二人でお茶を(ミュラー×フレデリカ)5/3-338さん
そのまま吸い立てて口腔を味わいたい気持ちを抑え、
ミュラーは頬に唇を滑らせた。
「私からあなたに風邪を感染させてはいけませんから、
ここからは他の場所でご容赦ください」
と唇以外の全ての部分を隙間無く埋める勢いで、
ミュラーは細かく自分の唇をフレデリカの顔に押し付ける。
そうしながら、彼女の髪を優しく撫で、軽く握りこみ、指先で玩んだ。
「あっ……か……閣…下、いけま……っあぅ!」
つい、と外耳の窪みをなぞると、
否定の言葉を発しようとしていたものが急に途切れ、甘いため息が零れる。
「『閣下』ではありませんよ、フロイライン」
そのまま何度もなぞりながら、少しずつ指先を内側に進めると、
「……は…んっ、……ゃ…あぁ…!」
フレデリカの身体が身じろぎを始めた。
「今の私の身体は、あなただけのものです。どうして欲しいのか仰ってください」
ふう、とミュラーが耳管に息を吹きかけてやると、
大きく息を吸い込みながら、フレデリカの白い首筋がぐっと持ち上がった。
ミュラー自身、女性を抱いた経験は片手で足りるほどしかない。
しかし天賦の才能なのだろう、「行為」そのものに対する不満を言われたことは一度も無く、
むしろ抱いた相手がそれまで以上に逢瀬を重ねたがるくらいのものだった。
それでもミュラーのこれまでの恋愛が成就せずに終わったのは、
問題がそれ以外の点にあるといえよう。
もともと彼と恋愛関係に及ぼうとは思っていなかったが、
今宵ミュラーの腕に抱かれているフレデリカ自身もまた
ミュラーの才能に溺れそうになっている1人であった。
自分の上に圧し掛かっている男と
こんなことをしてはいけないと分かっているのに、言えなかった。
屈服させようとするのでもなく、陵辱しようとするのでもなく、
心地よい高みに追い上げ、快感だけを自分にもたらす。
どこに触れて欲しいとか、どこにキスして欲しいとか、
自分はこれまで自分から望みを言うことは一度もしていない。
それどころか男の行為を何度も止めさせようとして言葉を発しかけているのに、
自分でも知らなかった性感帯を探り当てられ、丁寧にそこを攻められて、
その制止の言葉が続けられなくなる。
胸元すら触られていないのに、
フレデリカは背中と、頭と、腕に触られただけで軽い到達感を感じていた。
「フロイライン、もっと私を頼って下さって構わないのですよ」
と男は言うが、息を荒げながらフレデリカは首を横に振った。
「言うのが恥ずかしいですか?
しかし…ほら、ここはどうして欲しいのか無言で語っています」
それまで肩口を撫でていたミュラーの手が、不意に胸元に下がる。
「んっ……ふあああぁっ!」
胸元から全身に電流が走り、
フレデリカの身体はそれに痺れたかのように胸元を前に突き出した。
3
羽が触れているようなくらい軽いものかと思えば、
先端の突起を指先で軽く弾き、反対側の突起に口付ける。
コリコリと摘み上げられたかと思えば、
手の中に収めて形が変わるほど揉みしだかれる。
下着の上から行われていることとはいえ、
フレデリカの双球はミュラーの手の中で自在に形を変え、
それを持つ彼女自身に切ない疼きを与え続けている。
しかし、決定打としての刺激が足りず、フレデリカはいつの間にか内股をすり合わせていた。
「……直に触れて欲しいんですね?」
とミュラーは問いかけるが、
フレデリカは陸に上がった魚のように口をパクパクさせ、
眉をひそめて何かを求めているような表情をするだけで、
意味のある言葉を言おうとはしない。
「下着を外しますからしばしお待ちを…」
その表情だけで自分が次に何をすればいいのか、ミュラーには解っているらしい。
胸元に口付けながら背中に手を回し、ホックを外す。
二の腕まで下がっていた肩紐がさらに緩み、
支えを失った膨らみがふるん、と揺れてわずかに広がる。
それから、白磁のように滑らかな肌を触らぬようにしながら、
ミュラーはフレデリカの下着を上にずらし、
下着の代わりにそれを覆い隠すような仕草で、そっと手を当てた。
それで充分だった。
「あああああッ!」
悲鳴とも思えるような声を上げ、フレデリカの身体は一度硬直した後、
ゆっくりと力を失っていった。
もう幾度自分は達してしまったのだろう。
ミュラーはまだフレデリカの下半身の、最も奥まった部分に触れていない。
にもかかわらずフレデリカは彼から与えられた胸への愛撫だけで
既に何度も気を遣ってしまっていた。
胸だけでそうなのだから「その部分」に刺激を加えられたら、
自分の意識が保っていられるかどうか考えると
フレデリカの脳内回路は「否」と答え、その結論の恐ろしさに驚愕していた。
しかし一方で結論から導き出される甘美な誘惑に抗える自信はなく、
自ら進んでそれに溺れようとしている自分が憎らしかった。
「そんなに固くならないで……私に心を委ねてください」
適度にくびれた胴回りを撫でていたミュラーの手の平が、すっと太腿に下がった。
「ゃあああんっ…!」
落ち着きを取り戻しつつあった感覚が、否応なしに再び高まってくる。
しっとりと汗ばんでいた内腿がさらに湿り気を帯びてくる。
なかなかそこに触れようとしなかったミュラーの手が中心点に向かったときには、
フレデリカの下着は既に役目を果たさなくなっていた。
「これはもうお脱ぎになった方がよろしいでしょう、フロイライン。
こんなになっていては身に着けているだけで気持ちが悪くなりませんか?」
その状態のまま一度果てさせられた後、
フレデリカはミュラーが自分の下着に手を掛けているのを知ったが、
それをずり下げようとするのを阻止できるほどの力は残っていなかった。
追い詰められ、追い上げられ、限界点を越えた身体が何度も揺れる。
そこへ触れられてから数えても幾度目か分からぬほどの到達を終え、
そろそろ痛みを伴ってくるはずのそこは、痛みどころかなお愉悦を訴えていて。
それをもたらすために押し込まれた指を、
より奥へ引き込むように自分の意識外で勝手に締め付けていた。
「少し…指が痛くなってきました…」
と嫌味を伴わずに薄く笑う顔が視界に入り、
それ以上何も責められないことがかえってフレデリカの羞恥心を煽る。
それが自分のせいだと知ったフレデリカは
それまで以上に顔を赤らめながら横を向いて視線を逸らした。
「もうこのままでは身体がつらくなってきたのではありませんか?」
そう言ってミュラーはフレデリカの身体から指を抜き、
着ていた寝間着と下着を急いで脱ぎ捨て、フレデリカの両足の間に腰を下ろした。
「参りますよ…」
熱を帯びたものが、それまで指を差し入れられていた場所に押し当てられる。
「あ……あっ……!」
それを待ちかねていたかのように、フレデリカのそこはふるふるとわなないた。
ゆっくりと収められていくミュラーの肉剣。
長さといい、質量といい、ずっと前に自分を貫いた人のそれよりも、
ミュラーのものはかなり上回っている。
肉鞘の、先端部分まで届いている感覚に喜び、
フレデリカの身体はそれだけで既に満足してしまったらしい、
その証拠に彼女の瞼の端からは雫を零し始めていた。
既にフレデリカの身体は肉欲に溺れ、自分を抱いている男のものになっている。
身体を繋いだままもう2度は悦楽の階段を上り詰め、
同じ数だけその階段を降り切ったというのに、いまだ彼女の心は扉を閉ざしたままだ。
「う……んっ、…う……ぅ…う!」
言ってはならない言葉を言いそうになり、
フレデリカは指を噛んでそれを喉奥へ押し込める。
それを口にしてしまえば、それを認めてしまえば、
彼女の心の中での貞操は灰燼に帰してしまったのと同じだった。
相当の我慢を強いられているはずのミュラーはそれを解っているのだろう、
自分の欲望を叩きつけてくるようなことはせず、
フレデリカが望んでいることを何も言わずに続けている。
フレデリカの眉が一層歪み、首が何度も横に揺れた。
まるでその姿は自分自身に何かを言い聞かせて耐えているようだった。
ミュラーは身体を前へ倒し、フレデリカの足を自分の背中に絡ませる。
それから彼女の背中に腕を回し、そのまま身体を抱え込んだ。
「んんんんぅっ!」
互いの身体がより深く繋がり、フレデリカの口元からくぐもったよがり声がこぼれる。
きつく歯形の付いた指を取って自分の指を絡ませ、
そのまま顔を近づけて何度か頬に口付けた後、
ミュラーは彼女が心を開くであろう一言を、口調を変えて耳元に囁いた。
「フレデリカ……愛してる…」
「ああああああッ!」
その直後の一突きで、フレデリカの身体は大きくしなり、
ミュラーの背中にフレデリカの爪が食い込む。
壺中はミュラーのものを一層締め付けた。またフレデリカは限界を超えてしまった。
「………た……、…ぁな…た…」
心の中の壁が崩れ落ちる。呼んではならない呼称でミュラーを呼ぶ。
フレデリカの濡れた瞳が、砂色の双眸を捉える。
しかし、その視線はそれを越えた先を見据えているようにも見えた。
「お願い、もう…どこにも……」
行かないで。
そう続くはずだった言葉が、唇に押し当てられたことで意味を成さなくなる。
それまで一方的にミュラーの行動を受け止めているだけであったフレデリカが、
何度も何度も音を立てながら自分の唇でミュラーの口を塞ぐ。
「あなたまで風邪を引いてしまう」
と顔を背けると、代わりにその延長線上にあった頬に幾度も口付ける。
「私を…独りにしないで…」
フレデリカの腕が、ミュラーの背中をまさぐる。
「あんな夢はもう見たくないの…」
涙を零しながらフレデリカはミュラーにしがみついた。
フレデリカがミュラーの先に何を見ているのか、「あんな夢」とは何を指しているのか。
ミュラーはそれを口に出すことはしなかった。敢えて口にすることでもなかった。
ようやく「彼女が愛した男」の代わりになることができた、と思った。
それは自分が望んだことであったが、
ここまでフレデリカの心を凍りつかせる男の存在が、今は少しねたましかった。
「今夜その夢は見ずに済むだろうから安心して…」
だが彼女のために、彼は「彼」の役を演じる。
「あぁっ…! あ……、あなた!」
それを演じきった後の自分を見てくれることを信じて、再び腰を動かした。
朝まで続くかと思われた、彼女一人のためだけに用意した
ミュラーの「舞台」は、ようやくその幕を下ろすことになる。
「んっ……あな……た、もう……いい…から……、っう!」
フレデリカの側からそうすることを乞われた。
もとよりこれ以上の我慢はできそうに無かったミュラーは、
次にフレデリカを満足させたら自分の中に留め続けていた濁流を解放しようと思っていた。
しかしそれを開放する場所は、今彼女に愉悦を与えているところではなく、
別の場所にしようと考えていた。それだけに、
「…いいのですか?」
いくらかためらいを感じたミュラーだったが、
「……あなたを……中で……ぁっ! 感じ……たいの…」
そう言われて彼は彼女の願いを叶えてやることにする。
もしそうすることで後に自分にもたらす結果がどういうことになっても、
後悔の無い判断をしようとミュラーの気持ちは固まっていたのだが。
律動を早め、自分を、彼女を。
恍惚の頂点へ追い詰め、快楽の突破口へ追い込む。
ビクン、とフレデリカの身体が震え、
「ああああああッ!!」
ミュラーのものを包む肉襞が締め付けを強めた。
「う………くッ!」
彼女の中で屹立が脈打ちながら熱い迸りを放つ。
それはなかなか止まらず、蜜壺のうねりが止まるまで続いた。
早朝、ミュラーは眼が覚める直前のまどろんだ意識の中で、
何かが自分の頬に押し当てられる感覚を感じた。
その感触に急速に意識が覚醒していき、瞼を開こうとする。
それが誰かの唇であることを認識した瞬間、その感触は急に無くなり、
続いてパタン、と扉が閉まる音が聞こえた。
その音で目が覚めた。
半身を起こして身体を目覚めさせるべく、軽く伸びをする。
辺りを見回して状況を判断し、自分の隣で寝ていたはずの人物を探す。
と、そこにはもうその人の姿は無く、
冷えかかった温もりだけがベッドに残っていた。
自分が目覚める前よりももっと早く相手が目覚めていたことを知る。
…あれからミュラーは、そっとベッドから抜け出して着替え、
浴室からタオルを探してきた。
何度も上り詰めて心身ともに疲れ果て、意識を失ったフレデリカの身体を拭き清めた。
床に落ちていたフレデリカの寝間着を身に着けさせると、
充足感と高揚感で高まっていた自分の体温が
室温によってかなり奪われていることを知る。それは彼女も同じだろう。
慌ててベッドの中に潜り込み、安らかな寝息を立てて眠っている人物を抱きしめる。
(ここへ来て最初に見たときと比べたら、ずっと穏やかな顔をしているな)
ミュラー自身の身体も心地よい疲労感に包まれていて、
ようやく眠りの淵に立たされた感覚があった。
(できることなら明日以降も、俺の前ではこの顔をしてくれればいいのだが…)
と思いながら瞼を閉じたのだった。
傍らに置いてあった自分の着替えを手に取る。
前日自分が熱にうなされている間に洗濯し、アイロンをかけてくれたのだろう、
ドレスシャツからは洗剤の香りがほのかに立ちのぼってくる。
丁寧に畳まれたスラックスは座り皺一つ無く、
近くのハンガーにかけられたジャケットには糸くずはおろか、埃も払われていた。
料理は下手だと言っていたフレデリカが、それ以外の家事は率なくこなしている。
彼女はこれまでの職業であった武官としての才能だけでなく、
実は家庭人としての才能も高いことをミュラーは知った。
着替えて窓際に立ち、カーテンを開ける。
朝日が昇り始めたばかりの街は融け始める前の雪で眩しいほどに輝いていて、
独特の静寂の中に包まれていた。
道路の方を見やれば車道は既に路面が見えている部分があり、
歩道の方も目の前を除雪車が作業している最中だった。
この分ならそれほど時間が掛からずに戻ることができるだろう。
ミュラーは早々に引き上げるべく、寝室のドアを開けて居間に向かうと、
ちょうどフレデリカがキッチンに立っているところだった。
「おはようございます、閣下。お加減はいかがですか?」
と微笑むフレデリカの顔は、ミュラーがここで最初に見た顔とほとんど同じだったが、
いくらか翳りがなくなったように見えた。
「おかげ様ですっかり良くなりました。
フラウ・ヤンには本当にお世話になりました。ありがとうございました」
と一礼し、すすめられたコーヒーとトーストを口にする。
「あの…それで、昨日聞きそびれてしまったのですが…」
とフレデリカが申し訳なさそうな顔をしてミュラーの顔を見つめた。
その言葉でようやく自分の用件を済ましていないことを思い出したミュラーは、
「ああ! そうでしたね。
あなたに用事があってここへ来たというのにすっかり忘れておりました」
上着のポケットから例の包みを取り出した。
「長らくお預かりしてしまい申し訳ありませんでした」
とそれをフレデリカに渡す。
包みを開き、中に入っているものを確認した瞬間。
フレデリカの顔がさっと青くなった。
「……そういうことだったんですか…」
とつぶやくと、その場から立ち去り別室に向かう。
程なくして戻ってきたフレデリカは
その腕に抱え込みながら何かを握り締めていて、
それをミュラーに押し付けて言った。
「脅迫…なんですね、夕べのことは?」
「え……? いったい何を…」
突然口調を荒げるフレデリカの真意が分からずミュラーはそれを訊ねようとするが、
「とぼけないでください」
とミュラーは続く言葉を遮られた。
「あの日私が熱でうなされている間に閣下は私を抱いたのでしょう?
そしてこれ…この片耳だけのイヤリングは、その証拠の1つで…」
その言葉でフレデリカが何を言おうとしているのかが分かったミュラーは
フレデリカの誤解を解こうと口を開く。
「フラウ・ヤン、あなたは何か誤解をされているようだ。
それは皇太后陛下からあなたにお返しするように託されたもので、
あの日の私はあなたがお疑いになるようなことは何も…」
「でしたら、あの日着ていたドレスや下着まで無くなっていたのはどう説明を?
全部あなたが持っていらっしゃるのですね、閣下。
そしてそれを1つ私に返すごとに、その代償として私は閣下に…」
「フラウ・ヤン!」
思わずその両肩に掴みかかっていた。
容赦なくミュラーの爪先が肩肉に食い込むが、フレデリカはわずかに顔をしかめただけで。
両手に握り締めたままの何かを胸元に押し付けたまま、
「これを返せば閣下はこれ以上何もしないでくれますよね?
一度クリーニングに出してありますから、このままお持ち帰りください」
ミュラーをぐいぐいと玄関の方向へ押しやった。
「誰かに話したいのなら、お話になって構いませんわ。
フレデリカ・グリーンヒル・ヤンは貞操感の薄い女で、
淫乱で、脅されればすぐに足を開くと。
ですが、これ以上閣下の脅しには答えられません。
どうかお引取りください」
玄関用のタッチパネルを肘で押して扉を開き、ミュラーを玄関の外へ追い出す。
「もうここへは来ないでください」
バタン!
大きな音を立てて扉が閉まった。
「フラウ・ヤン! 私の話をお聞きください!」
扉を叩いて中にいるフレデリカを呼ぶ。
ドアノブを回しても鍵が掛けられていて開かず、
「ここを開けてください、フラウ・ヤン!」
ミュラーは何度もドアを叩き、叫ぶように彼女の名前を呼んだが、
フレデリカが出てくる気配はなかった。
ミュラーの傍らには、雪解けの泥水に浸った軍礼服とマントが落ちていた。