が廃船島にくるようになって、もう半年以上が過ぎた。
は六つになり、俺は十七になった。フランキーはまだ十二だった。
との関係は、週に一回のはずが、週に二日廃船島にきてフランキーと遊び、一日俺が屋敷で面倒をみるようになっていた。
「なぁ、アイスバーグ、なんで、ちびはまだ来てんだ」
「ンマー、知らねェよ。トムさんの知り合いのお嬢ちゃんだからじゃねェ」
「へー。町のヤツなんか嫌いだ。あいつだってそのうち……」
「バカンキー、んなこといいから、あれ取ってこいよ」
「ちっ! うるせェな。俺に命令すんな。アホバーグ」
「ンマー、なんか言ったか!? 」
「ちび、俺のバトルフランキー9号に乗ってみるか?」
「フランキー、のりたーーい! 」
おとなしくココロさんのところで水水イモの皮向きを手伝っていたが、ぱっと駆け寄ってきた。
「、ダメだぜ。おかあさんと約束したろ? 危ないことはしないって」
「え〜うみにでたいのにぃ〜」
「ンマー、ダメだ。海に行きてェんなら、そのうち俺が連れてってやるからよ」
「じゃあさ、今日は海岸べりでいそぎんちゃくを取ろうぜ」
「いそぎんちゃく?」
「ああ、知らねェの? 水かぶってるとゆらゆらゆれて面白いんだぜ? 」
「ンマー、バカンキー、を変なとこ連れてくなよ」
「いかねェーよ! 俺だって危険かどうかくらい判断つくって! 」
ンマー、その日もバカンキーはトムさんの手伝いしねェで、遊ぶ気満々みてェだった。
は可愛いが、俺ときたら本気で遊んでやるわけにいかねェから、いや十七だしよ。十七の男が六つのちびと本気で遊んでたら、おかしいだろ。
遊び方面は、フランキーに任せることにして、そのかわりってわけじゃねェが、面倒くさい育児みてェな世話は、俺がするようにした。ココロさんだって暇じゃねェからな。自然に役割分担したってことだ。
ンマー、おとなしく言うことをきくかと思ったら、大間違いだった。
バカンキーを信用したのが、第1の失敗。
が聞き分けがいいと思い込んだのが、第2の失敗。
アクアラグナの時期が近づいてきていたのを忘れていたのが、第3の失敗。
とんでもねェお転婆なお嬢さんだ、と思い知らされた一件が起きた。
ひゅ〜と唸る南の風に、海が荒波を立て、廃船島に予兆を告げる波が押し寄せてきてよ。
やべェ! ンマー、はどこだ! と思って、見渡したんだが、二人の姿がみえねェ。俺は、すぐさま仕事を放り出し、二人を探しに駆け出した。トムさんがなんか言ってたから、大声で言い返した。
「トムさん! すまねェ!!! なんか変な気がすっから! 探してくる! 」
まさか、バトルフランキー号に乗ってねェだろうなって思ってたら、思い切り乗ってるしよ。
海岸から100メートル先で波に翻弄されるバトルフランキー号を、俺の眼は見つけた。ンマー、びっくりですめばいいが、すむわけがねェってもんだ。
焦った俺は叫んだ。
「バカンキー! てめっ、危ねェ!」
その途端、舳先に座り込んで水面を覗き込んでいるに、大波がざぶんっとかぶった。ンマー、考える間もなく、俺は海に飛び込んだ。
100メートル何秒で泳いだんだか、わかりゃしねェよ。全力で水をかき、の沈んだあたりに潜った。ときたら、魚人のクォーターのくせに、泳げねェんだから、海にでるべきじゃないんだ。
濁った海の底でを抱え、何かに苦戦しているバカンキーを見つけた俺は、ンマー、殺してやりてェって思ったぜ。
何かと思ったら、でけェいそぎんちゃくのバケモンに絡みつかれそうになってよ。いっそ、喰われちまえって思いながら、腰にあったノミを渡してやったのは、を守っているのがわかったからだ。でなきゃ、そのまま見殺しにしてやったぜ。
ノミのかわりにを受け取り、俺は海岸を目指した。海育ちの俺でも、アクアラグナの余波はきついものがあって。
こんな海を誰が泳ぐ気がする? こんな日に誰が俺たちが海にいると思う。
へろへろになって浮上してきたバカンキーと肩を並べ、の体をふたりで支え、水をかいた。いくら水をかいても、潮の流れが、俺たちを沖へと流していった。
トムさんの助けがなければ、俺たちは死んでいたってもんだ。
ンマー、情けねェ。
ココロさんにこっぴどく叱られて、トムさんになだめられて、エリノアさんに泣かれて。
ンマー、それなのに、ときたら
「おもしろかった。いそぎんちゃくおおきいねェ〜ゆらゆらきれいだった」
だとよ。
を溺れさせちまって焦りまくっていたバカンキーですら、とんでもねェって顔していた。
ンマー、エリノアさんに申し訳ねェ気持ちでいっぱいだった俺は、の言葉に少しだけ救われたが、エリノアさんの泣き顔と俺の中でくすぶる怒り、守られなかった約束とか他の感情のまま、叱りつけた。そんで、また泣かした。
冷静になって考えてみれば、そこはを抱きしめて無事でよかったな〜と言ってやるべきだったよ。その後で、ゆっくり諭せばよかったんだ。
しかしだ、バカンキーをかばって
『フランキーはわるくないもん。がわるいこなの、がおねがいしたんだもん』
『アイシュ、いつも、あしょんでくれないもん。うみに、きょう、いきたかったんだもん!』
『アイシュ、きらい! うわぁーーーーん! 』
とか、言われてみろよ。無事でよかったなんて気持ち、どっかいっちまったよ。
俺からバカンキーをかばうみてェに両手を広げて立つの眼に、涙がいっぱいたまって、頬を滑り降りていくのを見たときは、やっぱり、あいつ見殺しにしときゃよかったって思ったぜ。
その夜、俺は、すこぶる機嫌が悪かった。そんな俺のところに、バカンキーが顔を出した。
「ンマー、珍しいこともあるもんだ。いつもだったら、叱られて不貞寝しやがるガキんちょのてめェが顔をだすなんてよ。ムカつくからあっちいけよ! しっしっ! 」
って言ったのに、あのバカは、しおらしい顔で向かってくるんだ。
俺は、あの後、アクアラグナに備えて走り回ったからよ。もう怒鳴る気力もねェから、手のひらで追い払うんだが、出ていかねェ。
「アイスバーグ、悪かった。俺、におねだりされると断れねェ」
フランキーが俺に謝るなんて、どういう風の吹き回しだって、頭ひねったよ。
「もう、を海に誘うなよ。あいつ泳げねェんだからな! 」
「マジか!? 」
「ンマー、知らなかったのかよ。てめェ情けねェな。あんだけ一緒に遊んでおいて、気づけねェのか」
なんか、ごちゃごちゃうるせェことを言っていたが、『聞きたくねェよ。お前の声なんか。べそかいて帰っていったの顔とエリノアさんの涙しか頭にねェのによ』
って思っていたから、
「もう黙れ、バカンキー! 俺は疲れたから眠てェんだ。言い訳すんじゃねェよ。おまえ見てるとむかついて仕方ねェぜ」
って怒鳴りつけて寝たよ。
ンマー、その夜、ココロさんにたたき起されてよ。
「の夜中の発作が……」
なんて言うもんだから、大慌てで、アクアラグナが荒れる町に飛び出した。
ンマー、そうだよ。なんであの時、俺は、怒鳴っちまったんだ。
は、『人が自分から離れていくことを恐れている』のを、知っていたはずじゃねェか。半年の間、起こったの夜中の発作は、いつも俺かフランキーにすげなくされた時だったじゃねェか。
って思いながら、の家まで走った。