その男はいつも不意に姿を現す。  
「ご無沙汰してます、神宮寺さん」  
事務所のドアをノックし入ってきたのは、関東明治組の若頭、今泉直久。  
「珍しいな、お前が直々に出向いてくるとは。何か重大な依頼か?」  
「重大、といえば重大だとは思いますが・・・・・」  
いつもは整然とした今泉の口調が、今日はなぜか煮え切らない。  
 
「・・・・・つかぬ事を伺いますが、今日は御苑洋子さんは出社していらっしゃいますか?」  
今泉が洋子の所在を聞くなど、かつてないことだ。  
「先日彼女に休日出勤をしてもらってな。その代わり今日休みを取っているが・・・・・?」  
今泉は口元をゆがめ、小声で「やはり・・・・・」とつぶやく。  
なんなのだろう、この今泉の態度は。切迫感が感じられないのに妙に重々しい。  
「今泉、もしやうちの助手が明治組のシマで何か迷惑でもかけてしまったか?」  
「いえ、まだ御苑さんと決まったわけではないので」  
口に出してから、しまった、とでも言うような気まずい表情の今泉に、疑問を感じずにはいられない。  
「不確定な情報でもいい。聞かせてくれるか? 部下に不手際があったら上司である俺の責任だ」  
 
しばらくの間、事務所の中には沈黙が漂った。  
「・・・・・お気を悪くなさらなければよろしいんですが・・・・・」  
今泉は眉間にしわを寄せ、ようやく話し始めた。  
 
「アタシがこの件を知ったのは、うちの若い衆の話からです。  
ご存じでしょうが、歌舞伎町の大概の風俗店はうちの組の息がかかってます。  
ですから『あの店の○○は誰某の女らしい』とか『あの店の女は質が悪い』とか  
『サービスが悪い』なんて情報があっという間に耳に入ってきます。  
その中に“ぽにーてーる”というファッションヘルスがあるんですが、  
そこのナンバーワンの『リョウコ』とかいう女性が、ここ最近うちの若い衆の噂の的でしてね。  
彼女を指名しに、大勢こぞって通ってるらしいんですよ。  
なんでも高級店でもなかなかお目にかかれないタイプらしくて。  
女子アナ張りの容姿とスタイル。スレてなさそうなのに抜群のテクニックの持ち主だとか」  
 
いやな予感が押し寄せてくる。  
――もう聞くな  
俺の中の何かが警告を発している。  
「話をやめてくれ」という言葉が喉まで出かかっている。  
しかし、なぜか俺の体は動かすことはおろか、声を発することもできずに固まっていた。  
 
「リョウコに入れ込んだ奴らの一人が、仕事帰りの彼女を隠し撮りしたと見せびらかしてましてね。  
まあ、ヤリたい盛りのガキですから、女にのめりこむのは分からないでもないですが、  
ストーカーまがいのことまでするってのは、誉められたもんじゃないいですから。。  
くだらんことに現を抜かすなという戒めで写真を取り上げたんですが、それがこちらです」  
差し出された1枚の写真。  
歌舞伎町のネオンに照らし出されたその顔に、俺は打ちのめされた。  
 
予感は当たった。  
「・・・・・間違いない、助手の洋子君だ・・・・・」  
 
「やはりそうでしたか」  
今泉はふぅーと長い息を吐き出し、再び話を続けた。  
「アタシも見たときは驚きましたが、いろいろ考えてみまして・・・・・・。  
御苑さんがこんな仕事をする方とは思えませんから、単に他人の空似かもしれない。  
それとも、本物の御苑さんが神宮寺さんに内緒でバイトでもしてらっしゃるのか。  
もしくは、神宮寺さんがご承知でやらせてらっしゃるか。  
例えばあの店に彼女に潜入捜査をさせているとか・・・・・・」  
「いくら助手でも、彼女にはそこまで頼めない」  
すぐには受け入れがたい現実に俺の頭は混乱し、そう答えるのが精一杯だった。  
 
「そうですよね。神宮寺さんはそんなことのできるお人じゃない。  
だからもしご本人だとしたら、自分の意思でなさっていることだと思います。  
しかし、いくら自分の意思といっても、これは御苑さんのためにはなりません。  
新宿も広いようで狭い街です。  
いつ指名客がこの事務所に依頼人として来ないとも限りません。  
第一、神宮寺さんとうちの組との付き合いに差し障ったら困りますしね。  
もし神宮寺さんがこのことを知らずに彼女を組事務所に使いに出されたとしたら、  
若い衆は好奇の目で見るに違いない。  
彼女にしても、本来の仕事の最中に自分の客とはち合わせるのは不本意でしょう。  
それに、あれだけの美貌の持ち主です。こんな仕事をしていたら、  
誰かに目をつけられ、店からあげられて囲われる可能性だってあります。  
本人は軽いバイトのつもりでも、いつ裏世界の深みにはまるかわかりません。  
神宮寺さんだって、優秀な助手さんがいなくなったら仕事になりませんでしょう」  
 
今泉の言葉が遥か彼方から聞こえてくる。  
そのくらい俺は動揺していた。  
 
――洋子、何を考えている?  
やはり給料に不満があってのことなのだろうか。  
確かに彼女の働きぶりに対して、うちの報酬は安すぎる。  
それでも愚痴ひとつ言わない彼女に、俺は甘えていたのかもしれない。  
しかしバイトをするにしろ、彼女ほどの能力があればこんな職種を選ぶ必然性はない。  
なぜ自分を安売りするような仕事にあえて飛び込んだのか?  
 
探偵と助手。上司と部下。  
その一線を越えぬよう、彼女の心に踏み込むことを意識的に避けてきた。  
俺に関わりすぎることは、彼女にとって幸せを遠ざけることになると思っていた。  
しかしそれは俺一人の勝手な考えで、実際は彼女の心を汲むようなことは何一つしてこなかった。  
これは、そのことのへの答なのだろうか。  
 
・・・・・・いずれにせよ、雇用者としても、そして男としても俺は失格だ。  
彼女の生活も心も支えてこれなかったのだから。  
 
「うちから店に手を回して辞めさせることもできますが、  
神宮寺さんの部下の方にアタシがそこまで介入するのも変な話ですし、  
まずは神宮寺さんに確認しておくのが筋かと思いまして。  
・・・・・・神宮寺さん、ご自分で御苑さんを説得に行かれますか?  
それともよろしければ、うちの方で手を打ちましょうか・・・・・・」  
 
 
【選択肢】  
A:自分が店に出向く 
B:明治組に任せる 
 

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