「今日はここまで!明日はいよいよ決戦だ!各自準備を怠るな!」 「はっ!!」 「解散!!」 ざわめく実技室を出て、誰とも話すことなくアスランは真っ直ぐに自室に向かった。 だがその足取りは重い。 (・・・明日、あいつの友達を殺すんだ・・・) ぎり、と歯軋りをして拳を握りしめる。 黙っていても自ずとキラの耳には届くだろう。 (あいつは・・・泣くかな) もう何度も行き来した道をほとんど無意識のまま進み、 気が付けばもう自室の前まで来ていた。 カードキーを差そうとして、ふと、アスランは鍵を開けずに扉に触れた。 そして何かに取り憑かれたように指に力を入れる。 バアンッ!!という大きな音とともに扉が開いた。 廊下からの光が差し込む部屋は、がらんとして人の気配が無い。 「・・・キラ・・・?」 眩暈がした。 ふらつく足で部屋に入る。 そこにいるはずの彼からの返事はない。 「キラ・・・?キラ・・・!?」 ヒステリックに叫んで辺りを見回すが、 (いない・・・いない・・・いない!!!) いつも笑って自分を迎えてくれた彼が、いない。 「キラ!!!」 「アスラン!!」 「っっ!!?」 声に勢いよく振り返ると、汗だくで肩で息をしているキラがいた。 「キラっお前っ・・・!!」 大股で近付いて細い肩を掴もうとするが、 「アスラン!!トリィ知らない!?トリィが何処にもいないの!!」 逆に噛み付くように叫ぶキラに思わず閉口してしまった。 「トリィ・・・?」 トリィなら、 「朝から俺のとこにいるけど」 「トリィ♪」 軽快な音とともにアスランの背後から現れたトリィ。 キラはしばらく呆然として、そしてその場にへたり込んだ。 「キラ!?」 慌てて自分もしゃがむが、俯いたキラの表情は伺えない。 「キラ・・・」 トリィの為にたったひとり宇宙に飛び出して トリィの為に汗だくになって敵陣を駆け回る。 (何で・・・) 彼をこんなにも追いつめたのは誰だ? ナチュラル? コーディネイター? 地球軍? ザフト? 自分? 「・・・俺がいるのに・・・」 (お前にとってトリィは俺の代わりじゃないのか?なあキラ) 独り言のように呟いた言葉は届かない。 キラは意識を失っていた。 右の掌から大量に出血しながら。 「よおアスラン、お前随分懐かれてるじゃないか」 イザークが後ろから声を掛けてきた。 「・・・何がだ?」 アスランが振り返ると、イザークはにやにやと意地の悪い笑みを見せた。 「さっきお前の部屋の前通ったら、 例のナチュラルがお前の軍服大事そうに抱えて寝てたぜ」 ヒュー、どんな手使ったんだよ、などと囃し立てるディアッカの言葉も アスランの耳には届いていなかった。 (キラが・・・俺の・・・) パイロットスーツのチャックを締めながら、アスランは昨日のことを思い出していた。 座り込んだキラが気絶していることに気付いたのはすぐのことで、 抱きかかえようとしたところで右手から流れるおびただしい量の血が目に入った。 「・・・・・・」 まだ傷が塞がっていなかったのに、 キラは無理をして右手を使ったのだろう。 トリィを探す為に。 軽く歯軋りしながら、アスランはキラの軽い身体を持ち上げた。 寝台に横にならせて、汗で額に張り付いた前髪を撫でる。 「・・・・・・」 しばらくキラの髪を弄んだ後、 「・・・バカキラ」 小さく呟いてぱたりと顔をシーツに埋めた。 「・・・・・・」 難しい顔をして考え込むアスランにイザーク達は呆れたように笑った。 「隊長さまは御重症のようだ」 鼻で笑うと、自らの機体の乗り込む。 気を引き締め直したアスランもコックピットへ向かう。 今は今日の作戦のことだけを。 キラのことは、帰ってきてからでいい。 まるで足場を失ったような不安感に気付いてはいけない。 気付いてしまえば・・・。 「・・・ん?」 イージスを機動させようとしてアスランはふと手を止めた。 「これは・・・」 機体がロックされている。 パスワードを入力しれなければ機動出来ないようになっている。 そんなことをする必要のある者で 尚かつそれが出来る者はたったひとり。 「・・・・・・」 とりあえず適当に打ってみるが、 ビーーーーーー!!というけたたましい音とともにエラーの表示。 詳しく解析する為に右横のパソコンを開くと、 キーボードーに点々と付く赤い染み。 それが何なのか、分からないアスランではない。 だが、信じたくない。 手早くパソコンを機動させると、履歴を調べる。 アスランが最後にこれに触ったのは2週間前。 だが、表示された日付は昨日だった。 「・・・・・っ」 アスランは焦るように更にキーボードを打った。 パスワードの解析結果を待つ。 頭文字だけ分かったようだ。 頭文字は「T」。 「・・・っ」 調べれば調べる程アスランの希望はうち砕かれていく。 最後の願いを込めてアスランはパスワードを入力した。 ”トリィ” ビーーーーーーーー!!!! 再びけたたましい音が響いて消えた。 エラーだ。 アスランはほっと息をついた。 そしてふいに思い立ったように再びパスワードを入力する。 キーボードを叩く指が震えた。 最後の一文字、これで、すべてが・・・。 ”タイムマシーン” ・・・・・・。 何も起こらなかった。 だが、次の瞬間、突然視界が明るくなって、片々の機器が動き出す。 ウィーーーン、という機械音を聞きながら、アスランはその場に崩れ落ちた。 「あぁ・・・」 両手で顔を覆う。 「キラ・・・やっぱりお前・・・」 それ以上は言葉にならなかった。 アスランはただひたすら漏れる声を押し殺した。 NEXT.