|
彼の指が私の部屋のある階を押す。すぐに到着すると彼は私をほどき、先に降りていく。
私はそこで立ちすくんだ。
彼の顔なんか見れなかった。どういう顔をしていいかわからない。
「今夜は他の誰かを持って帰ってこなかったの?」
挑発するような彼の声。
「僕みたいに。」
「なっ!」
反射的に顔を上げ、ようやく彼の瞳にぶつかる。
燃えるような、それでいて、物悲しい光。顔をそむけ、エレベータから降りながら私は部屋へと靴を鳴らしながら歩く。
彼はただ、黙って立っている。
ついては来ない。
部屋のドアの前で鍵を開けようとかばんを開けた、指先がおぼつかなくて、上手く出来ない。
「探し物はこれ?」
彼は指先でキーケースをぶら下げる。
「なんで・・・?」
「さっき落としたよ。ポケットからかな?」
「返して。」
「違うだろう?有難うじゃないの。僕は拾ってあげたんだけど?」
「・・・・・・ありがとう、返して。」
「取りにおいでよ。僕のところまで。」
ちゃらちゃらと指先で弄ぶ、私はそれに一瞬見とれた。
器用に動くその指に。
・・・触れられたい・・・・
強烈な衝動が身体の中から湧き上がってきた。
そして慌てて、それを押さえ込む。
「どうしたの?」
彼は指先の鍵に唇を寄せて、いとおしげにキスをするふりをした。
「やめて・・・・」
私は押し殺した声で、彼を否定する。
早足で、彼に歩み寄るとその手から鍵を奪おうとする。その私の腕を彼の手が掴んだ。
簡単に彼によって手を後ろに回される。そのまま彼は私を抱き寄せた。
「このままここで・・・・・?」
「ちょ・・・・やめ・・・・」
彼の唇が私の首筋へと降りてくる。噛み付くように吸い付かれ、赤く跡を残す。
所有者の証のように。
彼がふと離れる。
鍵を持ったまま、私の部屋の前まで歩く。
「・・・・入ろうか?」
ちゃりと鍵を揺らす。私はめまいがした。
微動だにせず彼の指先が私の部屋の鍵を差込み、回すのを見ていた。
「あなたの部屋だ・・・・」
彼の声が私の足を動かす。
一歩、また一歩と。
入り口を開け、私を先に入れると、後から当然のように入ってくる。
ばたんと彼の背後でドアの閉まる音がした。
その瞬間に私は彼に抱きすくめられていた。
「・・・・思い出して・・・・・」
私は彼のことなんか知らない・・・はず。
「どうして・・・?・・」
哀しげな声が耳に吹き込まれる。
「一度だって忘れたことなんか、なかった・・・・」
熱い吐息が私の官能を揺さぶる。
彼の指先から鍵が床に落ちた。
その細い金属音・・・。
|