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荒い息がおさまるまでそっと腕の中においてくれた。
決して強くはないけれど、守るように。
抱きしめるでもなく、ただそっと私を置く。
彼ー夏彦。
もう夜も遅い。
「家・・・?大丈夫?」
「ん・・?何・・」
「いや・・・」
「今は・・・一人だから。」
言いながら思い出した。
知り合ったときにはそばに人がいたことを。
スリルが欲しいから彼を求めたわけではなかったけれども。
「そうか・・・・」
夏彦はただ黙ってそのままいた。
「今・・何時?」
「・・・・10時近くだな・・・」
「そっか・・・・」
沈黙がイヤではなかったがそれでも私は努めて明るく言い放つ。
「お腹すいちゃったね、こんな遅くなると。」
「・・・・そうだな。」
小さく笑いながら夏彦が見つめる。
笑うと無くなる眼。
その表情を一つ一つ脳裏に焼きつけながら。
二度目は無いのだと知っていても。
それをおくびにも出さずに振舞う。
「ルームサービスにするか・・・外出るのおっくうだな。」
「ん。あっさりめがいいな。」
「ゆりは、そうだったね。」
「うん・・・」
・・・覚えてる・・・・・
時折話したたわいの無い戯言。
・・・もうそれだけでいい。
私を記憶に留めていてくれた。もうそれだけで十分だ。
私は力をもらったのだから。
生きていける。
彼が電話で話しているのをぼんやり眺めながら。
広い背中。
厚い胸板。
力強い腕。
声。
誰よりも私を呼んでくれた声。
確かに必要としてくれていたと、嘘でも信じさせてくれた声。
忘れないよ。
忘れない。
だから。
忘れて、ください。
ただ一度きりのこの出来事を。
貴方にとっての単なる戯れ、でかまわない、から。
心ごと、そのときは求めてくれていたと今は分かる。
そうして。
求めてくれていたこと、それだけが私に残っている。
それが間違いじゃなかったこと。
お互いに求めていたのだ。
彼‐夏彦‐と、私‐ゆり‐の間に。
繋がれた、ライン。
こうしたことも間違いじゃない。
だから。
私を忘れて、下さい。
「すぐ来るって。」
「ん・・・・・」
やわらかく沈むベッドの上で私は心が落ち着くのを感じた。
「何を考えているんだい?」
「・・・・・もう、だいぶ遅いなぁ・・ってぼんやりと。」
「そうだな・・・・」
彼の手が私の髪をなでる。
「本当に、触れたかったよ。」
「うん・・私も・・・」
その言葉に偽りはひとつも無かった。
ようやくたどり着いた、一つの終着点−。
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