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私は何故、その部屋に入ってしまったのか?
”夏彦”
その名前に覚えはあった。
好きな小説家の中の一人の名前と一緒だったから。
私のイメージの中でその作家さんは柔らかいなんていうのか、着流しの着物がよく似合うような感じ。
もしかしたらこの”夏彦”という名前の人なら大丈夫かもしれない。
私はただ、本当に自分の書きたいものの幅を広げたいただそれだけでその部屋に入った。
”ゆり”
それがここでの私の名前―
ゆり>こんにちは?
夏彦>こんにちは。
ゆり>はじめまして?え〜〜と人待ち中なら出ますけど・・・?
夏彦>いいえ、そんなことはないですよ、はじめまして。
ゆり>そうですか・・・よかった。
そんなたわいも無い会話で始まった。
”ゆり”
美しくかぐわしく咲き誇る花の名前。
私の望むべくことの出来ないほどの輝けるFlower。
どうか、その名前にふさわしい人間になれる日がくるだろうか・・・?
それでも、この仮想空間ではどんな自分でもいられるのだ。
年齢も、パートナーの有無も、そして自分自身も。
フェイクを交えながら、自己防衛も兼ねて。
私は、ある意味の理想をその名前に投影する。
ゆり>え〜と、こういったの初めてなんですがいいですか?
夏彦>構いませんよ。
夏彦>どうしてここに?
ゆり>・・・・え・・あ・・なんとなく・・・
夏彦>本当に?
ゆり>・・え・・・ええ・・・
夏彦>そうですか・・・
ゆり>あ・・あの・・・まぁ・・・
本当は違った。
メッセージに含まれた言葉も引っかかったのは確かだ。
漠然とした何かではあったけれど。
”恥ずかしさの中に・・?”
自分では認めたくないなにか・・だったのかもしれない。
それを指摘されたようで、私は焦りを感じた。
当り障りの無い、そう、ある意味表面上の会話が続く。
だが、そのとき彼はおそらく気が付いていたのだろう。
少しずつ確信をつくような質問をちりばめてくる。
私は彼のその言葉に、まるで導かれるかのように答えてしまう。
夏彦>サイズは?
ゆり>え・・・やだなぁ・・・・聞くの?
夏彦>ええ。
ゆり>・・・上はE(本当はDに限りなく近いんだけどなま、嘘ではないし)
夏彦>ええ
ゆり>ウェストは・・え〜〜と以前ダイエットにちゃんと成功してから60(時々前後するけどね)
夏彦>はい。
ゆり>最後は90くらい・・かな・・・
夏彦>髪型は?
ゆり>肩ぐらいまでのストレート。
夏彦>そうですか。
それでも、私は言えなかったこと。
彼氏はいるけどとは言った。でも・・・・結婚していて夫とともに住んでいるとは。
言わなくてもいいと思った。
事実、それはこんなところで本当のことを話す必要を感じていなかったから。
でも、私は他のところで嘘をつくことが出来なかった。
なぜかは判らないけど。
彼はそういった私の揺らぎを看破していたのかもしれない・・・・。
夏彦>見られたい?
ゆり>・・・見て・・私を・・・・
夏彦>みえますよ・・・貴女のその姿が・・・
ゆり>・・・・・・
話がどんどんエスカレートしていく。
私の頭の中で、妄想が膨らんでいく。
いつしか彼との会話に集中していく自分がいた。
彼の指示に従う自分。
一人、リビングで、彼の指示に言葉で抗いながら、心臓が跳ね上がってくる自分。
認めたくない、自分の。
浅ましく、いやらしい部分が浮き彫りになってくる。
もう、身体だけが先に走り出す。
指が動く。
もう・・・止まらなかった・・・
鏡に映る自分をあらためて見つめそのあまりのいやらしさに眼をそむけそして身体が熱く燃えてくる。
夏彦>机に手をついて・・・
ゆり>・・・
夏彦>後ろからついて差し上げます・・・・
私は自分の指がまるで彼であるかのような感覚を覚え、そのまま・・・・
そのまま・・・果ててしまったのだ。
情けないほどの高みに連れて行かれていた・・・・。
ただ、そのとき私は、まだ、逃げられると信じていた。
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