その日の仕事を終えたザックスは携帯を片手に神羅本社ビルを歩いていた。
メールを打とうと思ったところで、お目当ての人物を偶然見つけ、その手を止めた。すぐに携帯をしまい、お目当ての人物――クラウドの元へ駆け寄る。
クラウドは本を読みながらエレベーターホールに立っており、ザックスの接近にはまるで気付いていない。ザックスはその前に立ち、本を人差し指で下げた。
「あっ」
随分熱心に本に読み入っていたらしく、読書を妨害されてムッとしながら顔を上げたところで、クラウドはやっとザックスの存在に気付いた。
「なんだ、ザックスか…」
「今日暇なら一緒に飯食いに行かない?」
「何言ってるんだよ。今夜は試験勉強するに決まってるだろ」
試験とは半年に一回行われるソルジャーの適性試験のことだ。毎回多くの一般兵がソルジャーになることを目指してこの試験に臨んでいる。クラウドも例に漏れず今期の試験の受験生だった。
さも知らなかったかのように驚いた素振りを見せるザックスをクラウドは白々しく見やった。
「勉強の邪魔するつもり?」
「そんなんじゃねえって。試験終わったらパーっと食いに行こうぜ」
「うん」
「緊張してヘマするなよ?平常心だからな。あと…」
「わかってるよ!子供じゃないんだから」
怒りながらエレベーターに乗るクラウドを見送りながらザックスは手を振った。
明日試験を終えた後、結果に一喜一憂するクラウドの姿が目に浮かんだ。悪い方向に考えたり落ち込んだりするのだろう。その時はしっかり労ってやろう。クラウドは何でも気に病む傾向がある。試験なんて何度でも受けられるのだから…と言っても一発で受かった人間からその言葉をかけたら嫌味だと言われそうだ。
ザックスは一人で苦笑しながらどこの店に連れて行ってやるか思案した。
* * *
翌日。ザックスが近く参加予定のミッションのミーティングを終え、訓練の刻限まで時間を潰そうと社内を歩いていた時のことだった。
腕時計を見やると、適性試験終了の時刻が迫っていた。そろそろクラウド宛にメールを送ろうかと思っていた矢先で廊下の隅で話している一般兵の会話が聞こえてきた。
「そういえばさっき聞いたけど、試験中に事故が起きたらしいぜ」
「へえ。今年も大荒れってか」
「医務室行きになったのは一人らしいけどな」
物騒な話声にザックスは眉を顰めた。試験中に軽傷を負ったり気分が悪くなる人間もたまに出る。そうそう珍しいことではないが、医務室送りになることはあまりない。不測の事態に備えて試験会場に医師が詰めているからだ。
医務室へ送られるということは、つまりそこでは手に負えない重傷者が出たということだ。
その人物がクラウドではないことを祈りながらザックスは喫煙所に向かった。
喫煙所に着くと知り合いのソルジャーがベンチに座って吹かしていた。
入って早々にザックスがタバコを一本取り出そうとしたところで、ザックスの顔を見て何かを思い出したのか、そのソルジャーが話しかけてきた。
「あ、ザックス。聞いたか?」
「何が?」
「今日の適性試験中に倒れたやつのことだよ。お前の知り合いみたいだぞ。クラウドってやつだろ?」
「え?」
「医務室に運ばれたらし…っておい!」
最後まで聞き終える前にザックスは喫煙所を飛び出し、医務室に向かった。
実技試験の最中だろうか。どんな怪我を負ったのか不安が走る。
クラウドは同年代と比べて華奢な身体をしていた。他の受験生と接触して頭でも打ったのかもしれない。
エレベーターを使うことも忘れ、ザックスは無我夢中で走った。
医務室の自動ドアが開くまでの僅かな時間すら煩わしい。ザックスはドアが開くなり、銃口から放たれた弾丸のような勢いで中へ入った。
「クラウドは、クラウドはどうなった?意識は!?」
「今は眠ってるよ」
豪快な訪問に驚くナースとは対照的に医務室に詰めていたドクターは落ち着き払った様子でザックスに対応した。
「君は運ばれた一般兵の友人かね?」
「先生、クラウドは無事なのか?」
問いかけに答える余裕もなく、ザックスはドクターの身体を両手で掴んで問い質した。
「命に別条はない。ただ…試験中の事故で身体に…後遺症…のようなものが残ってしまってね」
後遺症。その一言でクラウドの状態が楽観出来るものではないことはわかった。
ケガを負ったのは手か?足か?それとも全身か?
もしもうソルジャーになることが叶わないとしたら――。
クラウドがどんな顔をするか。想像したくない。それを夢見てここへ来たというのに、あまりにも残酷すぎる。
「後遺症って…どういうことだよ…」
「君は彼の身内ではないだろう。これ以上は…」
クラウドの家族は母親一人しかおらず、そのたった一人の肉親もクラウドがミッドガルに来て一年ほど経ってから病に倒れて亡くなっている。身内と呼べる人間は他にはおらず、今は天涯孤独の身だ。
「…あいつはもう家族はいない。オレがあいつの身元引受人になるから教えてくれ。一生障害が残るのか?」
渋っていたドクターもザックスの訴えに折れた。別室に来るようザックスを促すと、診断書らしきものを片手にどこから話せばいいものか悩んだ様子でイスに座った。