スラム街にぽつんと存在する廃教会。そこはミッドガルでも珍しい花に溢れた場所だった。そこで花の世話をしている少女エアリスとひょんなことから知り合いになったザックスは仕事の合い間に癒しを求めて時々ここを訪れる。
今日も仕事中に立ち寄ったザックスはエアリスと何でもない世間話に花を咲かせていた。
「なあ、エアリスは好きな人が出来たらすぐ好きって言う方か?」
「…普通そういうこと私に聞く?ザックスってデリカシーないよね」
「え?…あ!いや、そういうつもりじゃなくて!なんだその…ごめんなさい」
何気なく思っていたことをうっかり口にしてしまい、ザックスは肩を竦めた。その様子にエアリスはクスクスと笑いながらザックスが座っているイスの隣に座った。
「しょうがないわね。お姉さんがザックスの悩みを聞いてあげる」
「オレより年下じゃん…」
二人の関係は少し特殊だった。
出会ってから幾度となくここを訪れるザックスにエアリスは次第に恋愛感情を抱くようになり、いつしか付き合うようになった。
が、それも長く続くことはなく、しばらくしてエアリスの方から別れを切り出した。
「え?何でだよ」
「自分の胸に聞いてみたら?」
言葉の意味をわかったのかわかっていないのか、ザックスはどこか申し訳なさそうに頭を掻いた。
「他に好きな子がいるのに違う人と付き合うのっておかしいよ」
「……」
「そういうのって良くないと思うな」
「うん…ごめん」
ザックスは素直に頭を下げて謝罪した。そしてこれまで同じように好きと告白してきた女性とは気がなくてもとりあえず付き合っていたことをエアリスに対して懺悔のように告白した。
「本当に反省したなら、もう自分の気持ちにウソつかないって約束してくれる?」
怒るわけでもなく責めもしないエアリスにザックスは約束すると誓った。
そこで二人の関係が終わるのかといえばそうでもなく。それからもザックスはエアリスの元へ足繁く通った。
短期間とはいえ付き合っていたことなどまるで忘れたように以前通り親しげに接して来るザックスに呆れながらも、エアリスの恋愛感情もどこかに吹き飛んでしまった。そうして二人は本音を言い合える気の置けない間柄になっていた。
今日は先ほどザックスがぽろりとこぼした言葉から例の好きな子が一筋縄でいかない相手で困っているという話になっていた。
「実は興味あったんだよね。ザックスの好きな子がどんな子か」
「さっきデリカシーないって言ってたのに随分乗り気だなあ…」
「それはもういいの。で?」
今ザックスが話そうとしている好きな子というのは二人が別れる遠因となった人間だ。だがそんなことをまるで気にする様子のないエアリスの切り替えの速さに唖然としながら、ザックスはコホンと咳払いをする。
「見た目は金髪で細身の子でさ。まあ何ていうか…美人だな。例えるなら猫って感じ?」
「ふーん。いかにもザックスが好きになりそうね」
「そ、そうか?…意地っ張りで、すぐ怒るし、時々殴られるし」
「…ん?」
「機嫌の上がり下がりが激しいっていうか。一緒にいてもゲームに夢中で構ってくれないし、ゲームしてる時に話しかけて怒られたこともあったな」
段々話の方向性が見えなくなり、エアリスは首を傾げる。
「…今何の話してるんだっけ」
「何言ってんだよ。恋の相談だろ」
「うーん…ザックスって結構変な趣味してる?」
「あれ?そう?」
「ザックスっていじめられるの好きだよね。最初は逆かと思ってたけど」
「なに!?オレってそうだったのか…」
まるで他人事のように言うザックスにエアリスは呆れ返った。
「もうっ何言ってるのよ!…サボってないで早く仕事に戻ったら?」
「んな、冷たいこと言うなよ〜」
取りすがる声も空しく、エアリスは花の手入れに戻ってしまった。相談にならない相談はそこで終わった。
冗談めかしているように見えたが、内心ザックスもかなり悩んでいた。なるべく意識しないようにしていたが、エアリスに素直になれと言われてからどうにも気持ちの抑えが利かなくなってしまった。
これまで何人もの女性と付き合っていたのは、そうすることで自分の気持ちを誤魔化す為だったが、それを止めた途端に抑えてきた『好き』という感情がムラムラと湧き上がってくる。
寝ても覚めても治まらない衝動にザックスも限界が近くなりつつあった。
しかしいくら話しやすいとはいえ、これ以上エアリスに相談するのはさすがにお門違いだ。これからどうしようかため息を吐きながらザックスは教会を後にした。