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「・・え・・?」
見間違いかと思った。
ありえないとそう思ってもいたから。
なぜ?と口の中で何度も繰り返す。
でも確かに。
彼はそこにいた。
「ちょうど、仕事でね。」
そういいながら彼が目の前に座っている。
会社近くのカフェ、二人向かい合っていた。
帰宅しようとしていた私の目の前にいるはずの無い彼−夏彦−がいた。
私はまだ理解しきれていなかった。
今の状況を。
「・・・・・こんにちは、はじめまして。」
ようやく私が口を開いたときそんな間抜けな言葉しか出なかった。
「ああ、そうだったね、はじめまして。」
そういった彼は続けた。
「でも、俺は初めてじゃないんだ。」
「え・・?」
「うん、1年くらい前だね、そのときは休みで近くまで来たんだ。そして、ゆり・・貴方を見かけたんだよ。声をかけようか迷ってそのときは結局かけなかったんだけどね。」
「どうして?」
「あの時はまだ、声をかけちゃいけないと思ったからさ。」
「・・・・・・・」
「ゆり、もしそのとき俺に逢っていたらどうなっていたと思う?」
私は思い返す。
一番、一番揺れていたとき彼に逢っていたらどうなっていたか・・・?
・・・間違いなく彼に抱かれていただろう。
そして、今のこの状態にはなっていなかっただろう。
もっと・・・
もっと精神状態がおかしくもなっていただろうことがわかる。
正確な判断すらつけられなかっただろう・・
私が押し黙るのをみて彼は小さく笑った。
「わかるよ、ゆりのことだから。罪悪感に押しつぶされていただろう?」
「なぜ、今?」
「メール・・・読んでいたよ、ちゃんとね。」
「・・・」
押し付けのように送ったメール。
何通も何通もたまっていたんだろう。
どんな思いで読んでいたんだろうか・・・?
恥ずかしさとあつかましさで顔を伏せる私に
「・・・返事は出来なかったよ、すればゆりを苦しめることになる。」
「・・・・・・ううん・・・」
わかっていた、答えを求めてなどいなかった。
ただ、誰かに聞いて欲しかった私だったと知っていたから。
「それでもね。」
彼がそっとテーブルの下の私の手に手を重ねた。
「何も出来ないことがどれだけ俺を苦しめていたかわかるかい?」
ふと目を上げると真剣な目が私を見つめていた。
「ゆり・・・・・もう、いいか?」
「・・・・夏彦・・さん・・・・?」
「ゆりを・・・・・・・知りたい。」
私は、うなずいた。
そして。
彼に促されるまま車で彼のホテルへと着く。
その間ずっと彼の腕の中にいた。
小さく、囁く彼の声の中に。
何度も。
何度も。
名前を囁く。
それが心地よくて私は何も考えられなくなっていく。
カードキーが彼の胸ポケットから取り出されるのをぼんやりと見つめていた。
ドアのランプがグリーンに変わる。
ーいいの?本当に?
一瞬のためらいが私の中に湧き上がる。
本当にいいの?
びくんと全身を強張らせる。
「ゆり?」
「あ・・あの・・・・・」
「怖い?」
見抜かれていた。
私は-怖い-のだ。
抱かれることが。
抱き合うことが−怖い。
彼にチャットで抱かれていたあの快楽を思い出しながらも、現実の彼とそれを感じることができるかわからない。
どんなにか、彼を求めていた。
どんなにか、いつか逢うことを夢見ていた。
そして、求めてしまった、違う彼のぬくもりも。
抱き合うことの快楽を、本当の意味での抱き合うということを身体に知らしめてくれた彼のことを。
思い返す。
後悔は−ない。
彼−夏彦−の面影を求めて、そうじゃない事実を全身に教えられて。
快楽と気持ちが結びつくことを教えてくれた彼に。
愛情というものではなくとも、互いが求めていることに快楽が存在すること。
そのかけらを集めて、形にして。
感情が、つながること、教えてくれた。
−迷いではなく、懺悔。
・・・ごめんなさい、それでも私は、彼が、欲しい・・・・。
賽は投げられた。
扉が開く、そして後ろ手に閉められた−
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