次の日、担任のはるかちゃんが来て、夜には健司が来てくれた。
そして次の日から3日間……つまり今日まで、母に女の身体の事、気をつけなくちゃいけない事、してはいけない事などを教わった。
また、由香の事、これからの事、学校の事、星人の事、母の事、父の事……たくさんの事も、圭介はずっと、考えていた。
3日間、悶々と一人で考えた。けれど、どう接したらいいのか、答えはまだ出ていなかった。
母の苦しそうな、哀しそうな顔を見た夜、子供の頃と同じ気持ちで母におやすみを言って2階に上がり、
自分の部屋に入って、圭介はこの6日間で何十回目かの溜息を吐いた。
『…まだ、よくわかんねーや…』
彼は、目覚めたあの日に母の話してくれたことを反芻し、そしてようやく今、
自分の置かれている状況を正確に眺める事が出来るようになっていた。
ただそれでも、まだ半分も理解出来たとは言えない。母の口にした単語には、圭介の理解を軽く超えたものがたくさんあったし、
その中には彼が17年間溜めた知識と照らし合わせてみても、聞いたことの無い単語だってあったから。
あの時、本当はもっと母に聞いてみれば良かったのだ。
いや、圭介自身、あまりに衝撃的な告白で、その疑問そのものを忘れていたのかもしれない。
それに、自分の身体について、本当は聞いておかなくてはいけない事が、まだまだたくさんあった。
自分の身体はこれからどうなるのか?
元に(男に)戻れるのか?
もし戻れるとしたらその方法は?
『恋』をするたびに身体が変化するとしたら、それはもう止められないのか?
自分が今回変化してしまった直接の原因を、母は知っているのか?
自分の身体で、地球人との子供はできてしまうのか?
女の身体の時、子供は産めてしまえるのか?
何度もそれを訪ねる機会はあった。
でも、聞けなかった。
聞くことで何かが決定的になってしまう事を本能的に避けたのかもしれない。
「もう二度と男には戻れない」と言われたら、自分はどうなってしまうのだろう?
机に座り、アルバムを開いた。
少年の自分がいた。
幼稚園の、小学生の、中学生の高校生の、男の、自分がいた。
机の上のカレンダーを見た。
6月3日だった。学校を早退してから、もう6日が経っていた。
そろそろ、学校に戻らなければならない。
これ以上休めば、本当に戻れなくなってしまう。
『……覚悟……決めないとな……』
転校する事も、決して考えなかったわけではない。
けれど、自分の運命から逃げたくなかった。『運命』なんていうクソッタレでふざけたもののために、
自分の17年間を鼻をかんだティッシュみたいに丸めてゴミ箱に捨てたりなんかしたくなかった。
椅子から立ち上がり、母が置いていった大きな姿見を見た。
「女の子なんだから、これくらい無いとね?」と置いていった、ちょっとシックな感じの細長い鏡だ。
セミロングの髪を揺らして、可愛らしい色の白い少女が立っていた。
肩はほっそりと細く、胸も薄い。
スウェットのズボンの曲線を、男とは明らかに違うラインで腰が描いていた。
背も、縮んだ。
健司が訪ねてきた時、隣に立ってみたら、健司が「由香ちゃんよりも少し低くなってるね」と言ったのだ。
でも、もう不思議と腹も立たなかった。
顔の作りそのものは変わってないはずなのに、頭骨を含めた骨格そのものが女性形に変化しているため、
アルバムの写真とは全く違う印象を与える。
ナルシシズムの無い圭介には、ただの自分の顔だけれど、世間的に見れば整っている方だと思えた。
長い睫(まつげ)とふっくらとして艶やかな唇が、やはり隠しようも無い男と女の性差を感じさせている。
スウェットの上着を捲り上げた。
ちっとも膨らんでいない胸には、赤ん坊の唇みたいにツヤツヤとしたピンク色の乳首があった。
男に戻れなかったら、やがてこの胸も膨らんでくるのだろうか。
『もう、違う人間なんだ』
改めて、そう思った。
このまま生きていかなければならないのかもしれない思うと、気持ちが果てしなく沈んでゆく。
母の遺伝形質を半分受け継いでいる自分は、普通の人間ではない。それを知ってしまった今となっては、もう以前のようには戻れない。
でも。
「でも、オレはオレだ」
変わりたくない。
身体はどんなに変わっても、自分が自分であること、この星に生まれてこの星で生きる自分であり続けること。
17年間、生きてきたこと。
それだけは、忘れたくなかった。
「オレは……ただの、人間だ」
不意に、左目から涙がこぼれた。
泣くのはこれで最後にしよう。
圭介はそう心に決めて、部屋の電気を消した。