涙さえ奪って

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5、寝息


っ! 」
 俺は、疲れきった顔のエリノアさんから、むずがるを抱き上げた。さめざめと泣くの涙をぬぐってやるが、涙は止まらねェ。いつものように、赤ん坊を抱くみてェに立て抱きで、とんとんと背中を軽く叩いてやり、ぐしゅぐしゅ泣くに、低い声で
「よしよし、どうしたんだ? ……ンマー怖い夢でもみた……か」
 とあやす。
 寝ぼけてるくせに、俺に気がついたかのか、の体のこわばりがなくなり、甘えたように首にすがりついてくる。

「アイシュ〜、いっちゃいやぁ〜」
「ンマー、。俺は、離れていかねェから。いつもそばにいてやるよ」
 とうさまだったんじゃねェのかよ。なんで、今日は俺なんだよ。とうさまから昇格したっていうのか。何にだ。

 むずがるの背をなでながら何度も同じ言葉をささやいた。

「どこにも行かねェよ」
 そのうち、は落ち着きを取り戻し、寝息がすぅすぅと軽くなった。

 俺は、ほっとしたら、さすがに抱っこに疲れてきた。昼間の遠泳のあとだぞ。普段泳ぐはずのねェ荒波は、俺の体を思ったより疲れさせていた。

 まぶたが重くなってきて、抱っこしたまま、のベッドに転がった。

 やべェ〜よ。寝ちまいそうだ……起きなきゃいけね……ェ、と意識がうすれていく。しかし、起きようとする俺を、エリノアさんがもう少しそのままでって顔でその場にとどめた。
 エリノアさんの優しい良い匂いのする手が、赤ん坊を眠りに誘うように、トントンと俺の背中をなでる。それは、心地よいリズムだった。母親に甘やかされるってのはこんな感じなのかって思った。
 俺の腕の中で、安心しきって眠るの寝息、俺の背をなでる優しいエリノアさんの手……。


 ンマー、そこから記憶がねェよ。




 次の日、のベッドで目覚めた俺は、呆然とした。
 ンマー、信じられねェし。十七で同衾か。しかも相手は六つのちびかよ。いくら六つのちびでも、俺と寝るのは、まずいだろう。若い俺は、しっかり朝立ちだってするんだぜ。こんなちびに手をだす気なんか、さらさらねェが、がびっくりするだろう。
 ンマー、頭抱えたよ。

 うわさしか町を潤すものはねェのか、この町のやつらときたら
『トムズワーカーズの若い弟子が、六つの娘に手ェだしたってよ』
『ほう、そりゃ海パンのほうか? 』
『違うって、驚いたことに、兄弟子のほうだっていうじゃねェか』
 なんてことを言い出しかねねェよ。

『最近、トムんとこの若ェのが、ウィル造船所の屋敷に入り込んでるみてェだな』
『あそこのエリノアさんは、若くて綺麗だからな。若ェのが通いつめるのも無理ねェな』
『娘っこのちゃんが、よく海パンと遊んでるだろう? 』
『俺は、兄弟子と一緒にいるところを見たぞ』
『奥方を手なずけるには、まず娘からってか? 』
 なんてうわさがまわってるのを、つい先日聞いたばかりだ。
 俺は十七のガキだけど、ガキじゃねェんだ。そういう眼で世間がみるかもしれねェことぐらい、わからなけりゃいけなかった。

 ンマー、俺がどう言われようが、どうでもいい。俺にやましいことなんかねェんだから、堂々としてりゃいいんだ。
 だが、がそんな眼で見られたり、エリノアさんの評判が地に落ちるのだけは避けなきゃいけない。


 朝霧が立ち込める中、俺はこっそり裏口から屋敷を抜け出した。ほっとしたことに、普段なら町が動き始める時間になのに、人っ子一人いない。アクアラグナのせいで、みんな家に閉じこもっているからな。



 その日から、が遊びにくるまで、十分に考える時間はあった。俺はうわさにならねェように、エリノアさんとの距離を遠ざけることにした。ンマー、つまりだ、屋敷に滅多に顔をださないようにした。十七の若造の考えることなんか、それくらいしかねェだろ。ほのかな憧れは、エリノアさんにとって迷惑にしかならねェからな。恋心に育つ前に捨てちまうことにしたよ。

 美人で未亡人のエリノアさんは、町の注目の的だった。だが、本人はまだ旦那が帰ってくると信じているみてェで、どんな誘いもすげなく断る。ンマー、を手懐けようと目論むやからもいたみてェだが、お転婆なは手懐けられるタマじゃねェ。それでも、ちょっかいをかけてくるやつには、警戒心バリバリで、火がついたように泣き出すからな。

 は、あいかわらず、廃船島にきては、フランキーと遊んでいた。俺と過ごすはずの日は、俺は屋敷に行かねェから、家庭教師を連れてやってくるようになった。
 ンマー、一緒にお勉強ってヤツだ。内容はまったく違うがな。
 家庭教師がいても二人きりというのは、まずいから、バカンキーの首ねっこ捕まえて、つきあわせてやった。あいつが、九九ができるようになったのは、俺のおかげだろうよ。
 ンマー、かなり暴れたがな、の一言でおとなしくなったのには、笑った。

「フランキー、よりバカ? 」
「うるせェ、ちびに負けるかよ」

 ンマー、家庭教師も大変だな。のジュニアスクールの勉強にくわえ、俺に町の歴史やら公用語のスペルなんかを教えなきゃいけねェし、フランキーにジュニアスクールの基礎も基礎から教えなきゃならねェ。俺は、知ってることもあれば、知らなくて恥をかくこともあった。
 フランキーも当然、わからねェことだらけで、ちんぷんかんぷんだったみてェだ。わけわからねェってツラみてるだけで、溜飲がさがったぜ。

 日頃の行いを悔やめ、バカンキー。
 って思っていた。


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