|
雑踏の中、一人、プラットホームに佇む。
本当ならば、傍らにもう一人いるはずだった。
捕まえて、離したくは無かった。
まだ、待っていてくれると都合の良すぎる夢を見ていた。
タイミングを逃してしまったのは彼女であり、自分でもあったと。
すり抜けた抜け殻を抱いて。
ただ一度だけの思い出。
連れ去ってしまえば、多分−
彼女じゃなくなる。
あの時の彼女は、確かに自分だけの彼女だから。
煙とともに薄れていくように。
彼女にとってもあの時の自分は確かに彼女だけの自分。
だから−
いつか、記憶の引き出しの奥底にうずもれていくのだろう。
列車が入ってくる。
扉が開く。
トランクを手にして、乗り込むと、背後で扉が閉まる空気音。
発車のベルが、鳴り響いた。
指定席に腰掛けると窓の外には美しい新緑の景色。
少しだけまぶしさを増した太陽。
新たな季節。
新たな時間。
別々の道を選んだことを実感して。
・・・・ゆり・・・・
夏彦は苦い後悔をかみ締める。
もし、あの時、君の、想いに応えていれば。
もし、あの時、君に、逢っていれば。
もし−
あの時はああする方がゆりのためだとそう信じた。
間違っていたとは今も思ってなんかいない。
それでも−
過ぎ去った時間はもはや戻らない。
この後悔すらも自分の、そして彼女の糧になって、これから先進んでいけるならば。
良かったのだと、そう思える時がいつか来るなら。
シートに深く腰掛ける。
横は終点まで誰も座ることがない。
キャンセル出来なかったチケット。
最後の時間−
規則正しいレールの音が彼女から離れていく距離を刻んでいく。
確かに抱きしめた彼女を。
そしてすり抜けた彼女。
互いの記憶の奥底に埋めて、新しい道を歩くために。
前だけを見よう。
|