紅茶はマリークイーン/◆QTBUWlBVVQ(4-729)さん




「泉田君、脱ぎなさい」
「な、なにを突然おっしゃいますやら」
「いいから!」

できませんとこの場を飛び出しても良かったのに、涼子の光る両目を見た私の足は
勝手に立ち止まってしまっていた。
「せっかくの白いシャツに紅茶の染みが付いちゃうでしょ?だから、早くおし!」
ミラノブランドのシャツじゃあるまいし、量販店のワゴン売りの安物なのだが
あたしの気遣いを無視する気?と絡まれてもまた厄介なので、私はネクタイを解き
しぶしぶワイシャツを脱いだ。湿気が多い日本のこと、汗対策に肌着は必須なので
ここで扉を開けられたとしてもまだ言い訳は付くだろうという計算もあった。
「火傷、してない?これじゃよくわかんないわ」
「…これも脱げとあなたはおっしゃるんですか」
「いくらあたしが超絶美人で超人的とはいえ、透視能力までは持っちゃいないわ」
ああ、もうどうしてくれよう。しかし目の前の上司は腕を組んで仁王立ちで
私が脱ぐのを待ち構えており、ここで振り切って逃げようものなら何と叫び出すやら、
とんだ逆セクハラくらったうえにセクハラの汚名を着せられてはたまったものではない。

しかたなく、嫌々、私は命令に従ったが男が身をくねらせて脱ぐのはキショクが悪いので
せいぜいガバっと音する勢いで綿のランニングシャツを首から抜いてみせた。
「大丈夫ですよ。もう紅茶はぬるくなっていましたし痛みもありませんから」
私はそう正直に言ったのに、この美しき審問官はそれを信用してくれないらしい。
「後ろをお向き」
「紅茶がこぼれたのは前面ですが…」
「なに?」
「はいはい」
「返事は一回!!」
まったくなんだって、こんなクツジョクの憂き目に合わねばならないのだろう。
貝塚巡査が淹れてくれた紅茶が冷めてしまったから淹れなおしてきて、と呼ばれたのが
つい三分前。まさかこんな署内でストリップする状況になるとは神にだって予想できまい。
書類にペンを走らせながら涼子が無造作にカップをこちらに手渡したときの事故、
だがひょっとしてこれは故意じゃないのかという疑惑が私の中に一気にわだかまる。



いきなり背中をつっと滑らかな指先でなぞられ私は仰天した。いい加減セクハラだぞ?
振り向こうとして首がグキッと音をたてそうなほど後ろから伸びた手で挟まれてしまった。
「いいから、じっとする!よく見えないじゃない」
「何を見ようってんですか。いい加減に悪ふざけは止めてくれませんかね」
「ふーん。背中にオンナの爪跡があるかと思ったけど、残ってないわね」
「そんなものあるわけないでしょう!」
「へーえ。残ってないと叫ばないって事は、まあ第一段階はクリアってところね」
涼子から見えない私の前半分はあっという間に青ざめていた。あ、危なかったあ…
「カマかけても無い疑惑は出てきはしませんよ。もう服を着てもいいでしょう」
「ちょっと待った!」
「なんなんですか一体…」

「はい、コレ」
そういって涼子が執務室の重厚なデスクの引き出しから取り出したのはワゴンに並ぶ
べくもない、一見して高級そうな生地で作られた白いワイシャツであった。
「なんでしょう?」
「なに?これがレオタードにでも見える?」
「見えません!そうじゃなくって、こんな…良いもの戴けませんよ」
「もらってくれなきゃ困るのよ。だって泉田君以外着れないもの、このシャツ」
ほら、と目の前に突き出されたそれをそのまま受け取ってしまった以上
着ないわけにはいかず袖を通してボタンを閉じた。
「やっぱり、ほら見立てどおり!」
「なんだかすごく着易いんですが、どこのメーカーのものなんですか」
安月給ではそう買えないかもしれないが、もう一枚ぐらいは欲しいと思う着心地だった。
「あ、それは教えられないわ」
「またそんな意地悪を」
「だってそれオーダーメイドだもの。泉田君サイズ」
「ああどうりで…ええっ?!」
「ちょっと健康診断のデータ調べさせてもらったけど、これ程度ならプライバシーの
 侵害じゃないわよね」

でもなあ。以前に一度だけスーツ仕立券で作ったことがあったが、身長胸囲だけじゃ
ここまでピッタリのものは作れないはずで…いったいいつの間にサイズ採りを?
きっとおそらく魔女王の不思議な手段か何かで私のデータを手に入れたのだろうと
私は深く考えるのを放棄した。せっかく胃薬の量も減ってきたということでもあるし…






   

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