「ありがとうございましたーっ」
営業スマイルに、若干の役得めいた笑みを加えた、来栖川サービスセンターの配送員たちが去っていった。
美咲は自室に戻り、自分のベッドに横たわっている人物を見て、
「……どうしよう」
と、ちょっと悩む。
オレンジの髪を波打たせ、瞳を閉じて眠りについているのは、HMX-13セリオ。
「はぁ……」
美咲は短くため息をついた。
友人に誘われるまま、なんの気なしに応募した、最新型メイドロボモニター募集。
一年間使用レポートを提出すれば、そのまま自分の物になるというあれだが、倍率十万倍超をくぐり抜け、まさか自分が当たるとは。
時価数百万にはなろうという高級品が手元にあることに、なぜか罪悪感を覚える。
「私なんかより、もっと欲しい人、いっぱいいたんだろうな……」
まぁ欲しがる人物の九割は、欲望剥き出しのむさい男なので気にすることもないだろう。
だが、本当に必要としている見ず知らずの人のために、心を痛めるのが澤倉美咲という人間だった。
ちら、と横たわったままのセリオに目を向ける。
閉ざされた目蓋と固く凍てついた表情は、まるで童話の眠り姫を思わせた。
白いレオタード状の服に包まれたボディも、微動だにしない。
人との違いは耳に付けられたセンサー。それに、ノートパソコンに繋がっている、折れた手首から覗く機械の断面。
だがそれさえ除けば、彼女を構成しているパーツの全ては人間と大差なく、計算され尽くした美の造形に、感嘆すら覚える。
思わず手を伸ばして髪に触れると、しなやかで柔らかいが、少しだけ違和感があった。
人間のような分泌物がないためか、それとも美咲の思いこみのせいだろうか。
触れてもまるで無反応……なのは起動してないので当然だが、やはり人間との違いを思い知らされる。
「とにかく……動かしてみようかな」
動かさないことにはレポートもできない。
セッティングは配送員の手によって行われ、あとは繋いであるパソコンから、起動コマンドを打ち込むだけでいい。
パスワードを求められ、自分の愛読している作家の名前を、ひっくり返して打ち込んだ。
いくつかの確認と起動シークエンスを終えると、棒グラフのようなバーが横に伸びていった。
ヴン、と空気を震わせる音がした。
命を吹き込まれたセリオが、ゆっくりと瞳を開いてゆく。
長い睫毛の下から現れたオレンジ色の瞳孔に、走る黄緑色の光の線。それはすぐに消える。
吸い込まれそうな瞳の透明感に、思わず引き込まれる。
やがてセリオの瞳は焦点を合わせ――顔を傾け、美咲を見た。
先ほどまで人形だった顔が、人間に近い柔らかさを描く。
ほころんだ花弁のような唇から、甘く響く旋律めいた声が紡がれた。
「――マスター?」
胸がどきりと高鳴った。
――コマンド?
1:とりあえず挨拶
2:大慌てでマニュアルを読む
3:目覚めの口づけを
4:座薬挿入
『 これは2chのレスをそのまま収録してありますので、ちょっと通常のSSとは違う構成です。
かっちり繋がってませんけど、上を受けて書いた続きのレスがそのまま下に収録してあります。
ちょっと不自然ですけど、ご了承下さい』
そして、美咲とセリオの共同生活が始まった。
「えぇと……マスター、なんて呼ばれると落ち着かないから」
という理由で、相談の結果、「美咲さん」、「セリオちゃん」と呼びあうことになった。
美咲は最後の最後まで「セリオさん」か「セリオちゃん」かで悩んでいたが、こっちの方が可愛いから、という理由で。
セリオは無表情で、それを受け入れた。
美咲は自らセリオを買い求めたわけではない。それに、もともと家事や身の回りのことは、全部自分でやってしまう女性だ。
だからセリオにはお手伝いとしてではなく、友人としての立場を望んだ。
共同生活を営むように、掃除も洗濯も料理も交代で行い、互いの日常を伝えあう。
セリオはもっぱら聞き役だったが、時に相づちを打ち、時に質問を挟む。
語り役としてのセリオは極めて事務的な口調だったが、美咲は楽しそうに聞いていた。
一緒に散歩をしたり、友人に紹介したり。外界との接触は、セリオの心に知識と、それ以外の影響を残す。
「ねぇ、セリオちゃん。楽しい?」
「……よく、分かりません。でも、私にも心があったら、きっと楽しいと感じると思います」
そう答えると、美咲は困ったような嬉しいような――両者が混じった、複雑な笑顔を浮かべた。
家事の分担が半分になったおかげで、生まれた空白の時間。
それを美咲は趣味――本を読み、物語を綴る――に当て、セリオは考えることに費やした。
一般のパソコンで言うところのデフラグに当たる記憶の整理――それを夢と例える人もいる。
夢――機能としての夢ではなく、未来を願う夢。それができたとき、ロボットは初めて心を持てたのだという説もある。
セリオタイプの中でも学習機能を強化されたものは、心、あるいはそれに等しいものを持った例があった。
美咲に与えられたセリオも、いつか心を手に入れるべく、夢に想いを馳せてみた。
だが、今の生活のよりよい未来……それを考えるのは難しかった。
セリオの記憶に残る美咲との生活は、申し分のないものだったからだ。
必要以上に酷使されることがないため、ボディの負担も軽く、美咲もセリオの身体に気を使ってくれている。
彼女に専門知識はなかったが、生来の性格でマニュアルを熟読し、簡単なメンテナンスさえこなせるようになっていた。
問題はないはずなのだ。まったく。
にもかかわらず、セリオはなにか物足りなく感じる。
その違和感の正体は、どんなに記憶を整理しても、見つからなかった。
その日、前日の陽気が嘘のような、急な冷え込みが街を襲った。
「けほっ……こほ……」
美咲は濡れたタオルを額に当て、ベッドに臥せっている。
「大丈夫ですか、美咲さん?」
「ちょっと……大丈夫じゃないかな」
熱を計ってみると、38度5分。熱のせいで意識は朦朧とし、瞳もぼうっと霞んでいる。
息は荒く、咳もひっきりなしに続き、かなり辛そうだった。胸に被さった布団が、大きく上下している。
風邪薬を探してみたが、あいにくと切らしていた。
「薬を買ってきます。今日は一日、休んでいてください」
「うん……ごめんね。家事押しつけちゃって……」
こんな時でも、美咲はセリオを気遣おうとする。それがセリオの胸に棘が引っかかるような感触を残した。
「気に病む必要はありません。それが本来の私の役目なのですから――」
セリオは走っていた。
寒いだろうから、と渡されたマフラーをなびかせて、住宅街を駆け抜ける。
本当なら、機械であるセリオは、ある程度までなら冷えている方が調子がいい。
マフラーなど必要ないのに……と判断はしたが、断ることはできなかった。
少し、変だ。
美咲が苦しんでいる。にも関わらず、セリオは自分の心が弾んでいるように思える。
いつも以上に身体が動き、安全限界ギリギリの所まで躍動させる。周囲に誰もいないのを確認し、信号無視までした。
美咲を早く救ってあげたい。それもある。だけど、それ以外も確かにある。
今までセリオを悩ましていた違和感の源が、そこにある気がした。
薬局に着いた。
サテライトサービスでの検索は、移動中に終えている。美咲の症状を緩和するのに、最も適した薬剤。
店内をざっとサーチして目的の品を見つけだすと、栄養ドリンクと一緒に、手早く会計をすませた。
帰りにコンビニによって、適当に食材を買い求める。
いつもなら商店街で、美咲と一緒に安い店を探して渡り歩くのだが、今は時間が惜しかった。
帰宅するまでにかかった時間は、出る前の予測より1分20秒も早かった。
「只今帰りました」
「うん……お帰り」
美咲はちら、とセリオを見て、辛そうに目を閉じる。
「薬、買ってきましたから」
「ありがとう……」
薬などのつまった紙袋を机の上に置き、まずは温くなったタオルを代えようと、美咲の額に手を伸ばす。
その手を美咲が不意に握り、きゅ、と力を込める。
「――美咲さん?」
「ふふっ……やっぱり病気の時に、誰かがいてくれるって、いいね」
美咲が弱々しく微笑む。信頼に満ちた眼差しが、セリオに注がれた。
その時、天啓のように答えが閃いた。
もともと、セリオは望まれてここに来たわけではなかった。
もちろん美咲は歓迎してくれている。だが、本来なら巡り会うことのなかった出会いだ。
それに加え、美咲はメイドロボを必要としていない。
家事は自分でこなし、セリオが分かち合うのはその半分。
あくまでも望むのは対等の友人としての立場であり、メイドロボとしてのセリオではない。
それがセリオの本質である、人に奉仕するというプログラムに違和感を残したのだ。
今、美咲は風邪をひくというアクシデントによって、セリオに全面的に頼っている。
寄せられる信頼に全力で応えること――これがメイドロボの、自分の喜びなのだと、生まれて初めて実感した。
その、反動のせいだろうか。
セリオは人間で言う、『張り切った』状態になっていた。
セリオは紙袋を開け、薬を取り出す。
「では美咲さん。薬を挿入しますので、うつぶせになって下さい」
「うん……」
言われたとおりうつぶせになり、まくらに顔を埋めたところで、ようやく朦朧とした意識に、セリオの言葉が届いた。
セリオは今、挿入と言ったのだ。
「ちょっと、セリオちゃ……」
「失礼します」
布団が剥がされ、美咲のパジャマ姿が露わになる。
大分、汗で濡れて張りついている。これも着替えた方がいい、と、セリオは判断した。
薬のデータを検索したときに、すでに一般的な風邪の対処法もダウンロードしてある。
今やセリオはいっぱしのナース顔負けの、医療技術を手に入れていた。ついでに患者への対処も。
「ま、待ってセリオちゃん……」
「動かないでください」
セリオは、いつになく強引に美咲の背中を押さえると、片手でパジャマのズボンを剥き下ろした。
白いショーツは汗でぴっちりと食い込んで、お尻のラインを浮き立たせている。
「きゃっ!」
と悲鳴を上げるが、セリオは意に介さない。
「あのっ、薬ってまさか……」
「はい。座薬です」
セリオの手のひらには、小型の銃弾のような形をした白い薬剤が。美咲の顔が、熱以外の原因で紅潮する。
上体を起こそうともがくが、セリオは「ダメですよ」と、美咲の動きを封じる。
「暴れると、薬が入れられません」
「じっ、自分で入れるからっ」
「無茶はいけません。美咲さんは高熱で手つきも怪しいですし、他人が挿入した方がスムーズに作業を終えられます」
「でもっ……」
「すぐにすみますから」
ナースモードに入ったセリオは、問答無用だった。
ショーツの裾に手をかけると、ためらいもせずに引きずり下ろす。
つるりとした曲面を見せる、汗ばんだ肌が露わになった。
「やっ……」
と、口ではまだ抵抗の言葉を放つが、観念したのか、もう暴れることはせずに、まくらを両手で抱え込んで顔を埋める。
耳まで真っ赤になっているのが見て取れた。
「では」
セリオが滑らかな表面に手を当てると、美咲の腰がピクンと跳ねた。
指で柔肉を押し割ると、糸を引き結んだようなアヌスが露わになる。
「やだぁっ……」
もちろん、他人に見せたことなどない場所だ。それをメイドロボとは言え、顔見知りにまじまじと見られ、羞恥で泣きたくなる。
「まず、綺麗にしますから」
え? と思う間もなく、冷たいものが、敏感な穴に触れる。
「ひっ!」
ウェットティッシュを巻き付けた指が、ゆっくりと筋を伝い下り、アヌスをくるくるとまさぐる。
「やっ、やあっ……やだぁっ!」
何とも言い難い奇妙な感触が、背筋を這い上がる。熱どころではない混乱が、美咲の脳を揺さぶった。
「おっ、お願いっ……ちょっと止め……冷たいっ……」
息も絶え絶えになって懇願する、と、それをどう曲解したのか、あるいは素直に受け止めすぎたのか。
「冷たいのですか?」と、指を止める。
答える気力もなく、頷いて返事すると、ようやくウェットティッシュが離れた。
冷たい感触が消え、ほっと息をついた瞬間、代わりに生暖かい奇妙なものがアヌスに触れてきた。
「ふあっ! なっ、なにっ!?」
舌だった。
セリオがティッシュの代わりに、舌でアヌスを清めている。
皺の1本1本を丹念になぞり、余すことなく、汗を舐め取る。
「〜〜っ!!」
美咲は枕で必死に声を押し殺し、舌が動くたびに腰を揺らす。
冷たいのがダメならば、より体温に近いもので、と考えた末の結論だったのだが、それが美咲の精神に与える影響までは、考えが及ばない。
ただ目的を果たすのに、最も簡単で、身近な手段を選んだだけだった。
ぴちゃ、ぴちゃと濡れる音が響くたび、美咲は震え、枕を掴む指に力を入れる。
もう十分だろう、とようやくセリオが舌を離すと、美咲は大きく息をついた。
「――平気ですか、美咲さん?」
「ふぁ……あ……」
答えることもできずに、美咲は肩で息をつく。
理由は分からないが、早めにすませた方が得策だろうとセリオは判断した。
「では、入れますので」
く、と白い錠剤が、押し当てられる。
美咲が一瞬息を詰める。
十分にほぐされ、濡れた肉を割って、穴の奥へと薬が潜り込んでいった。
「あっ……あああああああっ!」
甲高い悲鳴に、セリオが訝しげに指を止める。
異物が違和感と快美とをごちゃ混ぜにして、美咲の中に侵入してくる。
抗いがたい電流が美咲の全身を駆け抜ける。美咲はビクッ、ビクッと仰け反った体を震わせると、やがて、くたりと崩れた。
セリオは胸に手を当てた。
今まで一度も使う機会のない――使う必要も感じなかった機能が、活動を始めている。
なぜだろう、と美咲の身体を見下ろして、ふと、気づいた。
美咲の剥き出しになった股間から、液体が溢れて腿を伝い、シーツを濡らしている。
疑問を感じると、反射的に検索機能がかかり、データを読み込む。
流れ込んでくるデータと、稼働し始めた機能が、一致して働き始める。
「あっ……」
とろり、と。セリオの女性器から潤滑液が分泌された。
必要以上に体温が上がり、精神機能が不安定になる。衝動じみたものが、セリオを駆り立てている。
さらに露出した美咲の肉と、汗ばんだ肌、虚ろな表情。その全てが、セリオを引きずり込もうとしていた。
そこにナースとしてのデータが混ざり、両者の思惑を満たす結論を探しだした。
セリオは清潔なタオルを手に取った。
「美咲さん――。汗を拭いて、パジャマを代えなくては」
「え……ん……?」
セリオは美咲の身体を裏返した。
意外にボリュームのある胸が、勢いで弾む。
その先端が固く尖って、パジャマを押し上げている様が、はっきりと見えた。
セリオは美咲の顔を見つめた。
微かに開いた唇が、自分を誘っているように思える。潤んだ瞳も、上気した頬も……。
「――失礼します」
セリオは、美咲のパジャマのボタンに、手をかけた。