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「理奈ちゃん、誕生日になにか欲しいものある?」
「オフ」
 即答する理奈に、困り顔を浮かべる英二。
「理奈ちゃんさぁ……」
「分かってるわ。言ってみただけ」
 アイドルというものは因果な商売だ。
 誕生日ともなれば、オフのプレゼントどころか、わざわざコンサートまで開いて集客に使われる。
 プレゼントはうんざりするほど来るが、それが理奈の手元にまで来ることはほとんどない。選別する暇もない。
 まぁ二十歳を超えれば誕生日というものは、そんなに嬉しくはないものだが……。
「せっかく由綺ちゃんも来てくれるんだしさぁ。気合い入れて頼むよ」
 記念と言うことで、仲の良い由綺も途中から駆けつけ、デュエットを披露することになっている。
「大丈夫。しっかりやるわよ」
 そういいつつも、ため息が出るのは隠せない。


 シャワーの水音を快く聞きながら、理奈は考える。
 もしも自分がアイドルでなかったら、と。
 曇った鏡を手で拭って覗き込み、
「顔は……まぁ、美人なほうよね」
 今さら謙遜することもなく、そう呟く。スタイルも悪くない方だ、と思う。
 アイドルでなかったら、中退した高校にもちゃんと通って、大学に進学して、恋人とかできていたのだろうか?
 誕生日も二人で祝って、プレゼントをもらって……。そこまで考えて、
「……意外と想像力貧困ね」
 そういった普通の生活が、どうしても当たり前で新鮮味のないビジョンになってしまうことに苦笑する。
 大体、相手の顔が分からないのだ。恋人の語らいに付き物のドキドキ感がまるでない。
 自分に好意を持っていると某誌で噂されている相手が脳裏に浮かんだが、理奈はあいにく彼が嫌いだった。
「今さらアイドルをやめる気でも、後悔するわけでもないけれど……」 
 シャワーを止め、水気を払いながら、別の可能性に想いを馳せる。
 タオルで体を巻いてから、体重計に乗った。寸分の狂いもなく昨日と同じ体重。
 こうした自己管理も、気になる相手がいるからではなく、職業上必要だから。
 それが当たり前になっているのが少し空しい。 
「その点、由綺はずるいわよね。高校に通って、卒業して、大学に行って……、
 それでも彼氏がいる上に、私に追随する人気アイドルだって言うんだから」
 鏡台の前に座って髪をブロウする。普段は左右で束ねている髪が、ふわりと流される。
 鏡の中に覗くのは、本当に素のままの、緒方理奈という人間。
 誰にも見せたことのない自分が、なんだか別人のように見える。
「本当の私は、こういう顔しているのにね」
 こつん、と冷たい鏡に額を合わせた。
 アイドルを装う自分が当たり前すぎて、どちらが本当の自分か分からなくなる。
 なんだかニセモノにすり替わられているようで不安だった。
 誰かが本当の自分を知ってくれていれば、不安に怯えることもないのに。
「……寝ようかな」
 そんな独り言も、誰もいないから口にしてしまう。


 コンサートは盛況の内に終わった。
 祝ってくれるのは嬉しいけれど、彼らの熱気はいつもとなんの変わりもないものなので、思いが心に届かない。
 積み上げられたプレゼントの山も、花束も、どうせすぐに片付けられてしまう。
 思い出さえも去年と似かよっていて、来年、再来年と重ねていったら、埋もれてしまいそうで恐い。
「理奈ちゃん、お疲れさま。それと……誕生日おめでとう」
「ありがとう、由綺」
 由綺の、打算などが全く含まれてない声を聞いて、ようやくほっとする。
「やぁやぁ、2人とも、お疲れさま」
 英二ののんきそうな声が、そこに割って入った。
「悪いんだけどさ、ちょっとマネージャーさん達と打ち合わせがあるから、
 控え室でしばらく待機しててもらえるかな? 暇つぶしの道具、あげるから」
「暇つぶし?」
「ほい」
 渡されたのは、リボンのかけられたDVD-R。
「……いかがわしいビデオとかじゃないでしょうね」
「違う違う。この前物置を捜索してきたら懐かしいのが出てきてさ。まぁ、見てみなって。
 お、青年、ちょうどいいところに。こちらの姫様たちのエスコートを頼むよ」
「エスコートって、何をすれば……」
「お茶を入れるとか、肩を揉むとか、労をねぎらう方法はあるだろう。さぁ、行った行った」
 英二はそこらから適当にケーキの小箱を選んで冬弥に持たせ、送り出した。


「なんだか、一抹の不安が拭えないわね……」
 渡されたDVDを裏表とひっくり返してみるが、もちろん何も分からない。
 インデックスの『緒方家家宝』というタイトルがなおさら不気味だ。
「冬弥くん、お茶まだー?」
「はいはい、姫、もう少しお待ちを」
 由綺はすっかり冬弥を使うのを楽しんでいる。
「何が映っているんだろうね」
「どうせ大したものじゃない……と思いたいけど」
 冬弥がケーキを並べ、お茶を配り終えてから、DVDをセットし、再生する。
 理奈は不安八割期待二割で、画面が映るのを待った。
 やがて映った画像は、やたらと粒子が粗く、どこか古びている印象がある。
 画面が揺れ動いていることから、ハンディカメラの類だと分かった。
 場所は街の商店街の広場。垂れ幕や提灯、万国旗などがその場を飾り、即席で建てられたステージには、
『第17回○×町祭・歌唱コンテスト』と、でかでかと書かれている。
 ちょうど今、誰かが歌い終えたところのようだった。
 次に司会に呼ばれ、ステージの脇からちょこちょこと歩いてくる小さな女の子。
 長いドレスで精一杯おめかししたその子は、どこか見覚えのあるツインテール姿だった。
 たちまちの内に甦る理奈の記憶。
「ちょ、ちょっとストップ!」
「あ、この娘、理奈ちゃん!?」
「冬弥くん、止めてってば!」
「えー、冬弥くん、止めちゃだめ」
「え、えーと」 
 焦る姫Aと面白がっている姫Bに挟まれ、リモコンの上で指を迷わす家臣冬弥。
 そうこうする内に「緒方理奈、六才です!」と、元気はいいが舌っ足らずな声で自己紹介した理奈(小)が、
 メロディーに合わせて体全体でリズムを刻み始めた。
 やがて歌声が流れ出したところで、理奈はようやく観念する。
「あの男……嫌がらせよ、絶対……」
「あはは、理奈ちゃんかわいいっ。上手、上手」
「だめよ、全然。声も伸びてないし、滑舌がなってないわ」
「六才の自分にそんな要求をしなくっても……」
 画面上の理奈は、観客からの手拍子と歓声、口笛などに乗って、ますます楽しそうに歌声を紡ぎ出す。
「まったく……人の気も知らないで、楽しそうに……」
 だけど少し、純粋に歌うことを楽しんでいる、小さな自分が羨ましい。
 自分自身が映っているのに、眩しく見える。
 自分の原点はここにあったはずなのに、いつか職業として、プロとして、
 歌い続けている内に、擦り切れてしまったなにか。
 いや……もうなくしてしまったなんて、思いたくない。
「じゃなきゃ、やってられないわよね」
「え?」
「ううん、なんでもない」
 緒方理奈という輝きが、色褪せるわけにはいかない。自分はトップアイドルなのだから。
 過去の自分よりも、もっと前に、もっと上に進んでいなければいけないはずだった。
 そうでありたいと望んでいるのは、何よりも緒方理奈本人だった。

 やがて歌は終わり、ささやかながらも真摯な拍手が理奈に送られる。
 由綺と冬弥の拍手もそこに重なった。
 上気した頬で、ぺこりと頭を下げるしぐさが微笑ましい。
 理奈は拍手に見送られながら、とてとてと小走りに退場し、
「「「あ」」」
 こけた。
 コードに蹴躓いて。
 理奈(大)の顔が引きつる。
 しかもうけた。
 和やかな笑いが巻起こり――きゅるるるる、と逆再生。
 もう一度こけた。そして笑いの渦。由綺と冬弥までくすくす笑っている。
 こけた、こけた、こけた。そのシーンだけ連続三回再生。しかもやや早回し。かなり痛そうだ。
 そして長く笑いの尾を引いて――ステージ上で泣き出す理奈(小)。それすらもまた愛らしい。
 ここに来て、由綺、ツボに入ったらしく大ウケ。
「あんの男はぁ……」
 理奈の地を這うような呪いの声に、冬弥の顔が引きつる。
 と、慌てた様子で少年がステージに駆け上がった。泣いている理奈を宥め、抱え起こして埃を払う。
 理奈は少年に抱きかかえられ、暖かい拍手を浴びながら、ステージからようやく退場した。
「えっと、理奈ちゃん、あの人……」
 メガネこそないが、どこか見覚えのある面影。
「……兄さんにも、小さい頃なんかあったのね」
「そりゃあるでしょ」
「まったく、良くこんなの残っていたわね……」
 理奈はすねたような口調で視線を逸らしていたが、赤らんでいる頬までは隠せなかった。
「いいなぁ、理奈ちゃん。他にもっと残っていないのかな?」
「ちょっと、もう勘弁してよ」
 腹立ち紛れにケーキを一口囓る。
 いや、腹立たしいんだか、嬉しいんだか、くすぐったいんだか、よく分からない感情が、理奈を戸惑わせている。
 恥をかかされたといえばそうなのだが……なんだかストレートに怒りづらい。
 自分の原点を見られたのは、それはそれで励みにはなったし……。
「あーっ、もうっ」
 処理しきれない感情を、ケーキと紅茶で緩和する。
 画面はいつの間にか表彰式に移り、理奈は特別賞を受賞して、手製のメダルをかけてもらっていた。
 泣いていた跡はすっかり消えて、満面の笑みを浮かべている。
「……幸せそうね」
「うん、そうだね」
 結局、自分はこうして拍手をもらうのが好きなんだと思う。
 歌じゃなくても良かったのか? と言われたら、やっぱり歌を歌うことしか思いつかないけど。
 それは虚栄心かも知れない。
 だけど拍手や歓声が義務ではなく、感動によって生じているのなら……それはいいことだ、と思う。
 自分が好きなことをやって、他人を喜ばせられるのなら、それは素敵なことではないか。
 そんな単純なことが、一番大切なのだと、今さらながらに思わされる。 
「……兄さんにしては、気が利いていたかな」
 あの編集部分だけは小一時間問い詰めてやりたいが。 
 そこへ、どやどやと入ってきたのは緒方英二とマネージャー2人。
「いやぁ、お待たせ。あれ、上映会終わっちゃった? どうせ短いし、せっかくだからもう一度見ようか」
「ちょっと、やめてよっ!」
「時間も遅いですし、できれば由綺さんを今すぐ送りたいのですが……」
「いやいや、すぐ終わるから。理奈ちゃんの幼い頃の丸秘ビデオなんて貴重だよ。青年、再生を頼む」
「にーいーさんっ!」
 理奈は先ほどの感謝の気持ちもどこかへ放り出し、英二を睨んで、冬弥からリモコンを取り上げる。
 その隙に本体で操作しようとする英二の後頭部にリモコンを投げつけ、盾にされた冬弥に命中するわ、
 由綺はのんきに弥生にケーキを勧めるわ、弥生は優雅に紅茶をすするわと、
 理奈の誕生日は、にぎやかに終わりを告げたのだった。

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