目の前に在る神々しいとしか表現しようのないそれに
ザックスは魂を抜かれたかのように釘づけになった。
scene.1 出逢いは突然に
遠征から帰ってミッドガルに着いたのが今日の午後。
久々の遠征、そして反神羅組織の制圧という厄介なミッションだった為とっとと自宅に引き上げたかったが、ミッション後の簡単な報告会とメディカルチェックを終えるまで帰ることは許されない。
さすがに深夜前には神羅本社ビルを出れたものの、ソルジャー専用兵舎にある自宅たどり着いた時は遠征中から張りつめていた緊張の糸がプツンと途切れたらしく、精神的にも肉体的にもヘトヘトになっていた。
コンバットブーツを乱暴に脱ぎ捨て、最後の力を振り絞って軽くシャワーを浴びると倒れこむようにベッドで眠りについた。
翌朝、遮光カーテンの隙間から差し込む光のまぶしさでザックスは目を覚ました。
「あ…?」
サイドテーブルに乗せられた目覚まし時計に手を伸ばす。時刻は6:50頃を差していた。
「…何だってこんな早く」
言いながら黒髪をワシャワシャと掻き毟る。
遠征後は休暇もまとまって取れる。今日からすでに休暇に入っているし、一日中寝倒しても誰にも文句は言われない。二度寝を決め込もうとふとんに潜り込み寝返りを打つが、どうも眠りにつけない。どうやらすっかり目が覚めてしまったようだ。
「どんだけよ、オレの体力…」
などとつぶやきながらベッドから足を下ろした。
昨日の緩慢な動きはどこへと言わんばかりにタオルと着替えを取り出すと、さっさとシャワーを浴びに浴室へ向かった。
元々寝起きはいい方だが昨日まで遠征で酷使された肉体は悲鳴を上げるでもなく、むしろ目覚めのいい朝を迎えてしまった自分は生粋のソルジャーなのだろうと今更ながら自覚した。シャワーを浴び、トーストとコーヒーで簡単に朝食を済ます。時間はそれでも7:20。遊びに繰り出すにはいくら何でも早すぎる。かといってぼーっと過ごすのもなんだか勿体ない。
「ちょっと散歩でもしてみっか」
別段朝の散歩を日課としてるわけでもなく、ただ何となくそうしようと思った。
その気まぐれが天からの贈り物をもらうことになろうとは露ほども思っていなかった。
* * *
ソルジャーは元々その仕事内容から一般兵と違い出勤時間が各々大きく異なる。早朝遠征に出立する者や定時に普通に出勤する者など兵舎を出る時間は人によりまちまちだ。今の時間はちょうどそのどれにも引っかからないらしく、兵舎周辺の人通りは全くと言っていいほどない。朝帰りの者にも出くわさない。
ザックスがここに居住してすでに一年は経つ。兵舎の周辺は特に珍しいものがあるわけでもない。何とも退屈な散歩となってしまった。
朝から何やってんだかな…と自嘲気味なり、ザックスは兵舎の裏側に唯一生えている巨木の前を通って帰ろうとした。
緑が極端に少ないプレートで植えられているそれはいわくのある木らしく、兵舎に引っ越して来た時に先住のソルジャーに聞いたがよく覚えてない。何とかの宿り木と呼ばれてるとかでそんな伝説が生まれるなんてソルジャーにもロマンチストなヤツがいるんだなと言った記憶があるが、その何とかが思い出せなかった。
そんなことを考えているうちに件の巨木の元に着いた。
「………」
一瞬寝ぼけてるのかと思った。早朝独特の刺すような冷たさの風を身に受け、これが現実なのだと頭が理解するまでしばらくかかった。
巨木の根元に人がうつ伏せで倒れて――いや眠っているのだろうか。そもそも人と言っていいのだろうか。
少し癖のあるブロンドの髪がさわさわと風に揺れている。華奢な身体を服と言っていいのかよくわからない白い布が覆っていた。それだけなら十分人間と言えるだろう。しかし、白い布の間から見えるそれ――背中から白い翼が生えていた。
普通の人間はこんなもの生やしてはいない。そんなことはわかっているが、ではそれを生やしている人間がいたとしたらそれは一体何なのだろう。
やはり自分は夢を見ているのだろうか。ザックスは目をこする。が、やはりそこにいる。
モンスターの類か?しかしこんな神々しいモンスターなんて見たことない。少なくともザックスがソルジャーになってから駆り出されたミッションでこんなモンスターにお目にかかったことはない。
ふと、『触ってみたい』という衝動に駆られ、徐に足を動かし近づく。その場にしゃがみこみ、顔に纏わりついていた金糸をそっとよける。
「―――っ」
瞬間息をのんだ。自分の息をのむ音がこれほどはっきり聞こえたことなどあっただろうか。
誰も踏みしめていない雪のような白い肌。閉じられた瞼から延びる長い睫毛。桜の花びらのような唇。
人間じゃない。天使だ。そう思った。