翌日、居住区画と農園の間にある公園の大きな樹の下で、シルヴィは撮影用の黄色いサマードレスを着て大きな麦藁帽子をかぶり、
洗いざらしのシャツにチノパンというラフな服装のレイカと立っていた。
「野外撮影か、大胆だね。アンタも」
「く、あの編集長……。」
(いけない、いちいち腹を立てていてはキリが無い)
深呼吸に咳払いをひとつして、上がりかけた血圧を自分で下げる。
「それよりも、どうしてレイカお姉さまがここにいるんですか?」
「あたし今日は非番。暇だからアンタの想い人とやらを見に来たの。で、どこよ、その彼氏は?」
「まだ来ていないそうです」
「ふーん、……すっぽかされたか?」
再び急上昇する血圧を、今度は駆け寄ってきたアシスタントが下げた。
「じゃ、とりあえず一人で戯れているシーンの撮影から始めますから」
ニヤニヤしながら、離れていくレイカの背中に心の中でケリを入れて、シルヴィは傍に生えている大きな樹に片方の手を添え、
もう一方の手で帽子をおさえて風に飛ばされないようにした。
結っていない長いウェーブのかかった細い銀色の髪が、人工的に起こされた風になびく。
大きな樹……タイジュ。
昔のワタシの名前。
やっぱり編集長は意図的にここを選んだのかしら?
せっかく努力して雰囲気を出そうとしたところで、件の人物が茶々をいれる。
「おーいいねぇ、さすが"清純派"のシルヴィちゃん。絵になってるよ」
く、く、く、どいつもこいつも、そろいも揃って……。
ワタシの神経を逆なでするのが、そんなに楽しいのかしら!?
「じゃあ、そろそろ脱いでもらおうか。下着も全部とって、"妖精が舞い降りた"、ていう感じで頼むよ」
園内の小動物と戯れたり、特別に許可されて摘み取った花束を抱えたりと通り一遍の撮影を終えて、カメラマンが指示を出す。
……イキナリ全裸になれって?
確かに、下着を着けているのはこの場にふさわしくない気もするけど、こんなところで大勢に見られながら、服を脱ぐのは抵抗がある。
小さな部屋で明かりを消し、やわらかいベッドの上で裸になるのには少しは慣れた。
でもここは屋外で、自分の恥ずかしい姿を隠すものは何一つない……。
いくら顔見知りのスタッフ以外は立ち入り禁止になっていると知っていても。
躊躇していると、アシスタントが、芝生の上に即席の草むらを作ってくれた。
脱いでいる所を見られないだけマシかな?
そう覚悟して、シルヴィは草むらに隠れ、体を包んでいる布を一気に脱ぎ捨て、意を決して再び姿を現した。
カメラマンにむかって、僅かに両手を開き、惜しげもなくその裸身を晒した。
風の舞う公園に、真っ白な肢体を持った、銀髪の妖精が降臨した
その場にいた誰もがそう感じた。
「キレイね、あのコ。悔しいけどあの美しさはこの船で一番だと思うわ」
そばにいた編集長に、レイカは言った。
「おっしゃるとおりですね。ところで、折角ですからレイカさんもカラミませんか?」
鈍い音が編集長の腹の辺りでしたが、倒れこんだ本人以外は誰も気に止めなかった。
……見られている。
「じゃ、今度はひざを抱えてそこに座ってもらえるかな?」
……ワタシの裸。
「そう、じゃ首をちょっと傾けて……」
……なにもかも、全部。
「目を閉じてみて、抱えた膝を枕にする感じで」
……恥ずかしい。ほんとはこんな仕事。
「今度はうつぶせになって……」
……芝生までが、ちくちくと私の体を攻め立てる
「両手を突いて、上半身を起こして。顔は少しうつむき加減に」
……タケルにはみせられない、こんな姿。
シルヴィの感情が高ぶり始める。
「やばい、泣くかな?あのコ」
少し離れて見ているレイカからでもわかるほど、紅い瞳を潤ませ始めたシルビィに、レイカはいつでも駆け寄れるように身構えた。
そのとき木陰から男がそっとシルヴィに近づき、彼女の真っ白な肌とおなじぐらい真っ白な布をかけ、傍らに膝をついた。
「タケル……?」
「久しぶりだね、シルヴィ」
「会いたかった!」
悲しみの頂点に達しようとしていたシルヴィは、突然現れた懐かしい彼に理性を失い、なりふりかまわず抱きついてしまった。
「これも、あんたの演出なワケ?」
なにやら、手振りで合図をしていた編集長にレイカが尋ねた。
「まぁ、シルヴィちゃんも、いくら会いたいと思っていても、なかなか素直な気持ちで会うことはできないでしょう?
でもこれで、シルヴィちゃんも幸せ。良い絵が撮れてワタシも幸せ。結構じゃないですか」
「アホらし、帰るわ。王子様が登場したんなら、私の出る幕は無いからさ」