黒田が離れに戻ると、浅倉は部屋の前にある小さな庭に面
した縁側に座っていた。
「……ごめんね」
隣に座る黒田を申し訳なさそうに見上げながら浅倉は小さく
謝った。こんなふうに可愛くされたら、言いたい文句も言えなく
なってしまう。黒田は自分の浅倉に対する弱さぶりを改めて痛
感しながらひょいと肩をすくめた。
「それより、風邪ひくよ?髪乾かさずに戻ってきたでしょ」
そう言って黒田はまだ雫のこぼれる髪を指ですいた。
「平気だよ、こうしてれば」
浅倉は笑いながら黒田に体を預けた。その甘えるような仕草
に黒田も微笑みを浮かべて肩を抱く。
「初めてだよね、こういうの」
「え?」
「2人だけで、こうやってのーんびりしてるのってさ」
いつも一緒に過ごす時はどちらかの部屋で、一緒にいられる
時間はあまりにも短くて。それが当たり前だから、何とも思って
いなかったのだけど。
「なんかね、幸せだなーって」
あと何時間で家を出なきゃいけないとか、そんなことを考えな
くてもいい。ただ傍にいることだけを考えていられる。なんて幸
せなんだろう。
「黒田は?」
視線だけを上げて問う浅倉に、黒田は髪にキスをした。
「すげー幸せだよ」
そう言って柔らかく頬に触れると、浅倉はゆっくりと目を閉じて
微かに唇を開いた。
「大ちゃん……」
優しいキスをする余裕はなかった。最初から体が熱くなるよう
な本気のキスをする。互いに舌を絡ませて、吐息を分け合って。
愛しい存在を確かめ合う。黒田はキスの合い間に頬を撫でてい
た手を少しずつ下げていった。首筋から鎖骨へ。そして肌を覆う
浴衣の襟を少し乱して、ゆっくりとした動作で掌を差し入れる。指
先が胸の先端に触れた時、浅倉の体が小さく跳ねた。黒田は唇
を外すことなく、指の腹でその突起を弄ぶと、確かな快楽が絡む
舌からも伝わってくる。
「や……っ」
硬く立ち上がったそこをつまみ上げた瞬間、ビクリと大きく体を
震わせた浅倉が浴衣の上から黒田の手を押さえつけた。
「そんな感じてんの?」
意地悪く耳元に囁きかければ容易に力が抜けていく。
「こうされるの、気持ちイイ?」
突起を弄る指先を何とか止めようと試みるが、力の入らない手
は何の役にも立たない。それどころか、余計に快楽を煽ってしま
う。
「大ちゃん……今、すげーイイ顔してる……」
黒田の首筋に頬を押し付けて、濡れた唇で空気を求める姿が
たまらなく淫らで、愛撫の手はその表情も更に煽るために肌を
彷徨う。襟から手を引き抜き、今度は裾を割る。太腿を撫で上
げると、乱れた裾からのぞく白い足がやけに煽情的だった。
「こういうの、いいかも」
「……っ、オヤジっ」
「オヤジで結構」
内股を何度か緩やかに撫でた後、熱くなった中心に指を絡め
る。
「こういうの、やだってば……」
浅倉は自分だけ快楽を煽られることを好まなかった。黒田の
手を遮ろうと足を閉じて身を捩る浅倉に、黒田はくすりと笑う。
「そんな可愛いことされたら、もっと意地悪したくなるんだけど?」
そう囁いて耳朶を甘噛みする。ぞくりと粟立つ肌に浅倉は小さ
く首を振った。
「ねぇ大ちゃん」
腰から太腿のラインを緩やかに何度も撫でながら黒田が囁く。
「大ちゃんだけが感じてると思ってんの?」
「……?」
「オレだって、大ちゃんのイイ顔見てるだけで、すげー感じる」
そう言って浅倉の手を自分自身に導く。そこは布越しにも分か
るほどに熱くなっていた。
「ボクに……感じてる?」
「すごくね」
「ボクだけ……?」
「他にこんな熱くさせる奴がいるなら教えてほしいよ」
黒田は笑いながら音を立ててキスをした。そして浅倉の体を抱
き上げて部屋の中心に敷かれた布団に横たえる。
「……なんか新鮮」
黒田が感心したような声でそう言った。
「なにが?」
「浴衣に布団っていうの、なんか色っぽいね」
あまりにしみじみと言われて、浅倉は真っ赤になる。
「な、なに言ってんだよ」
「だってさ、ほら、こうして帯解くのとか、卑猥じゃない?」
黒田の長い指が器用に浅倉の腰を縛る帯を解いていく。その
時の布擦れの音が黒田の言葉と相まってやけにこの空間を艶
めかした。浅倉の肌を夜気に晒し、キスを落とす。
「くろ、だは……?」
「ん?」
「脱がないの?」
どこか不安そうな目に気づいて、黒田は優しい笑みを浮かべ
た。
「脱がせてくれる……?」
「……ん」
浅倉は素直に頷くと、おずおずとした手で黒田の帯に手をか
けた。開いた浴衣の襟に手をかけて、肌を滑らせるように取り
去って行く。
「これ、どうしたの?」
黒田の肩口に大きな切り傷を見つけて浅倉は眉を顰めた。
「あぁ、それ。リハでさ、ちょっと気合入れすぎちゃって。派手に
すっ転んで、ざっくり」
前に会った時にはなかったそれを指で辿りながら浅倉はぽ
つりと呟いた。
「こんなの、やだ」
「……え?」
「なんで知らない傷なんかつけてんの?知らないとこで、なん
で?」
こんなケガしたなんて全然知らなかった。誰も教えてくれな
かったし、彼も一言だってそんなことは言わなかった。
「知らない人にならないでよ……」
会えない時間はあまりにも長くて。その間の変化が何よりも
怖い。どんなに愛してても愛されてても、知らない変化が積み
重なるのが怖い。
「ごめん、心配させたくなかったんだ」
「心配させてよ。……なにも知らないより、ずっといいよ」
「うん……ごめん」
変わらない、なんて絶対無理で。良い方だろうと悪い方だろ
うと、変化は必ず訪れる。でも、それでも変わってほしくない。
変わるなら、一緒に。
「大ちゃ……っ」
肩に唇を寄せた浅倉がその傷に歯を立てて、やっと塞がっ
たそこがじくりと痛む。
「ボクの、なのに」
「え?」
「勝手に傷なんかつけないで」
強烈な告白に、痛みは快楽に変わる。黒田は口元に笑みを
浮かべると謝罪を唇に落としてから胸元に唇を落とした。
「や、そこ……」
突起を口に含んで舌で転がしながらもう片方は指で弄ぶ。そ
の感覚に浅倉は大きく身を捩った。
「大ちゃん、ココそんな感じてたっけ?」
「知ら、ないよ……っ」
「今日はかなり敏感みたいだね」
恥ずかしくなるようなことを言われて浅倉は顔を背けた。そん
な仕草が煽るということを知らないらしい。
「やだ……ぁっ」
自身を口に含まれて、びくりと体が竦む。散々弄ばれていた
から、そうされるだけで熱を放ちそうになる。
「いいよ、出しちゃって」
指の腹で先を刺激してやると、体と一緒にそれも震えた。
「だから……そういうの、やだって……っ」
「なんで?イキたいんでしょ?」
「一緒じゃなきゃ、いやだってばっ」
そう言って再び唇でしようとする黒田を両手で止める。
「それって入れてほしいってこと?」
「な、に……」
「違うの?」
意地悪く笑みを浮かべて聞く黒田に、浅倉は悔しそうに顔を
歪めると、少し体を起こして噛み付くようなキスをした。
「そう思っちゃ、だめ……っ?」
「だめじゃない。だめじゃないよ……」
黒田はそう言ってキスを返した。
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