二人でお茶を(ミュラー×フレデリカ)8/3-338さん





その日フレデリカはハイネセンポリスにある共同墓地を訪れていた。
弔事用の花束をいくつも抱え、先に弔った順番に花束を置き黙祷を捧げる。
自分の両親やビュコック元帥、コーネフ、フィッシャー、メルカッツ、シェーンコップなど、
自分、あるいは夫であったヤンと繋がりのあった人物は比較的多い。
その墓の1つ1つに花を手向けた後、最後にフレデリカは夫の墓の前に立った。
「あなた…」
花を置いた後、辺りに誰もいないことを確かめて、
「私、迷っていることがあるの。聞いてくれるかしら?」
墓の中の人物に話し掛ける。
「ちょっと言いにくいことなのだけど…言うわね。
 私、好きな人ができたの」
軽く上を向き、フレデリカはその人の容姿を思い浮かべる。
「帝国軍の幹部の方で、何度かうちに来てくれて…ああそうだ、
 あなたはあの人に会ったことあるわね。
 バーミリオン星域の戦いの後、停戦協定を結んだでしょ?
 先代の皇帝ラインハルト・フォン・ローエングラムと会談する前に
 ご挨拶した方よ。あの人、あなたのお葬式のときに、
 名代としても来てくださったの。
 それ以来ずっと会っていなかったのだけど、いろんなことが重なってね、
 ときどきうちに来てくださるの」
そこまで話し終えて少しため息をつく。

「それでね、あなた…。
 もしかしたら私、その人に結婚してほしいって
 プロポーズされるかもしれないの。
 はっきりと言われたわけじゃないんだけど、
 これまでのことを考えるとなんだかそんな気がするわ」
再び視線が墓石に戻った。
「あなたのときはすぐにお返事してしまったけど、
 今回はどうしたらいいのか、私自身迷ってるの。
 だって、あなたのことが気になったから…」
フレデリカの表情が少し曇る。
「…たった1年足らずの生活だったけど、
 それでもあなたのことを忘れるなんてできない。
 私にとってあなたは私の全てだったんですもの、
 あなたの望むことだったら何でもしてあげたかったのよ。
 それなのにあなたは、あなたは…」
そこまで言ってフレデリカは唇を噛み締め、握り拳を作った。
自然に涙が溢れ出る。

「あ…、ごめんなさい。こんなこと言うつもりでここへ来たのではなかったのに、
 どうしてもあのときのことを思い出してしまうわ」
頬を伝うしずくを手のひらで拭い、フレデリカは再び語りかける。
「だからね、あなた。
 変な言い方だけど、あの人が本当に申し込みにきたら、
 私はあなたと一緒にあの人と結婚しようと思うの。
 あなたは私の心の中にたしかに存在してる。
 決して消えることのない存在として、私の中の一部分にあなたがいる。
 そのあなたの一部分ごとをあの人が私を愛してくれるなら、私、私…」
そこまで言った途端、一陣の風がフレデリカの身体を撫でていった。
近くにあった木の枝に咲いていた小さな花が、風に乗ってフレデリカの身体に降り注ぐ。
「…これは、あなたの仕業?」
墓の主からの答えはない。
「あの人とのことを祝福してくれるの?」
ふと空を見上げる。
視界は青空。墓地に到着したときの曇り空が嘘のようだ。
フレデリカは青空の先に、見えないはずの星の輝きを見つけ、小さくつぶやいた。
「ありがとう、あなた…」




自宅を訪問する日時が書かれたミュラーからの手紙を
フレデリカが受け取ったのは、それから2ヶ月も経っていなかった。
同じ封蝋つきでも前回送られてきた手紙とは違い、
金の箔押しが周囲に施された便箋と封筒で送られてきた手紙からは
ミュラーの並々ならぬ決意が感じ取れる。
ついに来るべき時が来たのだ、と思い、
フレデリカはその日が来る前に自分の身の回りの整理を始めた。
夫が残した膨大な書籍は一部を残して図書館に寄贈し、
衣服や使っていた道具は形見分けとして夫に縁のある人に配り、
在りし日の姿を納めた写真や映像ディスクなどは
まとめて箱に収めて銀行の貸金庫に預けた。
夫の遺品の処分が終わるとフレデリカは再び図書館に赴き
必要な資料を借り出してキャゼルヌ夫人を訪ねた。
その資料の一部に出ていた料理の作り方を教わり、自宅に戻ってからも何度も練習した。
何度も資料を読み直して疑問点があれば再び図書館を訪ねて新たな資料を探す。
それが自分の中でのミュラーに対する、また夫に対する決意の証明であるかのように、
フレデリカはその内容が自分のものになるように、
ミュラーに指定されたその日が来るまで資料を熟読していた。

玄関チャイムが鳴り、
扉を開けて最初にフレデリカの目に飛び込んできたのは、赤いチューリップの花束。
それが少し横に傾いたかと思うと、ミュラーの笑顔が視界に入る。
見慣れた笑顔が、なぜか今日はとてもまぶしく見えた。
「今日はわざわざお越しいただきましてありがとうございます」
とまずはフレデリカが挨拶をすると、
「これはあなたに…」とそのまま花束を手渡された。
それからミュラーは
「今日は私のために時間を割いてくださり、本当にありがとうございます」
と形通りの挨拶をする。
「中へお入りになって、居間のソファでお待ちいただけますか?
 花を生けてからお話を伺いますので」
とフレデリカはミュラーを室内に入れた。

指定されたソファで待っていたミュラーは、
前回来た時と部屋の雰囲気が様変わりしていることに気がついた。
もともと質素で慎ましやかな生活をしているとは思っていたその部屋の中は
さらにモノが少なくなり、必要最低限のモノしか置いていないように見える。
自分が送ったピンク色のチューリップが部屋のあちこちを彩ってはいるが、
配達を週1回に切り替えさせて量が少なくなったこともあり、
質素というよりは閑寂な世界に包まれてるように思えた。
手渡された花束の中から2,3輪取っては生け、次の場所に移動してまた2,3輪生ける。
そんなことをピンクのチューリップが生けてある花瓶の数だけ繰り返した後、
フレデリカは鋏とリボン、長さをそろえるために切り取った茎の破片をを持ってどこかへ消えた。
鋏をどこかへしまい、リボンと茎を処分するだけならそれほど時間はかからないはずなのに、
ミュラーはさらにしばらく待たされる。
その隙間を埋めるように映像が切られたソリヴィジョンから音楽が流れていた。




「お待たせいたしました」
とやっと現れたフレデリカは両手に大きなトレイを持っている。
「お約束の時間が13時ということでしたから、
 もしかしたらお食事を召し上がらずに
 こちらにいらっしゃったのではないかと思って」
とテーブルの上に皿を置いた。
「これは…青豆のスープですね。しばらく食べていないな」
「良かったら遠慮なくお召し上がりください。お口に合えばいいのですが…」
とその一皿だけでなく、フレデリカはまだいくつか皿を並べていた。
「白アスパラガスのソテーに、コールルーラーデ、マッシュポテト…
 オーディンで両親と一緒だった頃のことを思い出しますよ」
そう言ってカトラリーを取り、それぞれ1口ずつ口に運ぶミュラー。
「とてもおいしいです。それになんだか懐かしい味がする。
 まるで母が作ったもののようですよ。これらは…全部あなたが?」
ミュラーが「コールルーラーデ」と呼んだロールキャベツは
よく味が染みていて口の中でほろほろと崩れる。
白アスパラガスのソテーは焼き加減もちょうど良く、
青豆のスープやマッシュポテトの塩加減はミュラーの好みに合っていた。
「ええ。閣下が食べ慣れているものをと思って作ったのですが、
 味にはまったく自信がなかったんです。よかった、喜んでいただけて」
と向かいに座り、微笑んでいるフレデリカ。

デザートは得意のクレープに温かい苺のソースとアイスクリームを添えたもの。
ここでコーヒーを出そうとしたフレデリカだったが、
自分自身がそれほどコーヒーを飲まなくなったために豆を切らしていたのに気づいた。
仕方なくフレデリカは
「ごめんなさい、うっかりコーヒー豆を切らしてしまって…」
といつも飲んでいる紅茶を淹れてミュラーに振舞う。
ユリアン直伝の淹れ方で淹れたものの、
フレデリカ自身は自分が淹れたその紅茶の味には満足していない。
にもかかわらずミュラーは
「こんなにおいしい紅茶は初めて飲みますよ。
 クレープにも良く合うし、紅茶だけ飲んでもとても香りが良い」
とフレデリカの淹れた紅茶を褒める。
「そんなに気に入ってくださるとは思いませんでしたわ」
「あなたが淹れてくださるなら、これから先ずっと紅茶を飲んでもいいな」
「……え?」
ミュラーの言葉に、クレープを一口大に切っていたフレデリカの手が止まる。

音も無く立ち上がり、ミュラーはフレデリカの方に歩み寄った。
そのまま彼女の右手を取って片膝をつき、見上げるように顔を見る。
「フラウ・フレデリカ・グリーンヒル・ヤン、私と結婚してください」
フレデリカの頬が軽く染まる。
「私は………」
フレデリカが何か言いかけたとき、
不意にソリヴィジョンから流れてくる音楽が次の曲に切り替わった。
「Oh,Honey…Picture me upon my knee
(ねえ、ハニー…あなたの膝に座った私を想像してみて)
With tea for two and two for tea
(私たちは2人でお茶を飲んでいる)
Just me for you and you for me alone…」
(あなたには私、私にはあなたしかいない…)
聞き覚えのあるその曲にフレデリカの、またミュラーの意識がそちらに向かう。
曲は前に聞いたことがあった。
「亡くなったヤン・ウェンリー提督が好きだった曲」であることも
フレデリカから聞いた。
ミュラーはその曲が終わるまで口を開かなかった。
フレデリカも何も言わなかった。




「We will raise a family
(一緒に家庭を築くのよ)
A boy for you and a girl for me
(あなたには男の子 私には女の子)
Oh, can't you see how happy we would be…
(それがどんなに幸せなことか分かるでしょう)」
フルートの音色が曲の終わりを告げ、ソリヴィジョンは次の曲へと切り替わる。
「……亡くなった主人と結婚したばかりのときに…」
数刻の沈黙の後、フレデリカはやっと口を開いた。
「私はいつかこの曲のとおりになれば、
 きっと素敵なことになるだろうと思いながらあの人と暮らしていました。
 そうなる前にあの人は先に逝ってしまいましたけど」
そう言ってミュラーの顔を見つめながら、くすりと小さく笑い声を漏らす。

以前、ユリアン・ミンツ中尉に会って自分の仕事を手伝ってもらったとき、
勤務時間外の雑談でミュラーは聞いたのだ。
ユリアンが軍人となる前のこと。フレデリカと会った頃のこと。
彼女と、彼女の夫の馴れ初めなど。
彼女は、自分を伴侶としてくれた夫にふさわしい妻となるために、
副官としての任務以上の努力をして、温かい家庭を築こうとしていたのだろう。
いつ誰がどんな形で訪ねてきても、
贅沢ではないが真心のこもった手料理と、いつ果てるとも分からない話題に満ちた、
心尽くしのもてなしで迎え入れられるような、そんな家庭を。
『休日とか仕事の帰りとか…ちょっと時間ができたときには
 できるだけカーテローゼと2人で訪ねるようにはしているんですが、
 私たちが帰るときのフレデリカさんの表情は、いつも本当に寂しそうで…』
ユリアンが語っていたフレデリカの寂しそうな表情とは、
今自分が目の前にしている笑顔のことだろうとミュラーは思った。




「あなたが共同墓地に行った日…実は私もあの場所にいました。
 結婚の申し込みをする前に、一度ヤン提督に報告しておこうと思って」
「まさか…聞いていらっしゃったんですか?」
「申し訳ありません、立ち聞きするつもりはなかったのですが、
 あんなに長い間あなたがヤン提督と
 お話されるとは思わなかったものですから…」
ミュラーは申し訳なさそうに頭を掻いた後、再び真剣な表情をする。
「前にも一度申し上げましたが、忘れろとまでは申しません。
 あなたはヤン提督の奥方として提督のことを心のどこかでずっと想っていてください。
 そうすることがあなたにとっては最良の方法だと私は考えます。
 しかし、あなたにヤン提督が必要なのと同じように、 
 私にはあなたという…フレデリカ・グリーンヒル・ヤンという女性が必要です。
 それがあなたの望みであるなら、
 歌のとおりの家庭を一緒に築いていこうではありませんか。
 そのためなら私は元帥号を返還して、
 ハイネセンポリスに転属願いを出しても構いません。
 …いや、あなたが望まないのであれば、
 軍人という職業そのものを辞する覚悟もできてます。
 ですから…」
「一つだけ、お願いがございます」
ヘイゼル色の瞳がミュラーを見つめている。
改まった感じの口調に息を呑む。

「仕事であれ、遊びであれ、
 用事がお済みになりましたら必ず帰って来て下さい」
フレデリカの意外な願いにミュラーは面食らう。
「浮気しないでほしいとか、酒は控えてほしいとか…ではなくて?」
「ええ」
その願い事がフレデリカにとってどんな意味を持つのか、
ミュラーには分からなかったが、
それでも軍人を夫とした妻の立場を思えば、
その約束がどれほど重要であるものかは理解できた。
「承知しました。
 私ナイトハルト・ミュラーはあなたと結婚したあかつきには、
 用事が済んだら必ず帰宅するとこの場において誓います。
 私と結婚してくださいますか?」
「はい…私でよければ喜んで」
ようやく返ってきた返事にミュラーはほっとした。
ずっと握っていた彼女の右手の甲に口付けた後、
「キスをしてもよろしいでしょうか?」
と問いかける。
「えっ…あ、…その…はい」
少し戸惑いながら、フレデリカが返事をする。
膝立ちになり、ミュラーはフレデリカの顔に手を伸ばした。




      

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