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・・・久しぶりの、蘭世の里帰り。
カルロと蘭世は日本へ来ていました。
「温泉旅行、行って来まーす!」
望里と椎羅に挨拶もそこそこに、カルロ達は旅立ちます。
そうして日本情緒溢れる旅館『萌華温泉館』に宿を取ったのでした。
その温泉郷では夏祭りが開かれており、今夜は花火大会も催されるとのこと。
夕刻からカルロと蘭世はお祭り会場となっている神社へ繰り出しました。
カルロも蘭世も、旅館の仲居さんに着付けて貰って本格的な浴衣姿となりました。
何処へ行ってもどうしても目立つ二人です。
金髪で背の高い美丈夫がいなせに濃紺の浴衣を着こなし、女性客の熱い視線が集まります。
(・・・)
色とりどりの浴衣姿の女性達が、カルロを見つけると明らかに潤んだ瞳で彼の方を見やり、
通り過ぎると友達同士で黄色い声を上げたりしているのです。
「ねぇ、見てみてあの外人さん!素敵ー!」
「映画俳優みたいよね!もう一度見にいこっか!」
(う・・)
蘭世は気が気ではありません。何となく不安になってカルロの顔を見上げます。
でも・・カルロの方は周囲の視線を完全に黙殺しているようで・・なにくわぬ顔。
蘭世は ほっ、と胸をなで下ろします。
(でもなんだか不安〜)
蘭世は思わずカルロの腕にきゅ・・と抱きつきます。
そんな蘭世にカルロは優しい視線を向け・・その額に軽くキスをしました。
でも、実はカルロとて別の視線に気を配っていたのです。
今日の浴衣姿の蘭世はなんてあでやかなのでしょう。
濃い緑に紅く淡い模様がちりばめられた可愛らしい浴衣に、黄色い帯がキュートです。
そして、なによりもその結い上げた髪の下にのぞく白いうなじが、それこそ眩しいのです。
襟元の合わせも、裾から覗く紅い鼻緒のぽっくりをはいた足の細い足首もどこかなまめかしく、
”触れてみたい・・・”
つい、そう思わせてしまうような雰囲気がするのです。
「そんな可愛らしい娘が自分だけのもの」
そう思うと、つい、カルロは口元が緩みます。
可愛い蘭世に気が付かない男はいません。
さりげなくちらちらと蘭世に視線が飛んできていることに、カルロの方は気づいています。
ですがカルロとしては、別にやきもちを焼くわけではなく極端な話
”問題外だ (ざまあみろ)”
位にしか思っていなかったのでした。
一番カルロが気になるのは、その男達の視線に蘭世が”気づいていない”事なのです。
ぼやんと油断していて、自分が目を離した隙に何かをやらかすのでは
(すなわち、狼たちにひっかからないか)と、
それだけがカルロの心配事なのでありました。
立ち並ぶ屋台を見ているだけでも心がうきうきしてきます。
広い境内の右手側で、旅館の協同組合がなにやらサービスで飲み物を配っています。
「わ、丁度いいわー喉乾いちゃってたから・・ジュースでも貰おう」
白テントの下へ蘭世は駆け寄りました。
村の若い衆でしょうか、これまた浴衣姿の男性がテントの受付をやっておりました。
「いらっしゃい〜ご自由にどうぞ!」
「こんばんはー」
受付の若い男は蘭世を見て・・やっぱりピピピ・・・と 来たようです。
「いらっしゃい!お嬢さんかわいいね。どこからきたの?」
「えへへ、ナイショ」
「やだなぁ〜。んじゃお宿はどこだい?」
「萌華館よ」
「奇遇だね!それうちの宿だ」
「ホント!?お世話になってまーす・・これ本当に頂いて良いの?」
「勿論さ!お客さんへサービスだからね。好きなの選んでくれよー。」
「ありがとう!遠慮なくいただくわね・・・あ。」
若い衆はもっと蘭世と話がしたかったのです。でも彼女の隣りに背の高い浴衣姿の
外国人の男が現れると、彼女は零れるような笑みでその人物を見上げたのです。
「ありがとう〜」
テーブルのプラカップを二つ手に取り、外国人と可愛い女の子のカップルはその場を
離れていきました。
(・・・ちぇ)
若い衆は、心の中で、・・・とても残念がっていました。
蘭世はにこにこしながら茶色っぽい液体が入ったプラカップのひとつを彼に渡しました。
「ありがとう。」「えへへ。いただきまーす」
(・・・これは・・・)
カルロはカップに口を寄せたとき、あることに気が付きます。
蘭世にそれを言おうかと口を開いたときは、もう遅かったのです。
彼女は喉が渇いていたせいもありぐいぐいぐいーっ と
一気にそれを飲み干しておりました。
カルロは彼女の白い喉がそれを嚥下して行くところをさりげなく見守っています。
(まあ・・たまには いいだろう。・・・毒ではないし)
カルロの心に悪戯心が芽生えたのもこの瞬間だったようです。
(うーん 気の抜けた ジンジャーエール? なんか変な味・・)
蘭世も飲んだ後からそう思ったのですが・・・遅かったようです
(え・・・?)
蘭世の視界が ぐらあーっ と 揺れました。
そう、それはジュースではなく、お酒・・水割りのウイスキーだったのです。
みるみる赤く染まっていく頬。
「ふにゃーん」
熱に浮かされたように潤む瞳。
しめしめ・・とカルロが思った事は・・・内緒ですよ。
「だぁーくぅぅー・・・だっこv」
ぴとっ、と蘭世はカルロの胴に抱きつきます。
「・・・よしよし。」
カルロは蘭世の頭をいい子いい子と撫でました。
蘭世の公衆の面前での大胆な行動に・・・
周囲の女性がざわざわと非難のような声をあげています。
「エーッ」「やだぁ・・・」
その声が蘭世に聞こえたかどうかは判りません。
でも。
「だめよぉー。みんなぁーっ ダークは私のものなんだもんっ!」
カルロの胸に顔を寄せたまま、蘭世はそんな不敵な台詞を大声で繰り出すのです。
「あたし・・らけの・・ものなんらもんっ・・・いっく。」
「ランゼ・・・?」
「ダーク・・・ダーイスキ・・・!」
なんと一途な告白でしょう。カルロはその台詞にまんざらでもありません。
誰かと違って公衆の面前だからと照れて怒ったりはしないのです。
彼女の頬に手を添えてこちらを向かせると、
桃色の頬にとろん、とした瞳で何ともいえず可愛らしく・・
そこはかとなくエッチな顔をしています。
その表情に、寄り添う甘くさわやかな香りにカルロは我を忘れそうです。
(この場でお前を抱いてしまいたいくらいだ・・)
さらに。
蘭世は潤んだ瞳でカルロを見上げたまま、彼に告げました。
「誰もいないところに・・行きたいのぉ・・・」
いつになく誘う、蘭世のダイタン発言です。
その酒を帯びて甘えたようなくぐもった声で、
カルロの欲望にますます火がついていきます。
(このまま物陰に隠れて・・・)
コトに及んでしまおうか。
カルロが数メートル先で控えている部下にチラ・・と視線を送ると、
部下は深く頷いて控えめに手招きをしています。
(いつもながら根回しの良い部下達だ・・・)
カルロは一度蘭世の額に軽くキスをすると、
ふらふらしている蘭世の細い肩を支えて部下のいる方へと歩き出しました。
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