二人でお茶を(ミュラー×フレデリカ)4/3-338さん





しんと静まり返った、自分のものではない寝室。
(そういえば、ここに住んでいたはずのユリアン・ミンツ中尉は、
 同僚であったカーテローゼ・フォン・クロイツェル伍長と
 1年前に結婚したと言っていたな)
フレデリカ自身が今は政府要職の任から離れていたため
自分がハイネセンでの情報収集と施設視察を行うのに際して
最初に連絡を取ったのがユリアンであったし、
その本人とも実際に会って話をしたから事実だろう。
(ということは…それからはずっと独りでここに住んでいたのか) 
一度ため息をつき、ミュラーは複雑な想いを抱いたまま、
整理タンスの前に立った。写真立てを手に取る。
写真立ての中の人物は、
ユリアンが結婚するよりもっと以前に亡くなったのを、
ミュラー自身が知っている。

(ミンツ中尉をはじめ、あの人の知人や友人、かつての同僚たちが
 ここへ訪ねてくることはよくあることだろうし、
 またあの人自身も訪ねに行くこともよくあるだろう。
 それにしたってこの寝室のベッドで独りで眠らせるのは
 遺された者に対してそれはあまりにひどい仕打ちだと思わないですか、卿は?)
ミュラーは返事が返ってこないことを分かっていながら、
心の中でそう言わずにはいられなかった。
(…成り行きでそうなってしまいましたから申し訳ありませんが、
 今夜はあなたと、あなたと一緒に眠っていたあの人の代わりに
 私がベッドを拝借しますよ)
写真立てを元に戻して、一度敬礼をした後、ミュラーは広すぎるベッドに横たわった。
(今夜あの人は…元のミンツ中尉の部屋で眠るんだろうか?
 この部屋だって寒いのに、
 普段は人気の無い部屋ならばさらに冷えると思うのだが)
その日2度目の睡眠を取るため、ミュラーは瞼を閉じた。

眠れない。寒くて眠れないのだ。
ベッドが自分の体温で温まれば自然と眠くなるだろうと
たかを括っていたミュラーだったが、
寝返りを打つたびにシーツの冷たい部分に接触するため意識が覚めてしまうのだ。
自分の家の狭いベッドならばそんなことはなかっただろうが、
その部分を温めてから再び寝返りを打つと、
温めたはずの前の場所は既に冷えてしまっている。
暖房が機能していなくて室温が外気に近いこともあって、
ミュラーは何度も寝返りを打っていた。
と、そこにノックの音がした。
「はい」と返事をすると、そっと扉を開けてフレデリカが中に入ってくる。
「眠れませんか、閣下?」
「あ…もしかしてベッドの軋む音が響いて、起こしてしまいましたか?
 だとしたら申し訳ありません」
とミュラーはフレデリカがやってきた理由を自分なりに推測し、詫びを入れた。
「いえ、隣の部屋で眠る支度を整えていたところに、
 あまり間隔を置かずに音が聞こえてきたものですから。
 暖房が入らなくて家全体が冷えてますし、なかなか眠れないのも仕方ありませんわ」
と言った後で、フレデリカはベッドに近づいてきた。


「閣下、あちらを向いていていただけますか?」
と言われ、ミュラーは寝返りを打ってフレデリカの姿から視線を外した。
シュル、シュルシュル。
衣擦れのような音が聞こえた後、
フレデリカがミュラーの寝ている位置とは反対側の毛布をめくる。
「薬を服用されたとはいえ、風邪を引きかけている今の状態において
 この寒さでまた発熱されたら、今後の閣下のご予定に差障りが生じますでしょう?
 暖房が切れている以上、私にはこんなことしかできませんが…」
とベッドの中に入ってきて。
「失礼致します」
ミュラーの背中から前へ腕を回してきた。
「フラウ・ヤン?!」
何事とかと思いミュラーは身体を反転させようとしたが、
「駄目です! 閣下、お願いですからどうかそのまま…」
遮られた。胸元に触れている彼女の腕には寝間着の袖が認識できない。
「…暖かい……ですか?」
背中からフレデリカの温もりが直に伝わってくる。
「……………はい…」
ぴったりと張り付くように身体を寄せ、自分を抱きしめているフレデリカが
寝巻着を脱いでベッドに入ってきたのは明らかだった。

ミュラーにとってその状況はある種の苦痛を与えていた。
首筋に吐息を吹きかけられ、胸の双球を押し付けられ、
自分の身体に腕を絡めてくる。
言い知れぬ興奮に心拍数が上がり、自分の呼吸が乱れ、
下半身の一部に血流が集中してきた。
しかし身体の向きを変えることを禁じられ、その人物が置かれた立場を考え、
「それ」を実行することによる弊害を考えて、
熱を帯びた身体を冷やそうと、沸騰寸前の自分の頭がなんとか努力している。
唇を噛み、眉を歪めながら「引き金」を引かぬよう耐えていたが、
それを無意識に引いてしまうのももはや時間の問題だった。
「そっくりだわ…」
不意に背中から声が響いた。
「え?」
「閣下の身体から立ち上ってくる匂いが、あの人のものと同じに思える…」
自分ではなく、相手によって「引き金」が引かれてしまった。



「フラウ・ヤン」
「はい?」
「今だけ…今だけあなたをフロイラインと…、
 フロイライン・フレデリカとお呼びすることをお許しください」
予め断りを入れてから、ミュラーはフレデリカの腕の中から自分の身を少し離した。
直後、相手から禁じられていた「寝返り」を打ち、フレデリカの顔を見る。
「閣下!!」
いくらか怒ったような顔をして、
フレデリカは自分の身体を見られないようその両腕で隠そうとした。
その状態のまま、ミュラーはフレデリカの身体を自分の腕の中に収めた。
「あっ…!」
「フロイライン。あなたに初めてお目にかかった瞬間から、
 私はあなたのことを気にかけていました」
先ほど洗ったばかりなのだろう、
金褐色の髪に指を梳き入れるとシャンプーの香りが漂ってくる。
「ただあなたに特定の意思を以って声をお掛けしなかったのは、
 私があなたに出会ったときには既にヤン・ウェンリー提督の奥方であったから、
 提督が亡くなってもなおあなたの心の中には常に提督の姿があったからです」
もう片方の手で、さするように背中をそっと撫でる。

「久しぶりにあなたに会っても、あなたは何も変わっていなかった。
 しかし提督と、提督を師父と仰いだミンツ中尉とがあなたのそばから離れたことで
 あなたの背中が…あなたの心が…、
 他に例えようの無い寂しさを訴えているのが私にはよく分かりました」
フレデリカの身体がピクン、と一瞬身じろいだ。
「フロイライン、私の匂いが提督と同じものであるというのなら、
 今は私がナイトハルト・ミュラーであることをお忘れください」
少し腕の力を緩め、フレデリカの顔を上向かせる。
「こんな形でしかお慰めできなくて申し訳ありませんが、
 今宵私は…あなたの想い人になりましょう」
自分自身がそれは詭弁に過ぎないと分かっていたが、言わずにいられなかった。
一度額に口付けた。
心のどこかでそれを告げることを迷いながらも、
次に自分が紡ぐ言葉は本心であると分かって欲しかった。
「あなたを…、あなたを愛しています、フロイライン・フレデリカ」
フレデリカの唇に、ミュラーは自分の唇をそっと重ねた。

偶然でも、未必の故意でも、自分の意図から外れたものでもなく。
4度目は自らの希望だった。


      

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