デンゼルにとってクラウドはヒーローだった。
星痕に侵され、死の淵を彷徨っていたデンゼルを救ってくれたのがクラウドだ。そしてエッジとそこに住む人々を得体のしれない輩から守ってくれたのも彼だった。
正確にはクラウド以外にもエッジの危機に駆け付けた仲間がいたが、デンゼルの目には入っていなかった。大剣を軽々と扱い、バイクを駆る姿はデンゼルの脳裏に強く焼き付いた。自分の思い描いていたヒーローが現実の世界にそっくりそのまま現れたような錯覚さえ覚える。
クラウドはデンゼルにとっての特別となった。
―――だから突如現れ彼に寄り添うようになった黒髪の男が気になった。
黒髪の男はザックスといい、かつて神羅に所属していたソルジャーでクラウドの古い友人だと紹介された。ただの知り合いではないことくらい子供のデンゼルにもわかった。なぜならザックスを見つめるクラウドの瞳が他の人間を見つめる時と違う色を放っていたから。
ザックスは気さくで陽気な男だった。孤児たちともすぐに打ち解けた。ただ一人デンゼルを除いて。
デンゼルにとって特別な存在であるクラウド。そのクラウドにとって特別な存在であるザックスの出現がデンゼルの心を悩ました。
憧れていたヒーローがその男にだけ見せる顔に嫉妬にも似た感情を抱き始めた。
これまでどこか影を引きずっていたクラウドからそういった面が一切なくなった。星痕症候群が治ったこともあるだろうが、その原因がザックスであることは明白だった。
ザックスと過ごすクラウドはひどくリラックスした様子で、それまでのクラウドと同一人物とは思えないほど顔を綻ばせて笑うようになった。
大切な存在が奪われてしまった。その喪失感がデンゼルの心の壁を厚くしていた。
ザックス自身はデンゼルにも他の孤児たちと変わることなく接していた。悪い人ではないことはデンゼルにもわかっているが、どうにも素直になれない。複雑な子供心からデンゼルはザックスとろくに話すことも出来なくなった。
初めはそれほど気にしていなかったクラウドも、その拒否反応が顕著になってきた為、思いきってデンゼルに訊ねた。
「デンゼルはザックスのことが嫌いなのか?」
「…そんなんじゃないよ」
素直になれない心の葛藤というのは自分自身にもあったことで。まるで昔の自分を見ているような気分になり、クラウドはデンゼルに気付かれないよう小さく笑った。
「ザックスってクラウドの何なの」
「え?」
突然投げかけられた質問にクラウドは一瞬固まると遠い昔を思い出しながら言った。
「ヒーローさ」
「ヒーロー?」
「…ザックスはオレがずっと憧れてたヒーローだ」
「クラウドのヒーロー…」
「もうちょっと仲良くしてやってくれ。あれであいつも結構ヘコんでるんだ」
そう言って優しく微笑みかけるとデンゼルの頭を撫でた。
* * *
クラウドの説得の甲斐あってか、デンゼルは少しずつザックスに心を開いていった。その様が神羅に所属していた時分のザックスに対して素直になれずにいた自身が思い出され、クラウドはほろ苦い気持ちになった。
ザックスは人の心を掴むのが上手い。人たらしといえば聞こえはあまりよくないかもしれないが、まさにその言葉の通り誰とでも打ち解けられる。これは一種の才能だろう。デンゼルもまた、その人心掌握術に掛かりつつあった。
そんなある日の昼間、セブンスヘブンを出てからしばらくして矢のような勢いで戻って来たデンゼルはカウンターにいるティファに声も掛けず、二階へ駆け上がって行ってしまった。
「マリン、デンゼルどうしたの?どこへ行ってたの?」
ティファの問いかけに店に入って来たマリンは一緒に出かけていないと首を横に振る。
「さっき突然戻って来て…」
「どうしたのかしら…」
心配になったティファは部屋の前でドア越しにデンゼルに話し掛けた。
「デンゼル?どうしたの?何かあった?」
「…な、何でもない」
少し上擦ったような声で返事をするデンゼルにティファは後をついて昇ってきたマリンと何事だろうと顔を見合わせる。
「あ…ちょっとお腹の調子が悪いだけなんだ」
「大丈夫なの?」
「平気だからしばらく放っておいて!」
おそらく腹痛ではないだろうことはわかったが、何か言いたくないことがあったんだろうとティファもそれ以上は咎めず、後でクラウドに頼んで聞き出してもらおうとその場は諦めた。そして暖かくして寝ていなさいとだけ告げてマリンを連れて階下へ戻って行った。
一方デンゼルは部屋の中でふとんに包まっていた。
顔は赤く、何かに興奮しているようだった。
(…あ、あれって……)