二人でお茶を(ミュラー×フレデリカ)3/3-338さん
3度目は自分の意図ではなかった。
それは、自分のものではないベッドの上で起こった。
翌日、いくらか肩を落としながら元帥府に出勤したミュラーは
主席元帥で国務尚書の任に就いている
ウォルフガング・ミッターマイヤーの執務室に呼ばれた。
昨日の酒宴には参加していなかったミッターマイヤーに
「卿にしては珍しいな。ずいぶんと元気が無いようだが何かあったのか?」
と言われたが、ミュラーはその理由を話せるはずが無かった。
「…まあいい。ところで今日は卿に新たな任務を話さなければならない」
とミッターマイヤーは深くは追求せず、本題に入った。
「これは、皇太后陛下から卿を指名してのご命令なのだが…」
と内容について聞かされたミュラーは首をかしげた。
「閣下ではなく、それを小官がですか?」
「ああ。どうやら陛下は、
相手側の幾人かと面識のある卿を派遣することで互いの信頼関係を円滑に進め、
それを利用してできるだけ多くの情報を収集して欲しいようだ」
「…なるほど。了解しました」
とミュラーはその任務に当たることになった。
「それから…もう一つ。
これは陛下から拝領したものだが、卿に渡すよう頼まれた」
ミッターマイヤーから手渡されたのは、7cm角ほどの小さな包み。
「中身については俺は知らぬが、『持ち主に返して欲しい』と仰せられた。
中身の確認は現地到着後にするように、とのことだ」
半月後、ミュラーは惑星ハイネセンの地に降り立っていた。
与えられた任務である
「銀河帝国に憲法制定、議会設立を図るため、
ハイネセン自治政府領にて情報の収集及び設備の視察を行う」
のが目的で、任務遂行に際しての期間は充分すぎるものであり、
特に問題なくそれは達成に近づいていた。
しかし、もう一つの任務が彼の頭を悩ませていた。
ハイネセンに到着したその日に首都ハイネセンポリスでの滞在先にて
その小さな包みを開いたミュラーは、
添えられたメモの内容を見て身体が硬直しそうになった。
「このイヤリングは、フレデリカ・グリーンヒル・ヤン夫人が、
○月×日の旧同盟領への権利移譲条約締結記念パーティーの際
高熱のため別室にて臨時療養していたときにソファにお忘れになったものです。
これまでの長きに渡りこちらで保管したまま返却しなかった非礼を詫び、
必ずご本人の手に渡るよう、直接面会して返却のこと」
少なくとも皇太后陛下は自分とフレデリカの間に何が起こったか、
またそのことで自分がフレデリカに対してどんな想いを持っているのか、
薄々は感づいておられるのだろう。
サインの入ったそのメモが、実はこちらが主たる命令状であるかのように思えた。
ミュラーは主目的の情報収集と設備視察を終えてもなおハイネセンポリスに留まっていて、
フレデリカに面会を求めるべく何度も電話を掛けようとした。
が、自らの醜い欲望を果てさせるために記憶の中の彼女を使ったことが
ミュラーの自制心を揺るがせていて、
実際に面会した彼女の前でそれを保ったままでいられる自信が無く、
テレビ画面にフレデリカの顔が表示されるより前の、
回線がフレデリカの自宅へ繋がる直前に彼は遮断ボタンを押してしまっていた。
しかし、自分に与えられた時間は1日ずつ少なくなっていき、
ついに翌日にはフェザーン帰着のための準備に取り掛からねばならないという日。
重い足取りのまま、ミュラーは無人タクシーのドアを開け、
中に乗り込むと車内端末に目的地を入力した。
その日を休暇扱いとして処理するよう前日に部下に伝えてあったため、
その目的地を知っているのはミュラーと、その車内端末だけであった。
空が灰色の厚い雲に覆われた、ある冬の日のことだった。
351 名前:2人でお茶を14 投稿日:2005/12/25(日) 01:09 ID:4UbG2j10
その日の午前中キャゼルヌ家を訪問していたフレデリカ・グリーンヒル・ヤンが、
自宅の門前に立っている人物に気がついたのは、時間が午後に入った直後のことであった。
午前中に自宅を出る前には降っていなかった雪が、
帰宅したときには歩道をすっかり覆い隠している。
かなり前からそこに立っていたのだろう、頭と両肩にいくらか雪が積もっており、
足元の路面がその部分だけ雪の厚みが薄い。
「大変ご無沙汰しております。
確約もせずに突然お訪ねしてしまって申し訳ありません、フラウ・ヤン」
と見せた笑顔はいくらか眉根が寄っていて、相手の身体が冷え切っているのがすぐに分かった。
「暖かい飲み物をご用意しますのでぜひ中へお入りください。
知人にフルーツケーキをいただいたのですが
よかったら召し上がりませんか、閣下?」
事前の約束無しに自分を訪ねてきたミュラーにいくらか驚きながらも、
フレデリカは突然の客人をもてなすべく台所に向かい、
お湯を沸かすべくやかんを火にかけた。
1杯目のコーヒーを飲んでいる間は、世間話をするだけで終わった。
しかし、自分を訪ねてきた用件を聞こうと
2杯目のコーヒーを台所から持ってきたときに、
「閣下?」
フレデリカはミュラーの身体が小刻みに震えているのを知る。
「…はい、何でしょう?」
と問いかけに応じる声にも震えが感じ取れ、
ミュラーの身体が変調をきたしているのでは、という推測が容易にできた。
「閣下、失礼します」
とフレデリカはミュラーの額に自分の手を当てた。
自分の手よりも熱いミュラーの額。推測が間違っていないことを悟り、
「大変!」
とミュラーの手をとり別室へ向かう。
その場にミュラーを立たせたまま、
室内からさらに別の部屋へ通じる扉を開けて中に入ると、何かを手に持って戻ってきた。
フレデリカは
「こちらに着替えて、そこに横になっていてください。
すぐに薬をお持ちします」
と手の中のものをミュラーに押し付け、足音を立てて部屋を出て行った。
押し付けられたものを広げてみれば、それは紳士物の寝巻着だった。
言われたとおりミュラーは渡された寝間着に着替え、傍らのベッドの中へ潜り込んだ。
それから改めて部屋の中を見回してみると、
そこがフレデリカの家の主寝室であることにミュラーは気づく。
いくらか体格のいいはずの自分が横たわっても、
もう1人横になれるほど広いベッド。
部屋の隅の整理タンスの上には、かつてこの家の主人であった男の写真。
普段のミュラーであったなら直ちに寝間着を脱ぎ、その場を離れただろうが、
今は急速に意識を手放そうとする身体の活動ゆえに対処できない。
ノックの音が微かに聞こえ、
フレデリカが入ってきたのは覚えていたが、
何かを伝えようとしている声は聞き取れなかった。
ひどく瞼が重たかった。軽い頭痛もしていた。
自然とミュラーの眼は閉じられ、
悪化した体調を修復すべく、意識はつかの間の闇へ旅に出る支度を始める。
と、自分の肩をそっとつかんで、
旅に出ようとする自分を引き止めている誰かを感じた。
ふにゅ。
柔らかいものが自分の唇に触れている。
それが何か考えようとした瞬間、口腔に冷たい液体が流れ込んできた。
相変わらず柔らかいもので口を塞がれているため、
「ん…くっ、…ぅ…く…っ…、ん…」
仕方なくミュラーはそれを飲み下す。
自分の口を塞いでいる、その心地よい柔らかさを持ったものを、
自分は知っていたはずだったが、
それを思い出す前にミュラーの意識は夢の中に落ちた。
「ん……」
眠る前とは質の違う寒さにミュラーは目が覚めた。
眠る前に感じていた頭痛は消えていた。
上半身だけを起こし、自分が眠っていた環境を確認する。
程なくそこがフレデリカの自宅の寝室であることに気が付く。
が、毛布を引っ張り上げずにはいられないほどの寒さを感じ、
頭では理解していてもミュラーはベッドの中から出られなくなった。
発熱のため身体の内側から感じる寒さではなく、
外気の冷たさと同じ寒さ。
しばらく考えた後、視線で自分の着替えを探していると。
控えめに扉を叩く音がした。
「失礼します…あら、お目覚めになったんですね?」
と燭台を持ったフレデリカが入ってきた。
彼女はベッド脇に燭台を置くと、
「失礼致します」
と自分の額に手を触れた。温もりが伝わってくる。
「熱は下がりましたね。良かった…薬が効いたみたいで」
と微笑んだ。
その言葉で、ミュラーは自分がフレデリカによって介護されたことを知った。
「申し訳ありません、フラウ・ヤン。
あなたには1度ならず2度もご迷惑を…」
と言いかけたミュラーの言葉を遮るようにフレデリカは言った。
「それは気になさらなくて結構ですわ。
それよりも閣下、今日はこのままこちらにお泊りになってください」
思わぬフレデリカの申し出にミュラーは戸惑いを感じたが、
続くフレデリカの言葉でその真意を知る。
「実は閣下がお休みになっている間に降り続いた雪の影響で、
閣下がご滞在先へ戻るための交通網が遮断されてしまいました。
それからこれは…もし閣下がやはりお戻りになる場合に
お車をこちらに手配する際に関わってくることだと思うのですが…」
と少し困った顔をしている。
「この住宅地一帯に電気を供給している送電線の一部には
まだ地下埋設されていない部分があって、
その埋設されていない地域ではここより天候が悪化していたのです。
その情報は電気が止まる前の情報だったのですが
吹雪のおかげで送電線が寸断してしまったらしく、
電気供給も止まってしまいました」
電気の供給が止まっているということは、
通信設備に電気を必要とするテレビ電話を利用することはできない。
先ほどからの寒さの原因は、暖房機も電気によって稼動していたからということだろう。
「ということは…歩いて帰る必要が出てきたわけですね?
了解しました、では長居をせずに直ちに戻ることにいたします」
「いいえ。それもできませんよ、閣下」
と言いながら、フレデリカはベッド脇の小机の引き出しから、
厚手のガウンを取り出しミュラーに渡した。
「これを着て、こちらに来ていただけますか?」
と案内されたのはその部屋の窓際。
外の様子をうかがえば、月明かりに照らされた一面の銀世界が見えた。
それでミュラーははかなり長い間眠っていたことに気が付いた。
「もう雪は止んだのですが、
それまでに積もった雪で道路が封鎖されてしまって…。
除雪しましたから玄関から門の前までは楽に歩けても、
そこから先は1メートルは雪が積もっている歩道を
自ら除雪しながらご滞在先まで歩くことになりますよ」
ここから滞在先のホテルまでは数十キロメートル。
自分の体力ではどう考えてもたどり着けない。
「分かりました。ではお言葉に甘えさせていただきます」
とミュラーはフレデリカに一礼した。
「ところで、閣下はお腹が空いていらっしゃいませんか?
幸い台所と浴室に使っているガスの供給は止まっていませんので、
身体を温めるものはご用意できますよ。
ただ、先ほどまで発熱していたことを考えればご入浴はお控えいただくとして、
私は料理がかなり下手なので過剰な期待をされては困るのですが、
それでもよろしければ…」
と言いながらフレデリカが居間のテーブルに用意してくれた食事は、
多種類の具を1つずつ挟んだサンドイッチとトマトスープだった。
自宅で食べる時よりも食が進み、
互いに雪にまつわる話をしながら、何気ない冗談に笑い合う。
久しぶりに心のこもった手料理を腹が膨れるまで食べることができ、
ミュラーはこの状況下でありながらいつもより、
いやいつも以上に気持ちが安らいでいることに気が付いた。
食事の後に「念のため」と感冒薬を渡され、
「では、先ほどの寝室をご利用ください、閣下」
とフレデリカは一礼して食器を片付けるべく立ち上がった。
「お待ちください、フラウ・ヤン。
あの部屋はあなたがお休みになるための場所。
予備の毛布をお貸しいただければそれで結構です。
私はこのソファで休ませていただきます」
とミュラーは慌てて首を振ったが、逆にフレデリカの方も首を横に振った。
「閣下、それはいけません。
先ほどまで高熱でお倒れになっていたのですから、
ここで無理をなさっては元も子もありませんわ。
どうかベッドでお休みになってください」
とフレデリカは強制的にミュラーを寝室に押し込み、
「明日の朝までには除雪車が巡回して歩道の雪をなんとかしてくれるし、
交通網も回復するはずですから、明日にはお帰りになれます。
ご自宅とは違う慣れぬ環境ゆえ落ち着かないだろうと思いますけれど、
どうかゆっくりお休みくださいませ」
と挨拶して出て行った。