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Heaven? 伊賀×黒須 (1) by 伊賀フェチさん




いつものように暑い昼下がりだった。
たった1人で伊賀はパントリーでシルバーを磨いていた。
そうたった1人で・・・

「ロワンディシー」は定休日だ。
しかし明日は大口の予約が昼に入ってしまった。
川合君だけに任すわけにもいかず、かといって休日あけの
昼の予約に間に合わせるには、時間がなかった。

そのため伊賀は休日出勤を申し出、翌日に準備をする事になった。

「シルバー磨きをしていると、落ち着く・・・」
そんな風に伊賀は思いながら只黙々と仕事をこなしていた。

彼自身今の仕事が嫌なわけではない、経験もまだ浅く、
いや、経験より自分が「サービス」の仕事に向いているかも
分からない状態であるのにも関わらず、この「ロワンディシー」から
離れられないでいる。

シルバーを磨き終え、グラスに取りかかろうとしたとき、
『ガチャン!!』と勢いよく店のドアが開いた。
乱雑なその開き方、顔を確かめるまでもない、まさしく黒須であった。


黒須はホールを抜け、オーナーの部屋(トイレ?)に向かう。
パントリーに目をやるとそこに伊賀がいることに驚いた。
「あれ?伊賀君〜!何やってんのよ?」
「・・・オーナー・・・僕は休日出勤です。きのう言ったはずですが。」
伊賀はいつも通りクールに答えた。
「あぁそうなの?ご苦労様ね。」
言葉とは裏腹に相変わらず感謝の気持ちが込められていないようだ。

伊賀は気にせず「オーナーこそどうしたんです?今日は休みですよ。
賄いはでませんが・・・」
「ちょっとちょっと!!伊賀君!!あたしだって定休日くらい把握してるわよ!
賄いを食べに来たんじゃないの!もうっ!」
黒須は腰に手を当て、怒りをあらわにして、ツカツカと伊賀に歩み寄った。
身の危険を感じつつも、冷静を保ちながら言った
「だったらどうしたんです?」
「ああ、昨日ね、出版社からもらった赤ワイン置いてちゃったのよ!
すごい美味しいヤツ!面倒くさかったんだけどどうしても飲みたく
なって・・・あぁ!伊賀君がいると分かってたら電話一本で
もって来てもらえたのにぃ!!」
黒須の怒りは更に増したようだが、いつものことだと伊賀は黙々と
作業を続ける。

「まぁいいわ。さぁワイン持って帰ろうっと〜〜♪」
上機嫌になった黒須を無視して伊賀はグラスを丁寧に磨き続けた。
黒須に手伝ってもらおうなどという『無駄』な考えはしないように
しているのだ。

「じゃぁ頑張ってね〜」と黒須がドアのノブに手をかけた瞬間、
『ドーーーーン!!!』と重く低い音が駆け抜けた。
「な・・・何?!」そう黒須が叫んだ瞬間、窓の外は雲で覆われ
景色を灰色に変え、大きな雨粒を滝のように落としていた。


日頃傲慢な黒須が珍しく腰を抜かしている。
「ああ・・・雷ですね。夕立ですよ。すぐやむでしょう。」
常に伊賀は冷静だ・・・
「なんですって〜〜!?これから戻ってワインを楽しもうかと思ってたのに!
どうにかしなさいよ!伊賀君!!」
そんな黒須の理不尽さにはどう返して良いか未だにつかめない・・・
「どうにかといわれましても・・・」伊賀にどうにか出来ることではない。
「・・・タクシー呼ぶ距離でもないし・・・もういいわ!
ここでワイン開けるから!!」黒須はどうしてもワインが飲みたくて
このさい場所などお構いなしの状態になっていた。

「あ〜〜料理どころかツマミもないし・・・ソムリエだって
いないじゃない!ちょっと伊賀君山縣さん呼んでよ!」
夕立のおかげて黒須のわがままはいつもより(いつも通り?)
拍車がかかっているようだ。
「いや、それはちょっと。今日は久々の休みですから・・・」
「じゃぁなんかツマミ探してきなさいよ!あとワインついでちょうだい。
せっかくレストランにいて、サービスマンもいるんだもの。
手酌なんて嫌じゃない?」「あ、せっかくといえば、そこまでやるなら
気分出さなきゃね!制服も着てきなさいよ!わかった?」
一気に要望を言い終えると鼻息も荒く満足そうに黒須は
テーブルから椅子を引きどかっと座り込んだ。


グラスを片手に伊賀はささやかな反撃に出た
「あの・・・オーナー、僕は仕事が・・・」と言い終える前に
「いいから早くしなさいよ!早くワイン飲みたいの!」と言いかえされて
しまった。伊賀の反撃など、黒須には適わないことくらい初めから
わかっていたのだが・・・

伊賀はいっこうにはかどらないグラス磨きを一時諦め、更衣室へ向かった。
深い溜息をつきながら素早く制服を着た。
オーナーのわがままに一番慣れている伊賀だが、時々ふっと虚しさもよぎり、
だがその反面、それがオーナーらしく、羨ましいとも思う。

伊賀は厨房へ向かい、冷蔵庫を漁るも定休日のため、食材は多くの在庫を
残していない。
あとは従業員用のお茶菓子程度しかない。

「オーナー・・・こんなものしかありませんが。」といくつかの
『せんべい』をデザート用の皿に並べて出した。
いささかミスマッチではあるが、相手はオーナーだ
いたしかたない。
「え〜せんべい!?これでワイン飲むわけ?冗談じゃないわよ!」と
声を荒げるも、手は口にせんべいを運んでいる。
伊賀は黒須の言葉を無視し、ワインのコルクを抜き、
先ほどまで磨いていたグラスの一つにワインを注ぐ。


赤ワインが大きな波を立てグラスに落ち、
そして少しずつ小さな波紋を作りながら
グラスを満たしていく。

伊賀のそのしなやかな動きと、グラスの中の赤い揺らぎ・・・
黒須は満足そうにその光景を眺め、香りを楽しみ、 口に含んだ。
「あ〜〜〜うまっ!」
・・・せっかくのワインの高級感も台無しにである。

「せんべいにワイン・・・合わない事もないか?」
首を傾げながらグラスとせんべいを口に運ぶ黒須。

ワインを楽しみながら黒須は呟いた。

「ねぇ伊賀君。たまにはこういう雰囲気も良いと思わない?
・・・1人の客に対して、1人のサービスマンの極上のサービス。
こういうのって最高の贅沢だと思わない?」

黒須は時々、本気なのか冗談なのか、急に要点をついた話をする。
そんな時の黒須はいつものわがままさをどこかに綺麗にしまい込み、
“美しく強く賢い”女性の顔をしている。

常にクールな伊賀でもそんな時の黒須の眼差しに
内心“ドキリ”としてしまうのだ。


 だが伊賀は黒須に対してのその想いを、口に出すはおろか、
態度に出そうなどとは全く考えた事はない。
 黒須のその“美しく賢く強い”女性像は一瞬にすぎないからだ。
黒須の“傲慢さ”は圧倒的に強く、“美しく賢く強い”女性像という
印象を伊賀の頭の中でまるでハンマーで殴りつけるようにガラガラと
崩していく。

「伊賀く〜〜ん!!せんべい飽きたのよ!せんべい以外ないわけ?!
なんか賄い作ってよ!!」
そう・・・これだ、この傲慢さが伊賀のほのかな“美しく賢く強い”女性像を
破壊していくハンマーなのだ・・・

「オーナー今日は賄いは出ませんとさっき言ったじゃ—」
黒須の鋭い目つきが伊賀を制し、そして畳みかける
「四の五の言わずにつくりなさいよ!早く!早く!」
ドンドンとテーブルを両手の拳で叩きながら
一人我が儘を突き通す。


うなだれながら伊賀は「はい・・・何か見つくろってみます・・・」
厨房へ向かう伊賀の背中が悲しい・・・
『僕は今日何しに来てるんだ・・・?』心の中を
本音がグルグル渦巻いている。

「・・・そう言えば、伊賀君の料理食べるなんて初めてよね〜
いつもはシェフが賄いつくるんだし!」
「ええ、そうですね。でもあまり美味しい物は作れませんが」
厨房で冷蔵庫をのぞき込みながら伊賀が返した。
「凝った物つくってね!・・・でも伊賀君一人暮らしじゃない。
家で料理とかするでしょ?期待してるわよ」
そう言い終えると、黒須は好奇心がわいたのか
厨房が見えるカウンター席へ座った。

『さて何を作るべきか?』
『オーナーの口にあうもの・・・』
『赤ワインに合う物・・・』
『ここにある食材で可能な限り凝ったモノ・・・』
元来生真面目な伊賀は冷蔵庫の前で立ちつくしていた。


 翌日には大口の予約があるため、下手に食材を使用することは許されない、
明日の朝には業者から食材は届くが、何が余っていて、何が翌日使用する
食材かなど、食材発注をやっている者にしかわからないのだ。
 さすがの伊賀も頭を悩ませてしまった。

「オーナー明日の予約があります。下手に食材を使うのは−」
「あ〜もう!言い訳なんて聞かないわよ!明日の食材なんて
知らないわよ!」相変わらずだ。これがオーナーで『ロワンディシー』も
よくもっているものだ・・・
「では、オーナー・・・そうめんくらいでしたら・・・」
伊賀は伺うように言った。
フレンチにまさか“そうめん”は使わないだろう。
そう思い、伊賀の右手にはやっとの事で探し当てた“そうめん”が
握られていた。
「そうめんですって?!ああもう!全くもってワインに合わないわね!
・・・いいわ。伊賀君!最高のそうめんを作ってちょうだい!」
また無理難題を突きつける黒須を無視して伊賀は寸胴鍋に湯を沸かし始める。
そう言えば伊賀も朝から何も食べていない。
黒須のワガママに付き合っていたため、それだけで空腹は
忘れられていたのだ。


幸いにも前日に山縣が家庭菜園で育てたという
自信作の長ネギも冷蔵庫に残っていた。
これなら薬味に使ってもいいだろうと伊賀は長ネギを水洗いし
まな板にのせた。
湯を沸かしている間に長ネギを小口切りに切ってしまおうと
包丁を握り、トントンとリズムよく動かした。
綺麗なネギの白い輪が次々と生まれる。

「あら。伊賀君上手いじゃないのよ!」
黒須はワイングラスを傾けながら
以外だとも言うように伊賀の手の動きを眺める。
「いえ、それほどでも・・・」と伊賀は謙遜してみせた。
「いいじゃない!伊賀君!良いお婿さんになるわよ!
あ!そうねぇ、あたしが小説書いて稼ぐから、伊賀君は
“主夫”になりなさいよ!伊賀君みたいな夫ならいいわぁ〜
便利そうだし!」
黒須がそんな無神経な冗談を言い放った瞬間−
ザクッ!!!
伊賀の指先に鋭い痛みが走った。


      「っつ・・・」
      カタンと音を立てて包丁がシンクへ落ちた。
      「何やってるのよ、伊賀君らしくないわね〜」
      呆れる黒須の言葉も伊賀には耳に入らない。
      
      白く、細いそのしなやかな指に
      深く赤い血液は徐々に広がりをみせ、
      シンクにポタリポタリと音を立てて落ちた。
      
      その鮮血に伊賀は反応をしめさなかった。
      日頃器用な彼が、指を鮮血にそめるということが、
      未だかつてあったであろうか・・・
      
      見慣れぬその光景に、まるで他人事のように
      彼は指をじっと眺め、次への対処を思い浮かべられずにいた。
      
      「ちょっとちょっと!かなり血がでてるじゃないの!?何ぼさっとしてるの!
      さっさと血をとめなさいよ!」
      先ほどまで冷やかに見守るだけだった黒須も、シンクに落ちる血の量を
      見て焦って立ち上がった。
      日頃腰が重くとも、こんな時にはパニックも手伝って
      人並みの思いやりくらい出てくるのだ。
      黒須はドカドカと厨房に乗り込み、救急箱を引き出しから
      取り出した。


      鮮血に染まるしなやかなその指をただじっと眺める伊賀に
      黒須は“マキロン”を探しながら怪訝そうに聞いた。
      「ど・・・どうしたのよ!?血ぃくらいで何呆然としてるの!?」
      「あ、いや日頃見慣れないもので、ちょっと。」
      伊賀は以外に冷静だ。
      「まったく、川合君じゃないんだから!こんな事で明日の
      仕事に響いたら困るのよ!」
      文句を言いつつも黒須は“マキロン”を伊賀の指先に吹き付け、
      側にあったキッチンペーパーで血とマキロンの混じり合った液を
      軽く押さえるように拭った。
      伊賀はマキロンによる痛みの余韻を感じつつ、
      絆創膏を指に巻き付けようと側に寄った黒須の
      その真剣な眼差しと、シャンプーと香水の香りに一瞬背中をくすぐられた
      ような気持ちになった。


      「あ〜もうっ!上手く貼れない!」
      クチャクチャになった絆創膏を投げ捨て、新しく取り出した
      絆創膏を再度伊賀の指に巻き付けようとするが
      不器用な黒須はなかなか上手く巻き付けることが出来ない。
      
      よりいっそう真剣になる黒須はさらに伊賀の胸元まで接近し
      以外にも女性らしい綺麗な細い指で、伊賀の手を握りながら
      ムキになって絆創膏を貼り付けようとしている。
      
      あまりにも接近しすぎるオーナーの香りに内心ドキリとしたが、
      伊賀は常に冷静を保ったふりをし続けた。
      
      「いや・・オーナー、自分でやりますから。」と言ったものの
      片手だけで、絆創膏を貼るのは、今の黒須よりも上手くはいかないであろうし
      何よりも左の人差し指は思ったよりも深く割け、鮮血が更にあふれ出していた。
      
      黒須は伊賀の話には耳もかさず、ただひたすら指と絆創膏を交互に
      持ったり、睨んだり、文句を言ったりしていた。
      とめどなく指先に広がるその鮮血に黒須の動きは追いつかず、
      ムキになりすぎて我を忘れるほどに、必死に絆創膏と格闘している。
      「も〜〜〜!絆創膏貼ろうと思うと血が出てくるのよ!
      上手くいかない!」と叫ぶと、黒須は勢いで
      伊賀の指先を口に含んでしまった。
      「オ・・・オーナー!!・・・ちょっと!!」
      突然の行為に伊賀はたじろいだが、
      黒須はそんな伊賀におかまいなしに舌先で伊賀の指をくわえ、
      傷口の鮮血を撫でるように吸い取った。


       指先の傷口に甘い痺れが走った。
      傷口に黒須の柔らかい舌先が何度も吸い付いては離れる。
       伊賀の背中にまで甘い電気のような痺れが広がっていく。
      伊賀は精神の糸をギリギリで保っていた。
      「オーナー・・・ちょっと待ってくだ−」言いかけたところで
      黒須は指先をくわえたまま上目遣いに伊賀をちらりと見上げた。
      
       セットされたはずだった髪は、意外にも白く陶器のように滑らかな
      頬にかかり、上目遣いの潤んだ瞳の中に自分がいた。
      ・・・そんな仕草に伊賀が保ち続けていた“糸”はプツリと切られてしまった−


      −ガタンッ!
      伊賀は黒須の細い両手首を押さえ、壁押さえつけた。
      「痛っ・・・な・・・何?何なの!?」黒須は腕をはずそうとあがいたが
      そんな抵抗に伊賀は唇で塞いだ。
      「んっ・・・」伊賀の行動に理解を示せないでいる黒須は
      顔を横に背け唇を外した。
      「やめて!離してよ!」
      キッと上目遣いに睨む黒須に伊賀は沈黙しうつむいたままだ。
      
      糸が切れてしまった後ろめたさに対する冷たい感情と
      目の前の黒須に対する熱い感情が伊賀を交互に襲っていた。
      しかしそれでも尚、黒須の腕を押さえる力は変わらない。
      
      「伊賀君!!−やめてよ!」黒須の抵抗は逆に
      伊賀の感情の中に燃える炎に油を注いだ。
      腕に込める力は更に増し、感情の息づかいが荒くなっていくのがわかる。
      「離して!伊賀君はそんな人じゃないでしょ!?」
      伊賀はやっとの思いで口を開いた・・・
      「・・・僕だっていつまでも・・・そんな冷静じゃいられないんです。」
      黒須の耳元で囁くと伊賀は黒須の唇を再度奪った。


      黒須のやわらかな唇を伊賀は半ば強引に包み込んだ。
      黒須の腕は何度も抵抗を見せたが、伊賀はそれを許さず
      更に執拗に唇を押さえる。
       伊賀はそのまま舌を滑り込ませ、黒須の舌を捕らえようとしていた。
      「ん・・・む・・・」黒須のささやかな抵抗−
      口腔内で逃げまどう黒須の舌をたぐり寄せ、音を立てながら絡め取った。
      その伊賀の滑らかな舌使いに、黒須は伊賀の意外性を感じ
      驚きとともに、息づかいが荒くなっていた。
      「ん・・・んっ・・はぁっ・・・」
      徐々に抵抗を諦め、無抵抗になった黒須は伊賀の舌使いに合わせ
      声を漏らしていく・・・
      
      伊賀の頭の中は“糸”が切れつつも
      『冷静』と『情熱』が繰り返し波のように押し寄せ、
      時に伊賀を『冷静』に戻していた。
      『自分の意外性』に自分自身驚き、
      そして常に黒須の前で冷静であった自分の姿を
      想像しては『冷静な自分』に対しての後ろめたさが大波のように
      押し寄せる。そんな波の中でも伊賀は自分の
      『情熱』の波をも押しとどめることが出来ずに
      黒須の口腔内を困惑しつつも愛し続けていた。

      「ん・・・んっ・・・」
      黒須から何度も激しい吐息が漏れる。
      伊賀は『情熱』の波が高まり、その波に押し流されつつあった。
       舌を何度も愛撫しながら、黒須の小さな耳たぶにぶら下がった
      イヤリングを片手で外し、その手で自分の眼鏡を外した。
       シンクの脇にイヤリングと眼鏡を乱雑に置くと
      伊賀は今までの『冷静』な自分をも眼鏡と同時に脱ぎ捨てたように
      情熱的に何度も黒須の舌を引き寄せ、自分の口腔内で愛し、
      そしてそれを押し戻した。
      
       「んんっ・・・んっふぁ・・んっ・」黒須の吐息は徐々に加速していた。
      伊賀は乱れた黒須の髪を掻き上げながら、下唇を甘噛みし、
      優しく舐めた。


       伊賀は黒須の舌を解放し、そのまま頬をつたい、
      イヤリングを外した耳に唇を押し当てた。
       耳たぶから軟骨を唇で甘噛みすると
      相変わらず吐息は激しく洩れる・・・
      耳の内側を何度も舌で優しく撫でると、その水音は、黒須の頭の中を
      満たし、何も考えられないようにしてしまう。
      
      そっと舌で耳の裏側を撫で上げると
      「んんぁっ・・・」恥ずかしがるような声を漏らし
      膝をガクッと落としそうになっていた。
      幾分解放された腕で、伊賀の腕を強く掴み、やっとの事で体制を
      保っているだけだった。
      一端耳から唇を外した伊賀を黒須は目で捕らえた。
      今までは、恥ずかしさも手伝って伊賀は黒須と
      目を合わせないように行為を続けていたのだ。
      
      黒須の目は伊賀を捕らえて離さなかった。
      いや、目を反らすことが出来なかったといった方が正しい。
      いつもの毅然とした強い瞳はそこになく、ただ潤んで弱々しい
      黒い瞳があった。
      伊賀はそこで初めて今まで押し寄せていた『冷静』の波を
      押しとどめることができた。
      頭のどこかにかけられた重い枷が外されたのだ。
      
      黒須の瞳には真剣な眼差しの伊賀が移っていた・・・
      乱れた髪、外された眼鏡、情熱的な瞳、
      形を崩した襟元のタイ、皺だらけになったシャツ・・・
      
      黒須の視界に入るどれもが、初めて見る姿だった。


       目を合わせた瞬間、自分の欲望を見抜かれた気がし、
      その羞恥心が伊賀の脳裏にこびりついていた。
      だがあの潤んだ黒い瞳は伊賀の網膜に焼き付き
      そのとめどなく押し寄せる感情には羞恥心など適わなかった。
      
       伊賀は再び目を反らし、黒須の耳元へ顔を埋める・・・
      耳から首筋へ、緩やかなカーブに唇を這わせると
      黒須の吐息は喘ぎにも代わり、厨房に反響した。
      「んっ・・・あはぁん・・・あぁ・・んん・・っ」
       日頃の黒須からは想像できないその弱々しく細い声と、その反響音は
      平時の「ロワンディシー」とは全く異なった空間を作りだしていた。
      「はぁ・・・んぁん・・ぁぁあ・・・」耳元へ届く息づかい、
      耳に直接送り込まれる声、厨房の壁から返る音・・・
      非日常的なその空間は逆に伊賀と黒須を勇気づけ、大胆にさせていた・・・
      
      黒須のその滑らかな首筋に唇と舌を這わせ、そして鎖骨へたどり着くと
      伊賀の手が黒須の片腕を解放し、宙を彷徨った。
      その腕はどこへ行くべきかは分かっていた・・・
      けれど、その決定打をまだ出せずに伊賀は躊躇していた。


       中空を彷徨う伊賀の腕は行き場を失っていた。
      辿り着く場所は分かっているのに・・・そこまでの道順がわからない・・・
      黒須の鎖骨を甘く愛撫し続けながらも伊賀は迷っていた・・・
      
      『いいのだろうか・・・本当に・・・』
      躊躇いと、欲望の間を何度も往復した。
      
      「ん・・・伊賀君・・・」耳元にかかる黒須の呼び声・・・
      だが、顔を上げることが出来なかった。
       鎖骨から首筋、耳元へと這う唇を押しつけまま静止した。
      黒須の首筋は熱く、そこを流れる動脈は早鐘のように脈打っていた。
      
      「・・・伊賀君・・・大丈夫よ・・・」そう言うと黒須は
      道に迷った伊賀の腕を取り、自分の胸元に当てた。
      黒須に導かれ、やっとの思いで辿り着いた柔らかな胸を
      そっと優しく包み込んだ。
      
      首筋から再び黒須の唇へ帰り、初めよりもずっと甘く柔らかいキスをした。
      そしてそのまま黒須の耳元へ唇を押しつけ伊賀は口を開いた。
      「・・・オーナー・・・僕は・・・あなたのことが—」
      その声を今度は黒須の唇が制した。
      「んっ・・・」
      不意に虚をつかれた・・・
      そして唇を離し、そのまま伊賀の耳元へ唇を寄せた。
      「いいのよ・・・伊賀君・・・言わなくても・・・」
      そう言い終えると黒須は伊賀の背中をギュッと抱きしめた。


       伊賀は黒須に応えるように肩を強く抱き、
      何度も舌先を首筋に這わせた。
      「ん・・・はぁ・・・っんっ・・・」湿った吐息が耳にかかると、
       愛おしいほどに優しく胸を揉みほぐす。
      黒須が足をガクリと何度も落としそうなのに気づいた伊賀は
      そのまま黒須を自分の元へ引き寄せ、後ろ手に扉を開き、
      パントリーに雪崩れ込んだ。
       その衝撃で、幾つかのカトラリーや、トーション、テーブルクロスが
      床に激しい音を立てて落ちた。
       
       伊賀はそのまま黒須のカーディガンに手をやり、
      肩からずらし、片腕ずつ袖を引き抜いた。
       口付けを交わしながら、キャミソール越しにゆっくりと
      その細くしなやかな指で胸に触れると、忘れかけていた痛みが走った。
       あれから気にもしていなかった左手の指先の鮮血に
      黒須も気づき、伊賀の唇から離れ、口に含み始めた。
      その柔らかな舌先が傷口を包み、吸い、絡め取る・・・
      そのまま別の指先までも舌先で絡め取り、優しく優しく吸い続けた。
       そんな健気な行為に愛おしさを感じ、指先を愛撫する黒須の乱れた髪に顔を
      埋めてキスを繰り返した。
       
       黒須は指先を解放し、伊賀の胸に顔を押し当て、力を込めて抱きついた。
      伊賀は黒須の乱れた髪を指で梳いてやり、耳元に唇を押し当てながら、
      キャミソールの下から指を滑り込ませた。
      「あ・・・っ」黒須は恥ずかしそうにいったん体を離そうとしたが、
      伊賀の腕は黒須の腰を強く抱き寄せた。
       小振りなその胸の滑らかで柔らかな感触は、まるで絡まった糸をほぐすように
      生真面目な性格をゆっくりと解きほぐしていた。

      解放された伊賀の心は、行き場を求め、そして目の前の女性に向けられていた。
      緩やかなその胸の膨らみと、舌先の熱さを感じながら、
      二人は苦しくなるくらい抱きしめ合っていた。
      キャミソールの中へ忍ばせた指でブラのホックを外し、
      キャミソールごと肩ひもをゆっくりと外し、そのままゆるゆると
      足下へ落としていった。
       
       黒須はいつもと違って恥ずかしそうに両腕で肩から胸のあたりまでを
      隠そうとしていた。
       
       そう・・・羞恥心をあがいきれなかったのは伊賀だけではなかったのだ。
      それを知った伊賀はカァッと顔を赤らめた。
       自分のことばかり考えていた・・・そうだ、彼女だって女性だ・・・
      恥ずかしくないはずはない・・・
       顔を真っ赤にし、必死であらわになった胸元を隠そうとする黒須には
      既に『オーナー』や『作家』の面影はなく、
      ただの愛おしい女性でしかなかった。
       そのまま黒須をキュッと抱きしめると、あたりに散らかった
      テーブルクロスを掴み黒須の頭から優しくかぶせた。
       テーブルクロス毎その白くあらわになった体を抱きしめ、
      そっと黒須の目元に口付けをし、胸元を隠す腕をゆっくりと外した。
      指を交差するように黒須の手を握りしめ、片手は胸元を優しく包んだ。
       顔を真っ赤にしたままの黒須は恥ずかしさからなのか伊賀の唇を執拗に求め、
      片手で、伊賀のタブリエのきつくしまった紐をたどたどしく解き始めていた。


       黒須は目元、鼻、頬、額、耳、首筋、鎖骨、肩とあらゆる場所に
      口付けを受け、鬱血した赤い痕跡を撒き散らされた。
      それと同時に緊張でこわばった体をほぐすように白い双丘を包まれ、
      甘く切ないほどの刺激を受けていた。
      「んっ・・んくっ・・・っはぁんっ」白い双丘の芽は
      伊賀の指先の動きに敏感に反応し堅くしこっていった。
      
       伊賀のタブリエの紐はきつく締められていた。
      伊賀に触れられている胸や、首筋や唇や・・・
      体のあらゆる部分に神経が散乱してしまい、
      なかなかタブリエを外すことが出来ない。
      
       伊賀は繋いでいた手を放し、タブリエの紐を片手で解いていった。
      黒須と伊賀の手で解かれた黒いタブリエがバサッと足下に落ちる。
      
       白いテーブルクロスとトーション・・・銀色に光るシルバー
      黒いタブリエが床にまき散らされ、それは芸術家の作品を思わせる
      色彩のコントラストだった。


       ゆっくりと黒須のあらわになった双丘を揉みほぐしながら、赤い痕跡を
      残していく伊賀を、黒須は愛おしげに見ていた。
       「あっ・・ぁん・・・」
      腕を伸ばし、伊賀の髪をクシャクシャに掴み必死で崩れ落ちそうな
      体を保っていた。
       伊賀は小刻みに震える黒須の腰を抱き寄せ、膝裏から抱え込み
      肩をテーブルクロス毎抱きながら床に寝かせた。
       
       真っ赤になった黒須の顔はもう、伊賀の瞳を見つめられずにいた。
      伊賀は戸惑った・・・「・・・いいんですか・・・?僕は・・・」
      聞かずにはいられなかった。傷つけるわけにはいかなかった。
       潤んだ瞳をかろうじてこちらに向け、恥ずかしそうにコクリと頷いた。
      「・・・いいのよ・・・大丈夫・・・」唇がほんの少し微笑みを返した。



      伊賀はそのまま黒須の双丘に顔を埋め、白く滑らかな肌と頂にある芽を
      口に含み、丁寧に吸い上げた。
      「んんっ・・・ああっ!!」
      ビクンッと体を仰け反らせ、湿り気を帯びた吐息を漏らしながら
      伊賀の汗ばんだシャツ越しの背中に手のひらを這わせた。
       胸元から再び顔を上げ、黒須の耳元に唇を寄せると、
      伊賀は黒須のスカートのホックに手を掛け、器用に片手で外し、
      白い太股を露わにさせた。
       黒須は体をよじらせ太股でショーツを必死で隠すようにしながら
      伊賀のベストのボタンに手を掛け一つずつ外した。
       ベストを脱がせると、さっきよりもずっと伊賀の体を強く感じる。
      既に外れ、首にかろうじてかかっているだけのタイをスルリと引き抜き、
      襟元のボタンに手を掛ける。
       伊賀は黒須の太股をゆっくりと撫で、そのままスルリと上方に
      滑らせ、指先でショーツ越しに秘部を撫で上げた。


      「ぁんんっ・・・やぁっん・・・」恥ずかしそうに甘い喘ぎと吐息が漏れる
      伊賀は側に散らかったテーブルクロスを自分の背中に掛け、
      黒須の羞恥心を少しでも和らげようと
      誰もいないパントリーにも関わらずそれを隠した。
       それで多少羞恥心が和らいだのか、こわばっていた体が幾分
      ほぐれた気がした。
       既に伊賀のシャツは胸元から腹にかけて開かれ、肩まで
      引き下げられていた。
      自分の羞恥心もあったのか、それを和らげるため、
      黒須の双丘に顔を埋め、何度も舌先で愛撫し、含み、甘噛みし、
      甘い喘ぎを引き出そうとした。
       「あぁぁ・・・っく・・んん・・はぁぁんっ・・・!」
      伊賀の指先は黒須のショーツ越しの感触に随分前から
      湿り気を帯びているのを感じていた。
       ゆっくりといたわるように撫で上げ、強く押しては引いてみると
      黒須のそこは更にぐっしょりと湿り、甘い喘ぎも徐々に激しく響く・・・
      「はぁん・・はぁ・・・あんんっ・・やぁ・・もうっ・・・」  
      黒須の肢体と口付けで濡れた唇がピクピクと小刻みに震えている。


       伊賀は黒須に覆い被さるように胸元から腹部にかけて
      赤い痕跡を散らし、濡れたそのショーツに手を掛けた。
       「やっだめぇ・・・!」ビクッと黒須は反応し、ショーツに掛けた
      伊賀の腕を必死に拒んだ。真っ赤な顔を背けながら、震える声で訴えた。
       伊賀は何も言わず、そのまま黒須の横顔を切なげに見つめ、
      次の言葉を待った。
      「は・・・恥ずかしい・・・から・・・。」
      伏し目がちな潤んだ瞳できれぎれに言葉を絞り出した。
      
       伊賀はそっと黒須の耳に唇を寄せ、耳を真っ赤にして囁いた。
      「僕も・・・脱ぎますから・・・恥ずかしがらないで下さい・・・」
      すでにシャツは背中半分まではだけ、肩から胸、腹部までもが
      露わになっていた。伊賀は羞恥心を振り切って片手でズボンのホックに手を
      当てそのまま下げようとした時、黒須が伊賀の手を制した、
      「ごめん・・・大丈夫よ・・・」そういうと伊賀の手をズボンから外し、
      黒須が代わりに伊賀のズボンに手を掛けた。
       「・・・な・・・ちょっと待ってください!」言い終える前に
      黒須は思い切り、伊賀のズボンをトランクスごとを膝程まで引き下げた。
       赤面する伊賀に、恥ずかしそうに微笑む黒須。さっきまでの弱々しい姿は
      消えかけたものの、上手く伊賀と目を合わせられずにいた。
       そのままズボンもトランクスも一気に足から引き抜き、シューズもソックスも
      一緒くたに引き剥がされてしまった。
      
       彼女も羞恥心でいっぱいなのだ。それを隠すため、わざと大胆な行動に
      出たのかもしれない・・・そうは思っても伊賀もシャツ一枚をかろうじて
      羽織り、背中からテーブルクロスを乱雑に被っているだけで、
      あとは一糸まとわぬ姿になっていた。
      黒須よりも羞恥心でいっぱいになり、顔を真っ赤にしていた。


       あがいきれない羞恥心を振り払うために伊賀はそのまま黒須の体に
      かぶさり、白い滑らかな体を折れるほど抱きしめた。
       それに黒須も応えるように伊賀のシャツと背中にしがみついた。
      
       熱い・・・お互いの体は発熱し合って微熱のように頭を麻痺させている。
      外の嵐はまだ止んでいない・・・
      屋根をつたい、地面をはねる雨音と。風に舞って窓を叩く雨音、
      木々から葉擦れの音も風に舞う・・・・そんな嵐の音が外から包み込む。
       けれど「ロワンディシー」に中は静寂が満たしていた。
      お互いに抱き合ったまま、口づけを交わし、シャツとテーブルクロスの
      衣擦れの音と、床に散らばったシルバーが、時々何かの拍子に
      ぶつかってカランという音を響かせた。
      
       「・・・好きよ・・・」そこに流れる静寂を黒須が突然打ち破った。
      そう言って伊賀の頬を両手でそっと触れる黒須は、黒い瞳に涙を浮かべ、
      心を打ち明けた。
       
       少しの沈黙の後「・・・僕も・・・」伊賀はやっとの思いで言葉を発したが、
      続く台詞がでてこない。
      何て言えばいいんだろう。こんな時に・・・この感情を表す言葉・・・
      
       不安そうに伊賀を見上げる黒須の涙を、伊賀は唇ですくい取り、
      唇を付けたまま言葉を振り絞った。
       「・・・愛しているんです・・・・」





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