番茶も出花と言うけれど 伍   

 まったく、あちきと来た事が大したへまを踏んだものさ!
 そもそも初見が初見なんだからそうなる事もありそうだっ
て判ってた筈なのに、いざとなるとおたおたしちまうってぇ
手前が余りに情け無い。又、つい手近な手本で済ませようと
魔がさした手前に今更ながらに腹が立つ。本当に手本を示し
てやるんならト酔楼の女将さんに頼んで山茶花姐さんの手解
きを見せた方が余程良かったんだろうねぇ。
 風も絡んでたから、つい其方絡みにしちまったよ…。おと
っつぁん、おっかさん。不甲斐ない倅と笑っておくれな。

 鶯はかなり取り乱していた。
 月四朗が風三郎と伯斉の睦言を見て以来、色気づいた様子
が伺えるのは良い。下帯の汚れにも取り乱さず、むしろ黙っ
て洗って済ませているのは格段にませた証拠だ。そう、それ
だけならば。
 左様。どうも月四朗、菊門を開こうと人目を偲んで弄って
いるらしい。念者にではなく、弟分、否、色子になりたい様
な、そう言う気配がある様だ、と鶯が聞いたのは廻り回った
見世の中の話を纏めた京奴からである。
 「あたしはね、月坊さえ良ければ仕込んでも良いとは思い
ますのさ。月坊にあっさりと旦那が付くんならね」
 「付くと思うかえ?」
 「見栄は女将さんの身内だから保障できるとして、後は我
慢が利くかどうかですねェ」
 「お前もそう思うかえ?」
 「手前の事を考えますとね。女将さんには随分お手間かけ
ちまいましたねェ」
 「お前さんを仕込むのにあちきも随分と勉強させて貰った
よ。お前さんが居なきゃ、あちきは本当に女将にはなれなか
った。礼を言っとくよ」
 「水臭いこたァ言いっこ無しにしましょうよ。女将さんに
は『男』にして貰った恩もあるし」
 「男と言っても念者だけどね。…さて、月をどうしたもん
か」
 溜息一つで白湯を飲み干し、火鉢の灰を四方八方にかき回
す。そう様子を見て京奴も溜息。まだ今はこれで済んでいる
鶯だが、
 「いきなり耶蘇神へのお祈りなぞ始めたの見て、あたしは
肝を冷やしましたよ」
 「神様には誰にでも祈りたかったんだよ。それに、」
 「それに?」
 「ご禁制になる神様なんだから、霊験も余計あるかと思っ
てねぇ」
 「気持ちは判りますけど、あたし達を路頭に迷わせないで
おくんなさいよ。外にもれたら月坊にまで累が及ぶし」
 「すまなかったね」

 さて、どうするか。
 鶯は、桐の箱を前に置いて暫し考えていた。
 兄分として男女の道へ改めて引き摺るか。
 それとも、衆道を仕込んで、この道での思いを深くさせる
か。
 迷いつつ蓋を開けた中に入っていたのは、木で彫り上げた
七つ一組の拡げ型。そして、トロロ葵の根を練り上げて作っ
た、突き入れる前に使う馴らし型。
 そして、意を決した様に首を一振り、手を叩いて人を招く。
 「誰か」
 「はい、女将さん」
 「丁子の油はまだあったかえ?」
 「大壷に六分程あったと思います」
 「じゃあ、徳利に入れて持って来ておくれ。筆と皿も忘れ
ずにね」
 一番小さな木型を手にとって、愛しげに撫でる。月四朗の
背が伸び始めた頃の大きさだろうか。あの頃は、まさかこれ
を月四朗に対して使うなぞ、思いもよらなかった。
 只拡げるならば、胡麻油でも事足りる。でも、教える相手
は目に入れても痛く無い弟だ。
 『なら、せめて愉しませつつ拡げてやろうじゃ無いか』
 溜息と共に一人ごちる。   (2003.1.6)  

                                     

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