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目覚めた時、私は夏彦の腕の中で眠っていた。
ベッドサイドのデジタル時計は午前3時を示していた。
横で彼は穏やかな寝息を立てていた。
彼を起こさないように、そっとベッドから滑り降りる。
「ん・・?・・」
「・・・ちょっと・・・洗面所・・・」
「・・ぁ・・ああ・・・」
ねぼけた声で彼は答えるとまたまぶたを閉じる。
私は部屋に散らばった衣服を集め、いすに置いた。
その中から自分の分をより分けると、バスルームへと行く。
少し熱めのシャワーを浴びながら、ぼんやりと今日のことを思い返した。
・・大丈夫。
もらったものは、全て私の中にある。
自分を振り返る強さ。
弱さも含めての自分であったということ。
そのままで、いい。
ただ、あるがままに生きていいという強さを。
全身に叩きつけるような水圧が私の眼を覚ましていく。
−ありがとう。
教えてくれた。
私は−
バスローブをまとい、部屋へと戻る。
まだ、夏彦は眠っている。
窓辺で眼下に広がる街並みを見つめる。
私が生きていく場所。
一人で。
そう、誰のためでもなく、自分のために、自分自身で歩いていく場所。
頼りたいと思ったこともあった。
すがってしまいたいと思ったことも。
飛び込んだら楽に逃げれると思ったことすらあった。
それをしなかったのは私であり、彼でもあったから。
良く眠っていることを確認すると、私は再度バスルームへと戻る。
今度は自分のかばんをも持って。
シャワーを弱く出しながら、身支度を整える。
大きな鏡に映る自分の姿。
夏彦のためにだけあった、ゆりの姿。
しっかりと見つめて、見返して。
ルージュを引く。
決めているから。
最初で最後だと。
きっと、言わなくても彼もわかっていると信じて。
−さようなら。
メモに小さく記す。
本当はありがとう、も書きたかったけれども。
でも、いらない。
そんなことをしない。
私と彼の最初で最後の接触。
これは愛じゃない。
でも
擬似恋愛でもない。
逢うべくして出逢った。
だから私は知ることが出来た。
人を好きになること。
人を好きでいること。
人に好きになってもらえること。
全てを教えてくれたのは貴方だったから。
私は忘れない。
貴方のことは決して。
でも、いつしかきっと。
記憶の奥底の追憶の彼方へと消えていくのかもしれないけれども。
それでも、この事実は消えないから。
一度でいい、抱き合えたこと。
私のためにここにきてくれた事が嬉しいから。
だから。
一言で、全て、忘れて、ください。
−さようなら−
・・・・・永遠に。
私がホテルを後にしたその瞬間、全てが、思い出になるように。
扉のオートロックがかかる音。
そのまま私の記憶も沈めてしまおう。
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