デンゼルは前からバイクの乗り方を教えて欲しいとクラウドにせがんでいた。
が、クラウドの愛車は大きく、子供のデンゼルにはとても乗れるものではない。加えてティファからまだ早いとお叱りを受けており、クラウドももう少し大きくなったらの一点張りで一向に教えてくれる気配がない。
そこで少し打ち解けかけていたザックスにぽつりとそのことを愚痴ってみたところ、ザックスは歯を見せてニカっと笑うとデンゼルの肩をぽんぽん叩いた。
「そうだよな。男なら一度は乗ってみたいって思うよなー」
「ザックスも乗れるの?」
「もちろん。クラウドにバイクの乗り方教えてやったのはオレなんだぜ」
「え…」
何の根拠もなしにクラウドは我流で乗りこなしているのだろうと思っていたデンゼルにとって、それは目から鱗だった。そしていつかクラウドが言っていた言葉を思い出す。
『…ザックスはオレがずっと憧れてたヒーローだ』
少しだけ、デンゼルの中でザックスの存在が大きくなった。
対するザックスは急に黙ってしまったデンゼルを不思議そうに見やりながら顔を掻く。
「いやまあ、大分前だけどな」
「そうなんだ…」
「何だったら、オレが教えてやろうか?」
「…本当に?」
「ああ。仕事がないときにな」
ザックスは小さくウィンクしながら、『クラウドとティファには内緒だぞ』と人差し指を口の前に立ててこっそりつぶやいた。
黙っていれば端正な顔立ちをしているのに、こうやって茶目っ気のあるところを見せる。そのギャップが人の心を掴む。デンゼルも例外ではない。
二人だけの内緒を作るということが、ザックスへの親近感をより強いものにした。
そんな約束を数日前にしたデンゼルは今日は仕事がないだろうとクラウドとザックスが共同生活しているアパートへ向かった。玄関のドアをノックをしようとしたところ、何やら物音がしたのでそっとドアを開け、隙間から中を覗き込んだ。壁が影になってよく見えなかったが、二人の絡んだ足が見えた。
「…や、ザックス…昼間から何盛って…っ」
「ちょっとだけ。ちょっとだけだから」
「それでちょっとですんだことなんてないだろ!」
「…いいだろ?何年もお預け食らってたんだぜ?ずっとお前とこうしたかったんだ」
「そんな言い方…卑怯だ。オレだって…ずっと…ザックスと……」
「クラウド…」
そう名前を呼ばれるとしきりに動いていた足――おそらくクラウドは暴れるのを止めて静かになった。
会話が聞こえなくなり、代わりに衣ずれの音と二人の荒い息遣いが断続的に聞こえてきた。
「ん…ザックス…」
「クラウド…愛してる」
そこまで聞いてデンゼルは無我夢中で外廊下を走り、カンカンと音を立ててアパートの鉄階段を下りていった。
子供といえども、二人がしていることは何となくわかった。そして二人がどういう関係なのかも。
* * *
翌日。クラウドとザックスはセブンスヘブンへ来ていた。ティファからデンゼルの様子を見て欲しいと頼まれ、階上の部屋へ向かったが…。
「ダメだ。出て来てくれない」
「変だなあ。お前にも会わないなんて」
オレならともかく…とザックスはカウンターに肘をつきながら顎をしゃくる。すると隣に座ったクラウドが不審そうな目で見つめてきた。
「…ザックス、あんたまさかデンゼルに変なこと吹き込んだんじゃないだろうな?」
「なんでオレが!?」
突然疑いをかけられ、ザックスはカウンターのイスから転げ落ちそうになる。そして濡れ衣だと言わんばかりにザックスは慌てふためいた。
「だってこの間二人でコソコソ何か話してただろ」
「あれはバイクの乗り方を教えて欲しいって言われただけだって」
「本当にそれだけか?」
なおも訝しげな目で見据えるクラウドにザックスは肩を竦める。
「やっとオレと少しだけ話すようになったんだぜ?興味のあること以外話しても聞いてくれねえよ」
「それもそうか……じゃあ何なんだよ」
「知るかよ。子供ってのは色々難しいからなあ。あのくらいの頃なんかは特にさ」
言われてクラウドは自身の昔を思い出す。母親にも目の前のこの男にも大分手を焼かせていたなと自嘲した。
そんなクラウドの思考を読み取ったかのようにザックスは続けた。
「お前だって覚えあるだろ?」
「…なんでオレの話になるんだ」
「デンゼル見てると昔のお前思い出すからさ。ほら、いつだったかなあ。オレの部屋に来てた時にDVD見ようって言ったことあっただろ。その時間違えてアダルトDVD再生しちゃってさ」
「あー…」
クラウドは片手で顔を覆うと薄ら顔を赤らめた。まだ恋人同士になったばかりの時の甘酸っぱい思い出が蘇る。
「すごい勢いで部屋飛び出て、それからしばらく口利いてくれなかったじゃん」
「…あんたよく覚えてるな、そんなこと」
「そらだって…あれわざとだったしな」
「え!?」
ここに来て突如思い出を塗り替えられ、それでは話がちがうとクラウドはザックスを凝視した。
「オレも若かったっていうか…ああいうの見てればお前もその気になって、あわよくばエッチに持ち込めるかなーと…」
「っこのバカ!オレがあの時どれだけ…!!」
ザックスが全て言い終わる前にクラウドは激昂し、その胸倉を掴んだ。
「悪かったって!反省したんだよ、あの後。あんなやり方はまずかったなって」
「…その割には平然としてたじゃないか」
平謝りするザックスを見ながらクラウドは当時を思い出す。あの時のザックスはそんな申し訳なさそうな態度を取っていなかった。
すると目の前のザックスも開き直ったように言葉を吐いた。
「つーかあのくらいの歳だったら普通セックスとかに興味あるもんだろ?あそこまで強烈な反応されるとは思わなかった」
「それは……あの時すごい緊張してたんだ。あんたと二人きりになって…」
当時の記憶が映画のように鮮明に蘇り、クラウドはザックスから視線を反らした。まだウブだったあの頃を思い出すと、顔から火が出そうになる。
「…え?なに?クラウドもオレと同じこと考えてたってこと?」
「ニヤニヤすんな」
言いながら面白がるザックスからぷいと顔を背ける。
「何だよ、言ってくれればあのまましたのに」
「言えるわけないだろ!?」
クラウドがザックスに殴りかからんばかりに凄んだその時、後ろから咳払いが聞こえた。
「…ちょっとお二人さん。昔話に花咲いてるところ悪いけど声が大きいわ」
買い出しから戻って来た女主人――ティファから冷ややかな視線を向けられ、二人はすみませんと謝って畏まった。
頼みのクラウドでもダメだったとわかり、ティファはため息をついた。
「本当にどうしたのかしら」
「しばらく放っておいてやった方がいいんじゃないか?そういう時もあるもんだって」
「そうね…」
「あ」
突然ザックスが間の抜けた声を上げた。階段からデンゼルが姿を覗かせたからだ。
「あ、デンゼ…」
クラウドが座席から立ち上がると、デンゼルは顔を真っ赤にして、まさにあっという間に階段を駆け上っていった。
「な、何…?」
顔を合わせることを拒否されたようで、クラウドは軽くショックを受ける。
隣のザックスは呑気なもので、両腕をカウンターについて、その上に顔を乗せながら呆然とするクラウドに話しかけた。
「ありゃさあ…恋でもしちゃったんじゃないの」
「誰に」
「お前に」
「ふざけんな!」
冗談はやめろと締め上げるクラウドにザックスはタップする。
「もう、いい加減にしてちょうだい!」
騒がしい子供を叱りつけるようにティファは二人に雷を落とす。
子供のような大人たちの戯れをすぐ横で見ていたマリンはデンゼルの消えた階段を見やりながらため息を吐いた。
騒ぎの原因であるデンゼルは階段を昇った先に座り込み、一人苦悶していた。あの日目撃してしまった二人の姿が頭を離れず、デンゼルは顔を火照らせたまま膝を抱えた。
(どうしよう…二人の顔見れない……)
少年デンゼルの苦悩はまだしばらく続きそうだ。
END