった。
ハーゴンという共通の敵が出来てからはその結束は強くはなった。
だが、それまでは同じロトの子孫ではあるものの、ムーンブルクを含めて三国は互いを見張っていた状態だった。
「ああ、じーさんが結構頑張って同盟結んだんだよな」
「そう。そして、それを破棄しようとしたのが君の父君だ」
リトルは指先でそっと火を灯す。
魔法国家サマルトリアの正当なる後継者。
「親父、そんなことしてたのか?」
「丁度そのときに生まれたのが僕なんだ。けれども、生まれたのは王子じゃなくて……王女だった。
 サマルトリアは他の国と違って男子相続制じゃない。国家最初の創設主は女性だった。僕の祖母に当たる人だ」
言葉をきりながら、リトルは続ける。
「そんな中で父は、僕を王子として育てることを決めたんだ。もしも、これが君の父君に知れたら大変な事になる。
 そう考えたんだ。事実、その後に生まれてたローレシアの後継者は男子……つまり君だ。
 事が知れれば婚姻という形でサマルトリアはローレシアに吸収合併されるかもしれないって考えたんだ」
先ほどまで頼りなく感じていたはずの横顔。
それが妙に年上に見えてしかたない。
「もう一人、王子が生まれればよかったんだけれども、生まれたのは妹だった。だから、ますます本当のことは誰にもいえなくなったんだ。
 そうして僕は王子として育てられてきた。剣も、魔法も、帝王学も、未来のサマルトリアの王になるべくね」
「でもさ、親父がそんなことを考えるってのもな……」
「ローレシア王は意外と欲が強いよ。サマルトリアを吸収できれば領土は広がるし、何よりもローレシアにはない魔法文明を取り込める。
 ムーンブルクと対戦するにも魔法が無ければ厳しいだろうしね」
こきこきと首を鳴らして、ため息をつく。
それは等身大の十八歳の少女の姿。
翠の瞳が、僅かに歪む。
「うちの妹との縁談話がいっただろう?」
「ああ、でもあの子まだ十二だろ?何もできねぇよ」
「希望したのは、君の父君だ」
「………………」
「沢山話したら、疲れちゃった……今夜はここまでで良い?」
眠たげに、リトルは目を擦る。
「あ、うん……」
「おやすみ、レイ」
程無くして聞こえてくる寝息。暗闇の中で目を凝らせば薄っすらと浮かび上がる身体の線。
なだらかな曲線と円で構成された女の身体。
(まずは……寝るしかないよなぁ)
どっちにしても、この先は長い付き合いになる。
そんなことを思いながら、レイも目を閉じた。




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