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「送ってくれてありがとう。」
「ああ・・・・」
澪の部屋の前。
「じゃ・・・」
なんとなく、別れがたい雰囲気を感じながらも澪は小さく言葉を発する。
「澪・・・」
怜はドアに向きなおった澪を背後から抱きしめ、耳元で囁く。
「・・・」
言葉にならない感覚で澪は立ちすくんだ。
「無理するなよ・・・・」
吐息のような声でそうつぶやくと怜は手を離す。
「お・・おやすみなさい。」
慌てふためいた様子で部屋へと入る澪。
・・・・怜ってば・・・・
顔を真っ赤にしながら、ふと心に不安がよぎる。
・・あれ・・・?・・・
心に影を落す恐怖が湧き上がる。
・・・・なんで・・・?・・
澪はそれを慌てて打ち消す。
・・・きっと、今日は・・そばを通ったから・・・
すぐ恐怖なんて消えるわけが無い。それでも、怜と過ごす時間のほうが上回ったのだ。
部屋の電気をつけて、カーテンをなおすと、見上げる怜の姿が見えた。
向こうも澪を見つけ軽く手を上げると、くるりと大通りへ向けて歩き出す。
「・・怜・・」
言えない・・・あんな目にあったことなんて・・決して言えない・・・・
秘密は、すべて胸の中に収めなくては・・・。
言えない秘密が、胸に降り積もっていく・・・・・。
そして変わらない日常が戻る、表面上は。
やさしい笑顔で毎朝いつもの場所で2人。
一対の絵画のように。
でも、どこと無くぎこちない。
距離感が2人の間にあった。
・・・・どうしたらいいんだろう・・・
「澪?」
「え・・なぁに?怜。」
いつものような笑顔で。
いつものような声で。
答えているその瞳にすこしだけ翳る。
「・・いや・・・最近元気ないな・・」
「そぉお?そんなこと・・・ないわよ?」
「あんまり飲みに行かないらしいじゃないか?」
「う〜ん、なんだか飽きちゃってね。」
「なら・・いいけど・・」
「どうしたの?怜。」
「ん・・・ああ・・」
そっと手を澪の腕に伸ばす、それをやんわりとよけながら
「じゃ、今日の講義はこっちの校舎だから・・・」
「ああ・・・」
やり場の無い手をごまかすように、澪に手を振る。
・・怜・・ごめん・・・
なぜかはわからなかった。
怜のそばにいたいのに、怜に触れられるのを拒む自分。
大切な人・・・それは一番自分がよくわかっているのに。
時間は、誰しにも平等に過ぎていく。
その中で2人の関係が、確実に変わっていく・・・・。
「いや・・・あ・・・いやぁ・・・・」
がばりとブランケットをはねのけ、身体を起こす。
・・夢・・・・・
全身が汗ばむような、感触、そして、その向こう側にある身体の奥から湧き上がる疼き・・。
気だるさ。
背筋に冷たいものが走る。
夢の中で澪は怜の腕の中にいた。
貫かれる瞬間、耳元で囁かれる声が、あのときの男の声に変わる・・・。
逃げようにも、逃げられない。
杭のように刺し貫かれ、その動きに自身の快楽が呼び覚まされる。
・・いやだ!・・・
どうして・・
澪は出口の無い迷路に迷い込んだような気がした。
翌朝から、澪は待ち合わせの場所に行くのをやめた。
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