キラがクルーゼ隊長の下へ連行されてから約2時間が経っていた。
その間、特に慌ただしい様子もなく、ただ刻々と時間だけが過ぎていった。
(少し・・・小腹がすいたな・・・)
そういえばろくに昼食も採っていなかった。
アスランは起き上がると、部屋を後にし、食堂へと向かった。
食堂に向かう道の途中、見知った顔を見掛けた。
イザークとディアッカだ。
今はもう使われていない部屋の前で何やらひそひそと話している。
そして、こちらに気付くと、にやりと笑って部屋の中へと消えていった。
(・・・何だ?)
あのふたりが秘密主義なのは今にはじまったことじゃないし、奴らが何をしようが全く興味はない。
だが、何故だか悪い予感がする。
アスランは2人の消えた部屋の前まで行き、耳をそば立てた。
「・・・から、お前・・・んだよ」
「さっさと・・・て・・・・ろよ」
もうひとり誰かいるのか?
イザークもディアッカもその誰かに向かって話しているようだ。
・・・立ち聞きなんて悪趣味だな。
立ち去ろうとしたその時、
「はっ、放せよ!」
次の瞬間、アスランはものすごい勢いで部屋の扉を開けていた。
薄暗い部屋に外からの光が差し込んで3人のシルエットを映し出す。
扉の側に立っていたイザークはアスランの方を振り返ると、いつもの人の悪い笑みを浮かべた。
「よお、アスランじゃないか。何か用か?」
「・・・何を、している?」
そう言いながらも、目線は暗闇に転がる小さな身体に向けられていた。
そしてその小さな身体を拘束するディアッカを思い切り睨む。
「おいおい、何だよ、喧嘩でもはじめようってのか?」
視線に気が付いたディアッカが茶化すように言う。
アスランはそれを無視して低く呻いた。
「何を、しているのかと聞いている」
「まあ待てアスラン。お前は何か誤解をしているぞ」
イザークが2人の間に割って入った。
そしてアスランの方に向き直ると、わざとアスランから2人が見えるように立った。
「これはクルーゼ隊長の命令なんだ」
「・・・・・・」
「あっ、信じてないな、お前!本当なんだって」
「・・・どういう、事だ」
イザークは口元を歪めてさも楽しそうに笑った。
「さっき小舟が一隻この船に収容されたのは知ってるな?こいつはその乗組員。
とりあえずクルーゼ隊長の下に連行されて、そして俺たちに命令が下された」
そこでわざと勿体ぶるように間を置くと、イザークも暗闇の小さな身体の側へ行った。
そしてその茶色の髪を引っ掴んでこう言った。
「身柄拘束、軟禁。その前に身体能力を発揮できない状況にしておけ、と」
イザークの代わりに立ち上がったディアッカが更に続ける。
「たかがナチュラル1匹、どうしてそんな必要があるのかと聞いたよ。
そしたら隊長、『私の勘だ。そいつは危険だ』だとさ。
まあ隊長がそう言うんならそうなんじゃねえ?全くもってそうは見えねえけどな。
だからこれは捕虜への暴行ではないし、規約違反でもない。OK?」
「・・・・・・」
(クルーゼ隊長が、そんなことを・・・)
アスランは愕然としていた。
彼に任せておけば安心だと。心の何処かでそう思い込んでいた。
だが、実際は違った。
クルーゼ隊長はいちばん会わせてはいけない人物だった。
あの仮面の下の瞳で何かに気付いてしまったのかもしれない。
背中をざわりとしたものが走った。
「さて、と」
掴んでいた髪の毛を放すと、イザークはキラをうつ伏せにしてその上に馬乗りになった。
「悪いな、ナチュラルの坊や。隊長命令だ」
細い腕を1本持ち上げると、肩から徐々に捻っていく。
「・・・ああっ!」
キラが痛みに悲鳴を上げる。
「キラ!」思わず駆け出そうとして思いとどまる。
ディアッカがこちらを見ていた。
ここでキラを庇おうものなら、それは確実に命令違反。
しかもナチュラルに荷担するというのは、ザフトに対する明らかなる裏切り行為。
(くそっ・・・!!)
アスランは歯軋りした。
ザフトを裏切るつもりはない。
自分がザフトの一員であることに誇りを持っている。
時々疑問を感じることはあるけれども、それでもここが今の自分の居場所だ。
キラにしたって、腕一本折られるだけだ。何も命まで取ろうっていうんじゃない。
そうさ、たかが腕1本、
だが・・・
イザークの手に力が籠もる。
「っあああああああ!!」
気が付いた時には、アスランはイザークを突き飛ばしていた。
そして力なく倒れ込んだキラの側にしゃがみ込むと、腕が折れていないことを確認する。
ほっと溜息を吐いたのもつかの間、アスランは場の空気が一変したことに嫌でも気付かされた。
「な・・・」
呆然とするのはディアッカ。
そして次の瞬間、
「貴様あああああああ!!!」
イザークがものすごい勢いで飛び起きて掴み掛かってきた。
受け身を取る間もなく、激しい衝撃とともに冷たい床に叩き付けられる。
「っつ!」
一瞬、息が詰まった。
イザークは激しい剣幕でまくし立てた。
「貴様!!自分が何をしたか分かっているんだろうな!
ナチュナルなんぞ庇いやがって!!
貴様がそんな甘っちょろいからザフトがストライクの奴にナメられるんだよ!!」
「まあ、とりあえずこのことは隊長に報告だね」
ディアッカの言葉にキラがぴくりと反応した。
だが、誰もそのことに気付いた者はいない。
アスランはイザーク達から目を逸らすと、ゆっくりと這い上がった。
「・・・好きにしろ」
そして部屋を後にしようと振り向いたところで
その明るい翠の瞳がかつてない程に見開かれた。
深々と突き刺さったボールペン。
ぼたぼたと紅い血が床を濡らす。
ボールペンはキラの手の甲を貫通していた。
「なっ・・・」
唖然とする一同の中でキラが動いた。
呆然とするイザークに向かって
「僕は右利きだからこれでもう利き手は使えない。
あなた達の使命は僕の動きを制限することでしょう?」
キラはそこで一呼吸置くと、動けないままのアスランに向かって吐き捨てた。
「見ず知らずのコーディネーターなんかに助けてもらう義理はないよ」
埃っぽい古い部屋に沈黙が訪れる。
辺りに血の臭いが充満し始めた頃、
最初に我を取り戻したのはイザークだった。
「はっははははははは!!確かにこいつは危険だ!」
ディアッカもそれに乗じる。
「まったくだ!!成程、ナチュラルにはこういう怖さがあるのか!
さすがクルーゼ隊長だぜ!
こいつらの馬鹿さ加減ときたら俺達の想像の域を超えてやがる!」
「はっ!お前、本当に民間人か?それともナチュラルは皆こんなに馬鹿なのか?」
キラは微笑を浮かべた。
「・・・さあね」
それを見たイザークはふっと笑うと、アスランの方に向き直った。
「結果的にお前は見ず知らずのナチュラルに助けられることになったな」
「・・・・・・」
無反応のアスランを鼻で笑って一蹴すると、イザーク達は未だ止まぬ笑いを響かせて部屋を後にした。
残されたアスランはまだ動けずにいた。
やがてゆっくりと顔を上げると、暗闇に光る紫の瞳を捉える。
「・・・・・・キラ」
地を這うような声に
「・・・・・・」
キラは知らず一歩後退した。





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