ボクたちの選択 27


これは夢だ。

圭介は夢の中にいながら、それをはっきりと自覚した。
なぜなら自分は、キスをしているからだ。
相手が誰なのか、それはわからない。
けれど、それが男だというのは、わかった。
だからこれは夢なのだ。
夢でしかありえない。
そしてこの夢は、いつも見る、あのえっちな夢と感じが似ている。
すごくすごく似ている。
圭介は生まれてから今まで、意識してキスをした事は一度も無い。
一番古い記憶は近所に昔住んでいた柴犬のジョンだった。
日本犬なのにジョンをいう名前はどうかと思ったけれど、それよりももっと根本的にメスにつける名前じゃない。
それ以来、人間相手でキスしたのは母親くらいのものだったけれど、母はほっぺただし、なにより家族なのでノーカウントだ。
なのに、夢の中の圭介はひどく慣れた感じで情熱的にキスをしている。
剃り残しがあるのか、少しちくちくくる男のほっぺたに、猫のようにすりすりと頬を摺り寄せ、
御馳走を待ち望む犬のように「くうん…」と甘えて鼻を鳴らした。
いやいやと媚びた視線で男の喉仏を“はむっ”と唇で甘噛みし、汗で少ししょっぱい喉元から鎖骨までをぺろぺろと舐める。
汗の匂い。
男の匂い。
他の男では感じない、濃密で芳醇な香りに体が震えた。
考えるだけで吐きそうになる事を、夢の中の圭介は嬉しくて嬉しくて仕方が無いという顔をして行う。
犬ならば尻尾をちぎれんばかりにふりたくっているだろう。
実際、愛液滴るお尻をふりふりと振っていた気もする。
男が、「仕方ないな」とでも言うかのように“ふっ”と溜息を吐き、圭介の細い顎に指をかけて少し顔を上向かせると、
夢の中の彼は本当に嬉しそうにうっとりと目を瞑って、ふっくらとした唇をわずかに開く。
そして、待つ。
じっと、待つ。
やがて、圭介が焦れて「ううん…」と拗ねたように鼻を鳴らすと、
「んふっ…んっ…」
やわらかくてあったかくて濡れたものが唇に押し当てられ、ぬるりと男の舌が口内に入ってくる。
それだけで頭が痺れ、“びくびくびくっ”と体が震えた。
ちょっとだけ、オシッコが漏れたかもしれない。
それくらい圭介にとって激しい快感だった。
男の舌は、圭介のやわらかい唇をなぞり、歯茎をなぞり、ほっぺたの内側をくすぐった。
口の中だけではなく、唇の下の窪みも嘗められた。
くにくにと舌先で優しく撫でられたら、お腹の奥の方が“きゅうううっ”となって、たまらなくなり泣きそうになった。
舌を絡め、送り込まれた男の唾液を甘露として嬉しそうに飲み下す様は自分でも、親鳥に口移しで餌をもらう、雛鳥そのものだと思った。
男はたっぷりと念入りに、時間をかけて圭介の唇を味わい、舌を味わい、唾液を味わった。
そして、圭介がもうこれ以上は絶えられない、今すぐ次のステップに移ってくれなければ泣いてしまう……というところで、

目が覚めた。

体が熱い。
100メートルを全力疾走したみたいな疲労感が、べったりと体に張り付いている。
額や胸元に、汗が玉を作っているのがわかった。
『…なんて…夢…』
ヘッドボードの時計を見ると、6時15分だった。
いつも起きる時間まで、まだ2時間たっぷり眠っていられるはずだった。
「ちぇ…」
舌打ちして、またぬるぬるになっている下着を替えるために身を起こそうとして、
「ん?」
腕の間に、妙な違和感があった。
起き上がり、ぼんやりと見下ろす。

…胸が、ほんのりと膨らんでいた。


登校前に圭介は、家に来て
「とうとう本格的に女の子として体が成長し始めたのかもしれないねぇ。良かったねぇ。けーちゃんの言った通りだよぉ」
…と、「ぽややん」とした顔で能天気に言う由香の、触るとぷにぷにとやわらかいほっぺたを
両側から引っ張りながら、健司には黙っているように釘を刺した。
幸い(?)、まだ胸は少し膨らんでいるだけで、Tシャツを重ね着すれば誤魔化せそうだった。
よほど胸をじっと注視しないかぎり、ばれない事は無いだろう。
由香は
「ちっちゃくてもおっぱいって垂れるんだよ?」
と、ブラを着用する事を勧めたが、とりあえず…と出されたのがパットの入った可愛らしい花柄のブラだったので、一応聞いてみた。
「え?私の替えのブラだけど」
…即座に返却した。


登校中、健司には昨日の事を聞かれたけれど、圭介は『急用が出来た』の一点張りで押し通し、
不承不承ながらも健司は納得したようだった。
圭介が気まぐれで予定を変更する事は、今までにも幾度もあったからだ。
圭介としては複雑な思いだけれど、過去の自分の不誠実さに助けられた形となった。
胸が膨らんでしまった事がばれるかもしれないと思ったけれど、考えてみればスケベかよほど無神経でもない限り
女の胸をじろじろと見るような人間はいないし、そもそも健司がそういうマネをするはずが無いのでホッとした。
ただ、本当に注意しなければならないのは男よりもむしろ同性である女の子の方で、
その辺のチェックの厳しさはこの4日間で身に染みていたため、学校に着いてからの方が気の休まる時が無かった。
そして、金曜日は体育が無くて本当に良かったと圭介はしみじみと思う。
歩くだけならまだしも、走ったり跳んだり跳ねたりなんてとんでもない。
ふくらみかけて敏感になった胸は、ちょっとの刺激にも痛みが走る。
重ね着したTシャツの裏地が、まるでヤスリみたいに感じるくらいに。
かれど本当の試練は放課後にこそ、地獄の釜の蓋をフルオープンに開けっ放してニコニコと
満面の笑みで亡者を迎えるように待ち構えていた。


さあ後は部活だけだ。
ホームルームが終わってそう思った途端、原因不明の寒気がして、後ろも見ずに昇降口まで早足で歩き、
健司も由香も待たずに下駄箱からクツを取り出して脱兎の如く駆け出そうとしたその瞬間、
眼前20メートル先の砂埃舞う中庭で、あのヘンタイさんな部長の黒縁眼鏡が陽光をギラリとはじいて輝いた。
こうなれば、圭介はもう観念するしかない。
これは経験に培われた知識というやつで、彼はこの時ほど自分の意気地の無さを呪った事は無かった。

その日、圭介の胸が膨らみ始めた事をひとめで見抜いたヘンタイ部長は、大喜びでいつもより5分も長く彼の胸を揉み続けた。



翌日も夢を見た。
こうまで続くと慣れたものだ。
「なんだまたか」と思った。
またえっちな夢だったことは責められないけれど、目を覚ますという選択肢が無いのは心底怨んでいいと思った。
誰を怨むかは決まっている。
自分にこんなクソッタレな運命を架した神様というヤツだ。
または、愛情がたっぷり詰まったでっかいおっぱいを揺らしながら、生焼けのホットケーキや塩の入ったミルクセーキを
自慢げに披露してくれる常識ズレした異星人でもいい。
可愛そうだからその場合は30パーセント減で許してやらないでもない。
その日の夢がどんなえっちな夢だったのか、惜しいような気もしないでもないけれど覚えていない事が幸せに繋がるという事を
身をもって知っている歳でもあったから、圭介は思い出すのを目覚めて10秒でやめた。

胸はさらに膨らんでいた。
学校が休校日で、心の底からホッとした。


その次の日は日曜日だった。
もう何でも来いって感じだ。
そう思ったからというわけでもないだろうけれど、今度の夢は天然色フルカラーでハイビジョンで、おまけに体感システムバッチリだった。
その上、今度の夢には録画機能もあったらしく、目覚めても記憶は細部までハッキリクッキリ克明に記録されていた。
ベッドの上で、思わず反復してしまう。

夢の中で圭介の胸は、お尻が前についたみたいに思えるほど大きかった。

女になってからの圭介の小さい手で掴んでも、ぜんぜん掴みきれないくらい大きい。
指の間から肉が盛り上がって“ぷりゅぷりゅ”と弾力で指をはじくのが面白くて自分で揉んでいたら、
いつの間にか手が、誰か知らないけれどどこかで見た事のあるような大きな手に変わっていた。
男の手は指をいっぱいに開いて圭介の胸を包むけれど、男の大きな手でもってしても圭介の重たく実ったい胸を包むのは無理だった。
男の指の間から盛り上がる乳肉のやわらかさは、男をよほど惹き付けたようで、
男は何度も何度も何度も執拗に圭介の胸を揉みたて、捏ね、ぷるぷると震わせた。
男の手はごつごつしてて、力強くて、あったかくて頼もしくて、そして優しかった。
圭介は安心して男に体を任せきり、男の手が生み出す快楽の波に全身を震わせながら声を洩らした。
後から厚い胸板にだっこされている幸福感で胸が詰まり、目に涙がいっぱいに溜まって、瞼を開けばぽろぽろとこぼれる。
男の手はあくまで優しく優しく、まるでこわれものを扱うみたいに圭介の大きくて重たくてやわらかい乳房を扱った。
熱い吐息を感じて滲む目で見下ろせば、じんじんと痺れてこれ以上ないくらいに硬く勃起した乳首を、
男がたった今からしゃぶろうとしているところだった。
さっきまでだっこされていたはずが、いつのまにか真っ白なシーツに素裸で横たえられているのは、
やはり夢だからこその不条理だろう。
男は口を大きく開け、舌を伸ばし、その舌から唾液がじんじんと喜びに打ち震える乳首へと滴った。

はやく。

はやくして。
切に願いたいのに声が出ない。
声無き声で懇願するものの、男の口は見えるのにそこから上が見えない。
ぼんやりと形を成さず、色も無く、まるで口元だけにピントを合わせたカメラの映像を見ているかのよう。
男の口が乳首に近づき、今触れる、もうすぐ吸う、舌で、歯で、唇で、おもうさましゃぶってくれる。
そう思った途端、

目が覚めた。

目覚めてすぐは、自分が現実に帰ってきているのにも気付かなかった。
思わず視線を下げて、そこに誰もいない事に落胆した。
自分の部屋に自分一人しかいない事が、たまらなく空虚に思えた。
身を起こしかけて、胸の上にずしりと感じる重みを認識した時、圭介は両手でその存在を確かめてみた。

胸は、さらに重たくなっていた。

ベッドの上に座ったまま、パジャマの前をはだけてみた。
ベッドから下りて、姿見に正面から映しても、みた。
童顔そのものといった幼い顔の30センチくらい下に、巨乳グラビアアイドルみたいな真っ白ででっかい乳房が、
赤い乳首を尖らせながら重たくぶらさがっていた。
「うわ〜〜…あったまわるそ〜〜〜……」
………思わず自分でそう呟いてみて、情けなくなってくる圭介だった。

その日、圭介はバランスを崩して3回も転んだ。




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