一条寺賢が其の時驚いたとしても、其れは仕方
ないと思う。
まさか伊織が其処にいるなんて、ましてや自分を
待っているなんて思いもつかなかったから。
学生課の掲示板に軽く背中を預けて、彼は佇んで
いた。時折、在校生が奇異な目つきを向けては
いたが其れは異物に対する、と言うよりも彼の
発する雰囲気ゆえにだったろう。
『伊織、君?』
待ち人がきた!その瞬間に纏っていた雰囲気は
一遍に柔らかくなる。花が鮮やかに開く様に。
「驚いたな…まさかこう言う所で会うなんて
思わなかった」
「あは。驚かせちゃいました?」
「珍しく私服だしさ」
「僕だってTPOは選びますよ。…連絡無しで、
ゴメンナサイ」
「急用だったんだろ?」
「ええ、まあ…」
伊織にしては珍しく歯切れが悪い。財布の中身を
頭の中で軽くお浚いして助け舟を出す事にする。
「時間、あるよね?珈琲、飲んでいこうか?」
軽い気持ちで手を引く。瞬間、軽い緊張感。
『そう言う相談、か』
胸中で苦笑しつつも、お気に入りの珈琲屋まで
ずっと手を引いてゆく。相手が誰だとしても、
せめてこれ位の余禄はあっていいだろう。
5年越しの片思いなんだから。
「いい店ですね」
「静かだしね。…ブラック、飲む様になったん
だ」
「背伸びって訳じゃないですけど」
「背も伸びたよ。何か会う度に背が伸びてる気
がする」
「大輔さん達にもからかわれます。あのメンバー
の中で僕が一番のちびだったったし」
チクン。
心の中に抜けにくい刺。
確かにこう言う形の恋愛があっても良い。でも、
彼は多分其れは望んでいない。さっきの反応だって、
嫌悪感が無かったと断言は出来ないだろう。
そう、せめて傍にいるだけ。それで充分と思って
おいた方が、お互い、傷は少なくて済む。
「あの時は判らなかった。でも、判ってみないと
どうしようもない事って、ありますよね?」
「そりゃあね」
「自分で考えるのもいいんだけど…何かグルグ
ルしちゃって」
さりげなく笑おうとしても、頬が強張っている
のがわかる。あの時の自分と同じだ、と思う。
大輔とタケルの間で揺れていた自分と。3人とも
大人ぶって、割り切った関係でいようとして、
出来なかった。結局賢が一歩後に下がるという形で、
漸く動き出した関係だった。
「好きになったのは、友達?」
「と、言っていいのかな。年上の人なんです」
「こんな気持ちに自信が無いの?」
「性別じゃないんです。…彼の事、好きになって
いいのかな、って」
「考えるだけじゃ始まらないと思うよ、こう
言う事って」
「でも、彼に迷惑が掛かったら」
「真剣にぶつかってきた相手を迷惑としか思え
ないんだったら、そいつはそれだけの人間だった
って事!伊織君が真剣にぶつかっていったら、そ
れなりの答えは貰えると思うよ」
「そう、ですか?」
「恋愛は自由だしね。傷つくのが怖いって訳じ
ゃないだろ?」
「ええ」
「で、何で僕に相談するの?」
「場数踏んでそうでしたし」
澄ました顔で言ってくれるので大いにずっこける。
「これでも世間並みより少ない回数しか場数、
踏んでないよ!」
「でも大輔さんよりは多いでしょ?」
「多分」
顔を見合わせて、思わずニヤリ。
支払いを済ませて店を出て、彼から封筒を受け
取った。
「何?」
「開けてからのお楽しみ、と言う事で」
帰宅してから部屋で開封してみると、思わぬ
ものが入っていた。
映画のチケットが2枚と、日時指定のメモ。
これって……お誘いって奴なんだろうか?
(続)