あの海の果てに〜楽園〜

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 煩悩を消し去るように、納得のいくまでシャワーをあびた。シャボンの香りが体からほのかに香る。無残な髪はどうしようもないなとため息がでる。海軍なんてところにいるから、洒落っ気のひとつも持っていない私だが、それでも綺麗な黒髪だと褒められたことだってあるのに、これではかなり切ることになるだろう。いっそ、ベリーショートまで刈ってみるか。
「エースはどんな髪型が好きなんだろう」
 そんなことを考えている自分が可笑しくて、ゲラゲラ笑ってしまった。

「よぅ、いつまで浴びてる気だ? 」
「え、エース!!! 」
 ひゃーっ! 独り言が聞こえたのか、と飛び上がってしまった。いきなり声をかけるのは反則だ。
「おれを待ってるとかか? 」
「も、もうでるから!!! 」
 慌てて返事を返したら、エースが笑って浴室のドアを開けた。びっくりした私が湯船に飛び込むと、エースは声を立てて笑った。

「こいよ」
 エースはバスタオルを広げて私を待っている。
「自分でできるから」
、いいから、甘やかしてェからさ、甘えてくれねェ」
 きゅんと胸がなった。どうしてこの人はこうなんだろう。ドキドキがとまらない。顔をまともに見れないではないか。そそくさとエースの腕にとびこんだ。
「ん。上出来」
 正面からとびこんで、恥ずかしさのあまりすぐに背中をむけたら、ぐるりとバスタオル越しに背中から抱きしめられた。おおいかぶさるエースの息が頬をかすめ、さっと抱き上げられた。またも、お姫様抱っことは、私を殺す気か! 
 心臓が破裂してしまいそうだ。頭の先からつま先まで、真っ赤だという自覚がるぞ。濡れた髪の雫が、肌に触れた途端、蒸発してしまう気すらする。

「っ! エース降ろしてくれ」
「まだ、歩けねェだろ? 」
「歩けるから、降ろして」
「ほんとに? 」
 ニヤッと笑うエースを見ていたら、もう無理だ。黙って、首に手をまわし、首筋に顔をうずめた。

 自覚はなかったけれど、どうやら私は甘やかされたかったらしいな。海軍では甘えなど許されんからな。
 まだ、楽園は続いている。それが嬉しくてたまらない。

 そのまま、ベッドに運ばれて、食事の前に軽く抱かれた。三日ぶりの食事が先ではないか? と抗議したのだが、ニヤっと笑うエースの色気に負けた。おかげでもう一回、シャワーをあびる羽目になった。
 また、お姫様抱っこで運ばれた。これは上半身の密着がたまらないから照れくさいけれど好きだ。シャワーを一緒には拒否したが、これも負けた。
「ダメか? 」
 などと、軽く眉を下げられておねだりされたら、断れないではないか。可愛い火拳のエースを拝むことができるなど、滅多にないのではないか。
 それでも、う〜んと軽くしぶったら、
「まっ、気にすんな。いまさらだからな」
 どういうことだと問えば、
「三日三晩、誰が少尉ちゃんを拭いたり下の世話したと思ってるんだ? 」
 ときた。ガーン! 脳天にワンマー喰らったかと思った。
 真っ白けになった私は、気がついたときには、湯船に一緒につかっていた。
「メシ喰ったら、切ってやるからな」
 何を? まだ衝撃から醒めていないらしく頭が回らない。
「爆風くらって不揃いになっちまったからな。綺麗にしてやりてェってな」
 ポンポンと私の頭を軽く叩き、髪を弄ぶエースはどんな顔をして、こんなことを言っているだと、ふりむいたら、ニィと笑ってそのままおでこにキスをされた。
「こ、子ども扱いか!!!??? 」
「バ〜カ。こんな子どもがいてたまるか。おれの責任とってくれ」
 ぐっと押し付けられたものは、ナニだった。
 一瞬、ご飯がまた遠のくと思ったが、エースの手が私をあっというまにさらっていき、もみくちゃにされた。あっさりイかされて、エースを味わっていたら、運悪く、エースの迸りを顔に浴びてしまった。
「悪ィ、悪ぃ」
 と、口では言うのだが、にんまりした目元がわざとだと告げていた。ぶぅ〜と膨れたら、エースの大きな手が顔をぬぐい、甘いキスを仕掛けられた。トロトロ、どこもかしこもトロトロと溶けてしまいそうで、なぜか涙が一粒こぼれた。こぼれた雫は頭上からふりそそぐシャワー隠された。


 また、お姫様抱っこをされたが、私の腕は意思に反してだらりと垂れ下がったままだ。
 ん? という目で見られたから、無理やり笑った。
「腹減って力がでねェ」
 エースが教えてくれた弟だというルフィとやらの口癖で誤魔化したら、エースはブフォっと噴出し、豪快にのけぞって笑った。
 ひとしきり笑った後、私の腕を首にまわし、よっと抱き上げた。もたれた肌はすべすべとして、胸筋の逞しさが、たまらなくそそる。鍛え上げられた体から発散されるエースの男の匂いは意図も簡単に私をその気にさせる。しかし、体がだるくってついていけない。体力の差が恨めしい。

 ベッドに降ろされたとたん、くにゃっと横たわってしまう。そんな私にエースは布団をかけ、
「とりあえず、メシと服だな。いい子で待ってろよ」
 と言い、ポンっとお尻を叩かれてた。抗議の声をあげようとしたが、そこで意識が無くなった。


「……ろっ。メシ…………ぜ」
 う、うるさい。眠いんだ。
 耳がふぅ〜と風を感じた。穏やかな陽だまりの中で温かい毛布にくるまれているような感覚の中、それは耳元で聞こえた。
「……起きねェともう一回、シャワーあびることになるけど、いいか? 」
 途端に意識が覚醒した。がばっと起き上がったら、ゴンっと音がして打った頭をかかえて唸った。
「痛ェな。、寝起き最悪だな」
 温かい毛布だと思ったものは、あごをさすってしかめっ面だった。
 謝ろうとしたら、グゥーーっと派手な音がでた。どうしてこのタイミングで腹がなるのだと情けない顔でエースを見たら、笑うのを我慢していたらしいが、耐え切れないようで、爆笑された。
 つんっと、起き上がろうとしたのに、体が動かない。あれっと思ったら、うつぶせからあおむけにかえされ、クッションを背中にあてがわれた。エースは、さっさと、ご飯ののったお盆をサイドテーブルにのせていた。
 嫌な予感に眉間にしわがよった。
「よし、メシにすっか。いただきます」
 あの、私の分はどこに?
、あ〜ん」
 ……恐れていたとおりのことをやってくれる。いい年とった女にやることか? ガキ扱い? どう見てもエースのほうが年下だろう。
「あ〜ん。腹減ってんだろ。あ〜ん」
「……エース、自分で食べられる」
「ん? 甘えてくれねェ? 」
 そう言われたら、弱いではないか。つい、口を開けてしまった。とろりとした餡のかかったかゆは、程よい温かさで、体に広がっていく。
「そうそう、美味いか? 」
 照れくささでどうにかなりそうだ。どこの海軍少尉が海賊にあ〜んをされているのだ。それを受け入れている自分が信じられん。スプーンを奪いたいのだが、どうにも力が入らない。恨めしげにエースを見ると、すぐにあ〜ん攻撃だ。誰のせいで、ここまで消耗しているのだとちょっとムカついたが、いたせりつくせりで世話をやかれていたら、心に温かいものがあふれて切ない気持ちになった。

 終焉はみえているのだ、それがたまらなく胸をうつ。


 ベッドで三日三晩戯れた。ずっと一緒にいて、何度も昇りつめ砕けた。お互いの体液は交じり合い、肌をおかしていった。肌に焼きつくようなエースの手は妖しく、何度も私をその気にさせた。私の口は火拳のナニを何度も高ぶらせ、精を吐き出させた。エースとのセックスは荒々しくてそれでいて至極繊細だった。

 夜更けにエースの胸で眠りにつきとき、朝日の中エースに包み込まれて目覚めるとき、幸せってこんなにも心が温かくなるのだと初めて知った。
 それでも、別れはやってきた。

 切ってやると言われていた髪をエースの大きな指がつまみ、ちゃきちゃきと鋏が音を立てていた。
 宿屋の主人に借りたケープと鋏と櫛をエースが運んできたときから予感があった。
「ルーア島ってとこだが、は知ってる所か? 」
「ああ、駐屯所があったはずだ」
「そっか」
 どんな髪型にされるのか不安ではあるが、まぁそれも一興か、とされるがまま、何も注文をつけず、エースの器用さに賭けた。
 さらさらと切りそろえられ、落ちていく髪が、楽園の名残りのようで泣きたくなった。
 私は海軍少尉としての生き方しかできはしない。私には帰る場所があるのだ。ぎゅっと唇を噛みしめ、あふれそうなものを体の中に無理やり押し込んだ。
 顔に散った髪をタオルでそっと払われた。仕上げを見るようにぐるっとエースが私の周りを一周した。

 この髪を切る優しい手つきを忘れないでおこう。いつだって、エースは私に優しい人だったのだから。

 うなじに散った髪を払われ、そっとうなじに唇がつけられた。そのままゆったりと背後から抱きしめられた。
、ここでお別れだ。おれを忘れろ」
「エース、いつか、私に会いにきてくれ。それまで、私はあなたを忘れない」
「無理だな。そりゃねェ」
「だから、いつかと言っているのだ」

 いつか、あなたを縛るものに決別をつけることが出来たら、会いにきて欲しいのだ。忘れるなど、できるはずがない。それをエースはできるのだろうか。

 行為の最中、エースは私の肩にあごをのせて、恥ずかしそうにつぶやいたではないか。
「女に触れてナニが勃つの初めてだって言ったらよ、信じるか? 」
 その言葉に希望を持ってもいいだろう。だから、いつか……再び会おう。


 私たちの別れを月だけが静かに見ていた。




2010/2/20


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