レナード・シュテインベルグ少尉の配属された小隊は、第二次タイタン奪還作戦に送られたとの報告を聞いて、ジョナサンは、その戦況を必死でチェックし、彼の生還を待ち望んだ。しかし、タイタン奪還作戦は大敗に終わり、送り込まれた全小隊は壊滅し、帰還者はゼロと報じられた。──彼は、二度と戻ってはこなかった。
そしてジョナサンは、新しいパワードスーツのパイロットになるべく、数々の試験を受けた。ジョナサンにはその自覚は無かったが…その結果は、彼に特殊な能力があることを明示していたという。
おそらくマンヘッドになってしまった、レナードを思うことは耐え難かったが、他の兵士に憎まれ、殺されるくらいなら、約束通り、自分のこの手で倒してやるしかない…。悲痛な決心を持って、半分このまま死ぬか発狂する覚悟で、最終テストを受けたが、通過した。もう、これは約束を果たせという彼の意志かもしれない、とジョナサンは思った。
ジョナサンは、現在アポカリプスとの戦闘の最前線である、木星の衛星ガニメデへ送られることを、自ら志願した。「もう少しの試用期間を経てから」という軍の意向を振り切って、ジョナサンは木星へ向かった。必ず彼と会えるとは限らないが、最前線ならばその可能性が高くなるのではないかとジョナサンは考えたのだった。──誰かにレナードを殺される前に。
「シャトル降下、五分前」
ジョナサンの手には彼の遺していったナイフがあった。パワードスーツによる戦闘で、これが実戦に使われることはないと思ったが…持っていかずにはいられなかった。片足に、鞘を堅く巻き付けておいた。
新型パワードスーツの操作自体は、訓練すればジョナサンには大して難しいことではなかった。しかし全てのスペックは、今までの量産機に比べると段違いだった。コントロールパネルを操作すると、全周視界システムが作動し、パワードスーツの外を全て見渡すことができる。といっても、現在は壁しか見えないのだが。
「とにかく、お前と機体が無事に帰ってくるように。それがお前の第一の任務だ」
ジョナサンを送り出した時、あの隻眼の男はそんな事を言った。
…説明されたわけではないが、あの最終試験の意味について、ジョナサンは想像した。この最新型パワードスーツやパイロットについて、アポカリプスに知られるのは、絶対に避けたいことに違いない。だから…たとえ捕らえられてもマンヘッドにされるわけにはいかないのだ。ジョナサンの前にテストを受けた者達は、そのテストの結果、マンヘッドにされたと同様の状態に陥り、死もしくは発狂、ということになったのだろう。自分だけが偶然、アポカリプスによる力に耐えられた。…このパワードスーツの運用には、多大な犠牲が払われた、ということかもしれない。あくまでジョナサンの想像にすぎないのであるが。
木星は太陽系の惑星の中では最も大きい。遠目には紅い模様は美しいが、降り立ってみると荒れた不毛の地でしかない。
地球以外の太陽系の惑星は皆だいたい似たようなものだ。それを人が住めるように開拓し、スペースコロニーを作り、莫大に増えた地球の人間達は居住した。小さな衛星に突き刺さっているようにコロニーが自転しているのが、ジョナサンの目の前のモニターに映し出された。
ジョナサンはその映像を見ていた。今回はここを拠点として、防衛戦を行うという訳だ。…防衛できる可能性は少ない。なんせ人類は連敗に次ぐ連敗だ。
…奴ら、アポカリプスは、人間がこのように、地球から出て、元のままの宇宙の姿を歪めてまで、全宇宙へ進出して行こうとするのを、快く思っていないとでもいうのだろうか。
「降下1分前」
ジョナサンは手にしていたナイフを脛に巻き付けた鞘にしまい、緊張した面持ちになった。彼は、他の機動歩兵達を率いる役を任されているのである。
「5秒前…4、3、2,1…射出!」
機動歩兵達のパワードスーツが収められたシャトルは、宇宙空間に次々と舞い上がり、陣形を組んだ。
「…くっ!」
少し抵抗がかかり、ジョナサンはその衝撃に耐えた。
陣形を組んだまま、飛行を続けていると、第一線の機体が、敵の姿が見えないほどの彼方から、レーザーに貫かれ、炎上し、墜落した。
あんな遠くから、と驚いている暇もなく、それは立て続けに攻撃をしてきた。
このままでは、敵のいいように撃墜されてしまう。
「総員、固定解除!緊急ペイルアウトせよ!集結ポイントは座標27・mark135!」
ジョナサンは全機に緊急指令を出した。
パワードスーツはシャトル内から飛び立ち、凍ったガニメデの地表へ降り立った。ガニメデは岩石の核と、それを覆う氷の地表で成り立っている。パワードスーツの群れは、その上を滑るように、敵へ近づいていった。
「…うっ……!」
覚悟していたが、激しい重力抵抗がかかった。ジョナサンの搭乗する新型パワードスーツ一体のみが、宇宙空間に舞い上がった。肩部の安定板が開き、勢いよく吹き出される高温の噴射炎が、まるで一対の蒼白い翼のように見える。
他のパワードスーツは、飛行能力がない。ジョナサンの機体のみがエネルギーを多めに消費しての短時間の滑空が可能だが、量産されていないプロトタイプなのである。
敵の姿が見えてきた。大群だった。
「敵捕捉!各個撃破せよ!」
アポカリプスの軍勢は、激しい火力で、しかも射程距離が長いらしく、こちら側が避けられないような猛攻撃をしかけて来た。地表のパワードスーツ隊は、何機か撃墜され、炎と爆煙に包まれた。脱出できたかどうかは…不明だ。おそらく…その余裕もなかったのではないだろうか。
──せめて、マンヘッドにされなければいいが。
ジョナサンの機体は、一体だけ飛行していて目立つせいか集中砲火を浴びせられたのだが、それを軽々と回避し、距離を取った。反応が非常に優れている。そして加速し、懐まで一気に飛び込み、アポカリプス達に反撃を加えた。脚部に何発か撃ち込んでダメージを与え、動きを止めたところで、頭部の装甲を撃破して、機体のコアであるマンヘッドを撃ち落とせば、その機体は中心を失い、崩れ落ち、または火を噴いて爆発した。
弾薬やエネルギーの残量を考え、ジョナサンはできうる限りアポカリプスの足止めをしていくように心がけ、後に続く歩兵隊達に、マンヘッドにとどめを刺すように指示し、効率よく撃破して行こうとしたが、他のパイロット達は苦戦しているようだった。
「α1,β3、左に回り込め!」
「了解!α1左翼…うわっ!!」
通信が途絶え、ジョナサンのすぐ隣で爆発が起こった。すかさず、ジョナサンは反撃の構えをとった。
(…さすがに、きついな……)
旧型パワードスーツ隊は、数はあっても、戦力としては頼りがいがあるとは言えないものだ。パイロットの問題ではないから、出来るだけ犠牲を出さないように、と心がけると、どうしてもジョナサンの機体だけが突出して敵軍に突っ込む形になってしまうのだ。しかし、エネルギーは無限ではないのだから、一人で走りすぎてはいけない。だが、アポカリプス達の機体数も、無限ではないらしい。一際大きく、凶悪な形をした機体がずしり、ずしりと歩みを進めているのが見えた。── その後ろには、奴らは一機もいない。こいつが、この集団のボスだ。そう判断したジョナサンは、加速して、距離を縮めた。脚部に数発、弾を撃ち込んだが、耐久力が高いのか、今まで倒して来た機体と違い、何発も撃ち込まなければ動きが止まらなかった。やっとの思いで足を止めさせ、とりあえず頭部の装甲を撃ち抜いた。これは脚部に比べると、少しは薄いのだろうか。数回の射撃により、何とか剥がれたようだ。そしてその爆煙が収まった時、ジョナサンが見たのは──。
「……レナード!!」
鍛え抜かれた褐色の身体は、腰から下を樹脂状の物質で覆われ、金色の髪の下に見える表情は白目を剥いて恐怖に叫んでいるように見えた。腕は何かを掴もうと伸ばしかけたような格好で凍り付いていたが…その姿はまごうことなきレナード・シュテインベルグのそれであった。
ジョナサンは一瞬、彼のあの身体に抱かれた感覚がフラッシュバックした。気遣いながら、時間をかけて丁寧に指先や唇で愛撫されたこと、少し怯えながら彼の逞しいものを受け入れたこと…。
彼が、あんな姿になって…アポカリプスの手先として動いているだなんて…!
「レナード!俺だ!ジョナサン・タイベリアスだ!!」
ジョナサンは思わずそう叫んでいた。
その声に答えるように、その機体が、ジョナサンの機体に向き合った。
「そうだ…俺だよ…よかっ…」
ジョナサンが言い終わる前に、レナードの機体はジョナサンに向かって容赦なく火弾を撃ってきた。
ジョナサンは素早く回避した。
──もう…レナードは……。
彼の言葉が耳に響く。
『…奴らに同化された人間が──何を考えていると思う?』
『何も考えちゃいないさ…奴らは人間じゃないんだからな』
──レナード、君はもう、人間でなくなってしまった…。
『だから、せめて形だけでも人間として死なせてやるんだ。彼らを包む装甲や基盤を撃ち剥がし、人間としての姿をさらけ出させ、名誉と尊厳ある死を迎えさせてやる。よく狙うんだ』
『そして確実に撃ち抜く。戦いの中で、人間としての魂を奪われた彼らに、敬意と惜別(せきべつ)を込めて…』
──…レナード。約束通り、僕の手でそうする。君の名誉と尊厳のために。敬意と惜別と…そして精一杯の愛情を込めて。
ジョナサンは照準を合わせた。そのモニターの中央に、裸のレナードの姿が映し出されている。
手元のトリガーを引けば、簡単に撃ち抜ける。しかし…。
「レナード………」
どんなに自分に言い聞かせても、あれは、レナード以外の何者でもない。あの引き締まった太い腕は、自分を優しく抱いてくれた腕だ。そう思うと、手が震えてどうしても動かなかった。
その時、レナードの機体からワイヤークローが伸びてきて、ジョナサンのパワードスーツを絡め取った。
「しまった!」
機体を捕らえらるわけにはいかなかった。ジョナサンはベルトを解除し、ハッチを開けて腰の姿勢制御装置を作動させ、自分のパワードスーツからいったん脱出した。
そして、アポカリプスの機体を登り、レナードと向き合った。
彼の体は、機体との癒着が起こっているようだった。樹脂のようなもので、下半身を固定され、機体の一部となっていた。こうして対峙しても、白目を剥いた表情は変わらない。
「…レナード、約束だ………!」
脚に巻き付けた鞘からナイフを抜き取り、ジョナサンは両手で柄を持って、レナードの心臓の位置めがけ、体全体で勢いをつけて、貫いた。生々しい手応えがあったが、耐えて刃を深く押し込んだ。
その瞬間は辛くて直視できなかったが…目をそっと開けると、彼はまるで血の涙を流しているように見えた。
(──君がどんな姿になっても、愛しているよ、レナード……)
ジョナサンはスペーススーツのヘルメット越しだったが、レナードと唇を重ねた。
しばらく、そうしていたが、突然、曲げた形で固まっていた彼の腕がぐん、と伸びた。その弾みでジョナサンははじき飛ばされた。
「はっ!? 」
その時、ちょうどジョナサンがいた辺りから、蒼白い閃光がはじけた。
続けて、数カ所から爆炎が上がり、機体はそのまま織女星の輝きのような蒼い炎に包まれた。
その中で、腕を伸ばして、まるで「逃げろ」とで叫んでいるようなレナードの姿が見えたが…、それはほんの一瞬だけのことで、彼の肉体は、あっけなく炎柱の中に葬られてしまった。
学術的に考えれば、死後硬直によるもの、と言われるかもしれない。
しかし──。
「レナーードォオオ!!」
──君は、最期まで…僕を……?
ジョナサンはしばらくその場に立ち尽くしていた。しばらく、ぼんやりと機体が炎上し、それが収まって燻(くすぶ)っている様子をただ見ていたが、敵機撤退開始との緊急連絡が入り、我に返った。
ジョナサンは、レナードと融合していた機体の残骸に近寄った。
相当な高温で焼かれたためか、機体は原形が分からなくなるほどに、ひどく焼けこげていた。もちろん、レナードの遺骸すらも発見出来なかった。
だが、機体の頭部とおぼしき部分から、見覚えのあるものが転がっているのを発見した。それは、高温で熔けたらしく、ぐにゃりと曲がった、あのナイフであった。
ジョナサンはそのナイフを手に取り、投げ上げて、機体のそばの地面に突き立てた。
──これは、レナードの墓標だ。
君こそ、本当の立派な戦士だ。
ジョナサンは姿勢を正し、機体に向かって敬礼を捧げた。
一度も、言えなかった。愛してる、と。でも、レナード、僕は君の事を永遠に忘れない──。
拭うことのできない涙が一筋、彼の頬を伝い落ちた。
西暦2199年3月15日、地球軍は木星の衛星ガニメデに於いて、初めてアポカリプスに勝利した。
Fin.
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