あの海の果てに〜楽園〜

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 注意*火拳以外との性描写があります。









 情報部の友人とのデート中、友人に進められるままに酒を飲みながら、楽園の話をした。
 一生誰にも話す気のなかった話を、友人は複雑な顔をして、それでも黙って聞いていた。海軍の報告書に記載されなかった事実に、友人は絶句するしかなかった。
 惚れきっている女が他の男とのセックスを語る、どんな責め苦だ。何が言いたいというのだ。様々な感情が入り乱れ、なんの言葉も出すことが出来ず、片手で顔を覆い耐えた。酒でも飲んでなきゃ聞いていられない、と華奢なガラス細工をほどこしたグラスを持ち上げを見ようともせず煽る。
 焼け付くようなアルコール度数の高い酒が欲しいとバーテンに合図を送りながら、周囲を見渡した。誰も知った顔はいない。とのデートを仲間に邪魔されたくないと思い、基地から遠い場所を選んだのが幸いしたなとほっと息を吐いた。

 そんな友人の心を知ってか知らずか、は最後通牒とも言える爆弾をおとす。友人にしか頼めないと、海軍本部までの移動経路の確保を頼んだ。

!!!  正気かぁ!!?? 」
 と驚愕する友人に、にっこり微笑むの顔は晴れ晴れと冴え渡っていた。迷いのない覚悟を決めた双眸は深い思いを映し出していた。
 海軍に籍を置く女が、海賊を愛した。しかも、その男のために海軍を捨て男のもとに行きたいという。
 無理な相談だ。友人は、立場上、力ずくでも止めるべきだとわかっている。止めるのは簡単なことだ。今回の件を海軍に報告しの身柄を拘束すればいい。だが、友人はそれができない自分がいることに気がついた。

「見返りは? 高いぞ」
 ふてくされたように友人がつぶやく。
「なんでもかまわない」
 きっぱりと言い切り、酒をあおる。自分に惚れていると常日頃から言う友人に、酷いことを頼んでいる自覚はある。

 友人から言われるままに、は体をさしだした。
 この体でエースの元にたどり着くことができるのなら安いものだ、と。

 ベッドに横たわるの唇をためらいがちについばみながら、友人はやるせない瞳でをうかがった。が少しでも嫌がる素振りをみせるのなら、すぐにやめようと髪を弄びながら首筋にふれる。長かった髪は短く切り揃えられ、隠れていたうなじは吸い付きたくなる衝動を抑えるのが困難なほどの色気を放っていた。誰かがそうしたのだ、といいようのない嫉妬心が芽生えていた。空白の時を過ごしたという火拳のエースに。
「すぐ、行くのか……」
「ああ、行く」
「行くな。お前が行ったところで、何も変わらん。おれがお前を愛しているのを知っているだろう」
 友人の言うとおりだと肯定するように、はわずかにうなづいた。

「とうに捨てエースに拾われた命だ。エースのために散ってもかまわんのだよ」
「とどくはずがない。どんだけおれたち海軍がこの作戦に力入れてるか、わかってんのか!!! 」
「ああ、それも承知のうえだ」
「行くな。行かさねェ。クズにやるなんてできるか」
「すまない」
「行かせない!!! お前はおれのそばにいればいい。おれの子を産めよ」
 先ほどまでのためらうような優しい愛撫は姿を消し去り、激高にかられた友人の指が体がを蹂躙する。には、熱にうかされたようにをむさぼる友人の心が手に取るようにわかった。だからこそ、導かれるままに受け入れ、最奥に精を受けた。せめてもの償いだった。


 友人はの巡視船が消息不明になったとき、を永遠に失ってしまったと嘆き悲しんだ。ほのかな恋心は消失感に打ちのめされ深い悲しみだけが残った。
 思いもよらなかったの帰還に、友人は滂沱した。涙の中にへの恋心が熱く燃え上がり、二度と手放しはしないと決めていた。が自分を悪く思っていないことはわかっている。遭難の傷が癒えた頃合いをみて、思いを打ち明けようと思っていた。
 それなのに、二度と離さないと決めた女の心は、海賊に深く囚われ、何ができるわけでもないのに、処刑の場に行きたいと願う。そのために、愛してもいない自分の精を受けることも厭わない。
 友人は、もう後戻りなどできない、と悟った。
 愛している男がいるのに、自分の精を受け止めた女の覚悟が如何ほどなのか。これは一種の賭けだった。友人は賭けに負けたのだ。最後の瞬間、が抗ったら、協力する気はなかった。どんなに罵られようが憎まれようが二度と自分の腕の中から外にだすことはしないと思っていた。だが、そこまでして火拳のもとに行きたいと願うをもう止める手立てはない、と思い知らされた。


 荒い息を吐きながら重なる体を離し問いかける友人の瞳には、あきらめが宿っていた。
、これでもお前は行くんだろう」
「ああ」
、生きて帰れ! 」
 はわずかに首を振った。
、約束してくれ。どんな所ででもいい、生きのびてくれ。帰ってくる気があったら、帰ってこい」
 友人の言葉に、の双眸から堰をきったように涙があふれた。人の良い友人だと思っていた。だからこそ、そのお人よしにつけこんだのだ。体を提供すれば容易にことが運ぶと踏んでいた。
 海軍本部に行ったところで、エースを救うことなど、出来はしない。せめて、ひと目だけ会いたい。エースの命が終わるときが、拾われた命を終わらせるときだと思っていた。

「約束はできんな。足掻いてはみるが……」
 友人の愛が辛い。エースに出会わなければ、友人は恋人となり夫になっただろう。温かいものを惜しげもなく注ぎ込んでくれる友人にどれだけ酷いことをしているのか。非道ととられても仕方がない。それでも、エースのもとに行きたい。行かなくては……。
 謝罪と感謝の気持ちをこめて、は自ら友人によりそい決別の口付けを交わした。



 流石に情報部少将の役は伊達ではなく、友人は子一時間で手はずを整えた。かなり無理やり捻じ込んだやり方に、軍部で摩擦が起きるかと危惧したが、エースの処刑に混乱を極めている内部では問題にすら上がらず、本部まで最短時間で移動できることになった。

 本部までの物資補給船に乗り込み、友人に別れを告げるの澄み切った朝焼けの空を思わせる迷いのない瞳に、友人は自分の選択に間違いはないと改めて思った。
 愛しているからこそ、送り出してやるのだ。それがどんな結末を迎えようと悔いの残る人生を送らせるよりもましなのだ。抜け殻のようななど見たくもない。海軍少尉、気高く生きるブライト・に惚れているのだから、瞳に最後に焼き付ける姿が望む姿であることに誇らしい気持ちにすらなった。

、お前のためだけに、健闘を祈る! 」
「ああ、感謝する」
 海軍のマントをひるがえし、友人は去っていく。出港を見送りはしないと決めていた。せめて悔いのないよう海軍に未練を残さぬように、背中をみせることで、の友情と自分の心にくぎりをつけた。




2010/2/22


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