行く先3







「こんばんは、ムウさん」
「おう」


キラは、毎晩の夜桜と夜空見物をムウと共にすることになった。
それともう一つ。
ムウのことを”ムウさん”と呼ぶようになった。
これはムウからの要請だった。
三十路にもなって”坊ちゃん”と呼ばれるのは恥ずかしいのだ、と
そう言ったムウの顔が少し赤くなっていたのを覚えている。
夜桜を見ながら、お互いのことを話す。
今では夜桜よりも、ムウとのお喋りとの方に重点が置かれていると言っても
過言ではないのかもしれないと、キラは最近気づき始めた。
今日あった出来事だとか、天気の話。
それからお互いの家族について。
それはほんの数十分と言う大変短い時間であったが、
二人にとってはとても中身の濃い一時となっていた。



「さて、そろそろ時間かな」
ムウが腰を上げるのを、寂しく思う。
「もう、ですか…」
口調にもその思いが出てしまったのであろう。
ムウが気遣ってかやや明るめに言う。
「明日もあるだろ?明後日も、明々後日も」
キラの頭をくしゃりと撫でながら。
その仕草に嬉しさと少しの寂しさを感じた。
上着の前を閉じ、行こうとするムウをキラが制した。
一旦自室に入り、直ぐに戻って来たキラの手には、
包みが乗っていた。


「これ」
「?・・何?」
「おむすびです、お腹空くだろうと思って」


やや俯いて言うキラの頬に、桜と同じ色が差す。
一歩足を踏み出し、キラに近づいた。
気配を察したのか、キラが顔を上げる。
その瞳はまるで夜空のようで。


「ありがとな」


そういって影が落ちた。
それは一瞬だけ額に触れ、直ぐ離された。







気づいた時にはもう彼の人の姿はそこに無かった。
けれど、確実にさっきまでここに居たという確証がある。
未だ残る額の感触。
少しかさついていた。
「どうしよう…」
胸を締め付ける苦しさと。
額の熱と。
今自分に判るのはこの二つだけであった。








ムウは非常に不思議な男だ。
自分でも何をしたいのかわからずに、
今はとりあえず書物を読み漁っているのだ。
それと。
夜な夜なムウが出かける場所---それは鍛冶屋であった。
別段鍛冶師になりたい訳でもないのだが、鍛冶屋のおやじと気が合ったというのが
そこへ通うようになった最大の理由。
夜は気温が一定になり、空気が引き締まる為に
刀を打つには都合がいいのだ。
刀など今はあまり需要は少ないのだが、
一つのものに打ち込むという鍛冶師の心意気にムウは惹かれた。




いつかは自分も『一つのもの』に打ち込みたい。

それはなんでもいいのだ。







仕事であっても。

一人の人間であっても。











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