その日は朝から落ち着かなかった。
それは、作戦実行の日を間近に控えているからとか、
そのせいで幹部も兵士も食堂のおばちゃんまでが妙にそわそわしているからとか、
鑑全体を覆っている言いようのない緊張感とか、
そういったことではなくて。
勿論、それも多少は関係しているのだろうけれど、
こう、何とも言い難い・・・、気持ち悪い感じ。
「・・・はぁ」
身体中のもやを吐き出すように溜息を吐くも、相変わらず気持ち悪さは変わらなくて、
行き先の無い蟠りはアスランの身体に留まり続けた。
「・・・アスラン?気分でも悪いんですか?」
と、先程の溜息に気付いたのか、ニコルがくるりと振り返った。
「あ、いや、何でもないよ」
苦笑して答えるも、ニコルは納得していないようで、
足を止めて怪訝な顔で覗き込んでくる。
(困ったな・・・)
ニコルが心配性なことは重々承知しているし、自分のことを気遣ってくれていることも分かるけれど、
(今は、少し鬱陶しいな・・・)
そう感じることに多少の罪悪感は感じるものの、鬱陶しいと感じることもまた事実で、
それでまた罪悪感を感じなければならないことも鬱陶しいと思う。
「いや、あのね」
適当なことを言ってとりあえずその場をやり過ごそうとしたその時、
「ほら!!とっとと歩け!!」
ザフト兵の怒鳴り声と、何かをどつくドンッという音が通路の向こう側から聞こえてきた。
「・・・何だ?」
思わず口をついた疑問にニコルが答える。
「あ、何か先程小舟を一隻収容したそうですよ」
「小舟・・・?」
「ええ、何でも漂流していたところをザフトの見回り船に発見されたとか」
「それは・・・」
運がいいのか、悪いのか。
広大な宇宙を漂流など命知らずにも程がある。
その場合、ザフトに収容されたことはその人にとって願ってもない幸運であろう。
だが、相手によっては・・・
「しかも、地球軍の紋章が施されていたそうです」
「・・・地球軍・・・」
出来れば聞きたくない言葉だった。
それは彼を思い出すための単語以外の何ものでもない。
しかし、
「じゃあ乗っているのは地球軍の兵士なのか?」
「ええ、そうらしいです」
それであの扱いか・・・。
プラントにとって地球軍は今まさに戦局を分かち合っている最悪の敵。
その漂流者の態度によってはその場で射殺されてもおかしくない。
まあザフトとてそこまで冷静さを失ってはいない。
しかるべき処置、すなわち、吸い出せるものをすべて吸い取ってから、
それから宇宙へと放り出されるだろう。
(まあ、どうでもいいんだけどね・・・)
その漂流者がこの身に纏わり付く倦怠感を取り去ってくれるならまだしも、
たかだか地球軍の捕虜ひとりを気に掛けてやる程の余裕は今のアスランにはなかった。
「はあ・・・」
また溜息を吐いて自室に戻ろうと踵を返すと、
(・・・な!!?)
アスランは我が目を疑った。
通路の向こうから後ろ手に拘束されてこちらへ向かってくるのは、
2年前のあの日桜並木の下で別れ、そしてつい先日再会を果たした
地球軍のモビルスーツ「ストライク」のパイロット、キラ・ヤマトその人だった。
キラの方はまだアスランに気付いてはいない。
驚きで声が出なかったことはかえって好都合だった。
地球軍に知り合いがいるなどと知られては後々面倒だし、
彼がコーディネイターだとバレてしまえば、一体何をされるか、想像もしたくない。
すぐに落ち着きを取り戻したアスランは周りに悟られぬよう、こっそりとキラに近寄った。
「お前、地球軍なのか?」
「っ!?」
アスラン!?と思わず叫びかけたキラを目で制すと、再び同じ質問をした。
「地球軍の者かと聞いている」
「ちっ違う!僕はっ・・・」
(知ってる。友達があの足つきに乗ってるんだろ)
だが、今重要なのはキラが地球軍の者ではないと周りに証明することだ。
「貴様っ、出鱈目を!!」
「った!」
キラを拘束していた衛兵が後ろ手に縛った細い腕を捻り上げると、小さな悲鳴が上がった。
アスランは無言でその衛兵を睨み付けると、再びキラに向き直った。
「何故地球軍の船に乗っていた?」
「・・・・・・」
「答えろ!」
衛兵がどつく。
アスランは視線でその衛兵を黙らせると、キラに答えるよう促した。
「ヘリオポリスが崩壊して・・・その時に収容してもらったんだ」
「ヘリオポリスの民間人か。では何故たったひとり小舟に?あれは地球軍の足つきの装備品だろう」
「・・・友達と喧嘩して、これ・・・宇宙に投げ捨てられちゃったから・・・」
そう言ったキラの服の間から小さなロボット鳥が顔を覗かせた。
アスランの表情が少し揺らいだ。
「・・・その為だけにわざわざひとり小舟で?それもザフトの領空にまで」
「とても・・・大切なものだったから・・・」
「・・・・・・」
アスランは無言でキラを見つめると、込み上げてくる衝動を抑えて後ろの衛兵を見上げた。
「これからこいつをどうする?」
「一応クルーゼ隊長の下へ連行して、そこからは隊長のご判断にお任せします」
「そうか」
クルーゼ隊長ならキラを乱暴に扱ったりはしないだろう。
少しほっと胸を撫で下ろすと、今にも泣き出しそうな目で見つめてくるキラを一瞥した。
(変わってないな・・・お前は)



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