|メインページ|プロフィール|更新履歴|書庫|Love a riddle TOP|ブログ|
=== 注意事項 ===
今作における『性同一性障害(以下『GID』)』という存在はあくまで作品の中の一要素に過ぎず、メインとなるのは哲哉と由子という二人の漫才的な掛け合いから生まれる日常を描く事に有ります。
同時に作者は『GID』について何ら肯定的・否定的な立場に立つつもりもありません。
作品の構成のために一部で『GID』に関しての設定を記していますが、それも必要最低限に止めています。
記した以上は責任を持つべきだと考える方がいらっしゃるかもしれませんが、先述した通りこの作品においてのメインテーマは『GID』ではないため、その点に関して御意見・御感想、あるいは説明不足な点において言及されてもお答え出来ません。(注:明らかな間違い等は掲示板なり、メールでご指摘頂けると助かります)
作者がこうした考えを持って今作品を書いているという事をまず御了承お願いします。
御了承して頂けない方、本文中の設定に嫌悪感を感じる方等は即刻引き返す事をお奨めします。
|
|
世間一般の男子が一度は憧れる状況の一つを挙げるなら女子から、しかも自分が想いを寄せている人物から愛を告白されることではないだろうか。
彼らが夢想する世界の中ではことごとく女子は夕日に照らされた赤い世界の中で、沈む夕日よりも赤く頬を染め、俯き加減で時々こちらの顔をちらちらと見て『あの』なんて戸惑いながら、それでも根本を伝えることが出来ずにまた俯いて――その行動を仮に一サイクルとするなら、たっぷり三サイクル程繰り返してから『好きです』と伝えてくるのだ。やはり恥ずかしそうに。
場合によっては告白しようとしている女子の隣には二人程彼女の友人がいて『ほら、早く言っちゃえって』なんてやり取りをする事がある。
馬鹿馬鹿しいと賢明な人物ならば思うかもしれない。しかし、十人十色という言葉があるように先程記した光景も人によっては夜だったり、真昼だったり、もしかすると朝かもしれないのだ。
ともあれ想いは告げられて、後は男の答え待ち。男の方も『まさか自分が』という思いと、心の中でさえ言葉にはせず、無意識の中で『やっぱりそうだったのか』という確信をもって葛藤する。
『好き』だと相手の想いに応えるか、『ごめん』と想いを断るか。そうした葛藤の時間さえも彼らにとっては夢の一つ。
過去、女性のことを指して『ロマンティック』などと評することがあったが、現在では男の方がよほど『ロマンティック』なのである。そんなロマンティックな男子の夢には是非も何も無い。女性は男のこうした部分を『子供』と称し、男子はそんな女子のことを『現実主義者』と評する。夢を持つ事は何も悪い事ではない。最低限、想像や妄想で止めておき、他人に強制しない限りは。
さて、男女の考え方の違いに関して記すのはこの辺りにしておいて――ここに男が想像して止まない夢の舞台が一つ出来上がっている。
対するは男と女。
空は夕焼けの赤から夜の黒へと移ろいつつある。二人の姿は彼らが通う学園<私立浪岐学園>の制服で、一見すれば彼らが帰り道の途中であることは容易に想像がつく。
しかし彼らが今いる場所は双方のどちらの家にも近くも遠くもない<浪岐市>の集会所である。
男の家はそこから徒歩で十五分、女の家は徒歩で二十分程。考えようによってはこの二人がご近所同士、いわば幼馴染みとも言い換えることが出来るかもしれないが、二人の関係は学園に入ってから始まっている。
二人が学園に入ったのは一年前。今年の春で二年目であり、二人の関係もそれと同じく始まり、進んでいるからそろそろ一年目という事になる。
一年。日数にすれば三百六十五日の中で互いが異性であり、加えて思春期も半ばを過ぎて落ち着きを見せ始める男女であっても恋愛感情の一つや二つが芽生えても可笑しくはない程の時間はゆうに経過してしまっている。
しかし男、『山中哲哉』の方は女に対してそんな感情を抱いた事は無かったし、女の方からもそういう風に見られているなど考えた事も無かった。そのため、彼の心中は混乱していた。
対する女の方はそうでもないらしく、頬を朱に染めて哲哉の言葉を待っている。言葉は単純で、少し粗雑だった。
「付き合ってみない? 恋人として、さ」
文字にすれば挑戦的とも取れる言葉だが、哲哉は素直に受け取っていた。今の女の顔を見れば挑発している余裕など無い事は明らかだったからだ。
余裕が無い。彼女にはあまり似合わない言葉だなと思うと同時に、何処か当たっているような不思議な事を思ってしまう。
女は哲哉から視線を外して、無言で答えを待つ。やはり言わないと駄目だよな。哲哉は決心し、一つ息を吐いた。
「春日」
名ではなく姓で呼ぶ。何時も通り、これまでがそうであったように。それは彼の答えを示しているのか、否か。
「お前の言いたい事は分かった。けど、な」
言い難そうに口ごもり、もう一度息を吐いた。今度は誰が見ても溜め息と分かる程に大げさに。
そして、答えを告げた。
「――お前、男だろ。普通、男が同じ男に告白するか?」
誰かがこの場にいて彼らのやり取りを見守っていたのなら、哲哉の言葉に怒りか、あるいは混乱を感じたかもしれない。しかし女――哲哉曰く、男――は動じた様子も無く、それどころか不満そうに目を細め、
「卒業するころにはすっかり女になってるよ」
「そういう問題じゃないだろ」
「じゃあどういう問題なのよ?」
「どうもこうもないわっ!」
【性同一性障害(Gender Identity Disorder=GID)】という存在がある。
現実の性別と自身が感じる性別とが同一でない――とある機関の定義を元に一例を挙げるなら、身体的な性別は男性であり、本人もそれを自覚しているが、『心』や『魂』といった精神的な部分の性別が女性であると“確信”している状態を指す言葉である(もちろん逆の場合も有る)。
【GID】はあくまで障害の一つであって、病気ではない。その在り方から精神的な疾患の一つと考えられることも多いが、そうではないと言うのが現在までに提唱されている考えの一つである。
『春日由子』も【GID】を有する人物の一人であり、彼女……正確に言えば彼の場合は身体的な性別は男性で、精神的な性別は女性のパターンである。しかし話す声も、外見も女性そのものであって、その姿だけを見ればまず誰もが彼の性別を間違えるに違いない。
由子の容姿や立ち振る舞いはそれほどまでに女性らしかった。これには理由がある。【GID】という存在が一般に知られるようになると自然、誰もが自分たちの状況の改善を求めるようになった。何が問題で何が課題なのか。幾度かの話し合いの後、最初に行われたのは、まずその存在を受け入れること。それまで誰もが自ら持って生まれた性別を疑うことなく生きてきた国の人間から見て『彼ら』は十二分に異分子足る存在であったためだ。
同一視するのは双方の視点から見ても間違いであり失礼かもしれないが――後天的に性別の転換を行った人物でさえ、蔑視する人間がいるのである。
「体は男(女)ですけど、女(男)なんです」
誰がその言葉を聞き入れるだろう? だからこそ環境の改善が必要だった。この『個性』を世間に知ってもらうということ。まずはそこから全てを始める必要があったのだ。そうして彼らのような人々が世間に認知、浸透していくにつれて『改善』は次の段階に入った。
第一段階の改善と並行して開発されていた薬物、【GTM(Gender Transform Medicine=性別改変薬)】による物理的な身体変化の実行。男性の体を女性に、女性の体を男性に"内側から作り替える"画期的な新薬。
この【GTM】が発表された当時には、こうした話題に至ってはお決まりの倫理観に関する議論が数多く展開されたが、【GTM】を希望する多くの人々の声によって時の政府はその薬物の使用を認可。人々は【GTM】を使用するようになる。
自らの身体的性別を精神的性別に合致するための方法として【性別適合手術(先述した性転換手術と同義である)】というものが【GTM】が認可される前から有りはした。
しかし【性別適合手術】を行っても擬似的に変化するだけであって――男性、女性器、乳房(切除も含む)などを手術によって形成、ないし取り除く事は出来るものの、それらは仮初めの、姑息の域を脱しなかった。
加えて日本という国内に限定した話をすれば、【GTM】と比較して有効効果(手術を行う際の手続きの手間等が主たる理由)が低い事もあいまって、【GTM】自体の効果、実用性を持って【性別適合手術】は現在、二次的な手段……【GTM】服用者のサポート的な役割を持つに至っている。
由子が【GTM】の服用を始めたのは中学二年の頃からで、現在に至るまでの二年間は定期的に医師の診断を受けながら薬を服用していると哲哉は聞いている。裏を返せば、服用するよりも前から彼は【GID】ではないかと、疑いを持っていたことになる。
初めて話を聞いた時は俄かに信じられなかったが、目の前にいる現実を見せられては『ああ、こりゃホンマもんだ』と驚いたものだ。──その自分が今、彼女に愛を告白されているというのは、まさしく奇妙としか言えない状況だが。
「はぁ――まあ、待て。とりあえず少し待ってくれ」
外見が如何に女性であろうと彼の性別は男性で、自分も男だ。彼……いや、此処は相手の意思を尊重して"彼女"と呼ぶことにしよう。彼女からすれば自分が抱いている気持ちは至って正常だろう。哲哉もそう思うが、その気持ちを差し引いても納得できないのかと、自問する。
――いや納得は出来る。納得は出来るのだが、と考えて今の状況に相応しい言葉を思い出した。
「その、今は」
果たしてこの言葉を言っても良いのだろうか。彼女を彼女として扱うなら此処で言うには失礼な言葉だが、言わなければ伝わらない。
「今は、お前の気持ちに答えられない」
哲哉の言葉で場が一瞬止まる。
「それは私が男だから?」
哲哉の言葉が予想できていたのか、時の流れが元に戻ると同時に由子は言葉を切り返した。右の手の平で顔を覆い、哲哉は言葉に迷った。
事実として言えば彼女の言う通りだ。なまじ外見が女なだけに……しかもひいき目に見ても飛び抜けて可愛く見えるもんだから尚の事『男』という事実が重いのだ。だから『答えられない』と言ったのだが。
「……それもあるけど」
「何」
ずい、と一歩、哲哉に歩み寄る。哲哉は下がらない。由子は更にもう一歩進み、
「何なの」
「いや、だから」
「だから?」
近付いてくる由子の表情から視線を外せない。朱に染まっていた頬の色はそのままだが、今は恐らく意味が違っている。目はつり上がり、明らかに怒りを感じているように見える。怒張の極みと言う奴かもしれない。
彼女の態度の変化の原因が自分にあると思いつつも、哲哉は思わず、
「逆ギレしないでください」
「するわっ!」
直後。彼女の中で沸騰直前のやかんの蓋が何処かへ飛んで行った。たぶんK点越えする位に。
「言うならはっきり言えっ! 嫌いなら嫌いと、好きなら好きと! 『今、ここでお前を抱きたい』とでも何とでも言えっ! 今すぐに!」
彼女の男の部分が表に出てきたのか、とんでもない事を言った。特に最後。むし最後以外は普通。
「そんな簡単に言えたら苦労するか! 大体何だ、『お前を抱きたい』なんて言う訳ないだろ!? お前、阿呆か!」
自分の意思とは反対に反論した頭は瞬時に彼と彼女の情事の光景を想像してしまう。白いシーツ、それに負けないぐらいに白い肌――実際には流れていないのだろうが、首の裏を冷や汗が流れていく様子を哲哉は錯覚した。
「……とにかく。少し時間をくれ」
逃げ口上だろうが、今の哲哉にはそう言うしかなかった。此処で好きか、嫌いかという問題を即答することは出来ないだろうから。
「時間って、どれ位」
由子の方も言いたいことを言って落ち着いたのか、哲哉の提案を聞く。それでも内容次第では、先程の繰り返しをしそうな様子である。
「……」
「……考えてないな?」
完全に見透かされていた。
「――じゃあ、こうしない?」
黙り込む哲哉を前にして、由子は言葉を続けた。
「とりあえず今は保留って言う事で。確かに哲哉にとっても簡単な問題じゃないし、私も突然だったと思う。だからさ、試してみない?」
「試す?」
「そう。これからもお互い表向きは今まで通りの付き合いをする。でもそれは哲哉だけ。私は哲哉に今までより“ちょっとだけ”積極的になる。 その間に哲哉が私の事を好きになってくれたら良し。逆に、本当に嫌いになったら私は二度と哲哉に関わらない……それならどう?」
彼女なりに、今考えうる最高の提案なのだろうと哲哉は思った。語調からすれば先の告白の言葉と同じように挑戦的に聞こえるが、最後にこちらの様子を伺う辺り、本意ではない事が分かる。
――彼女の提案には同意できる。一つだけ気掛かりなのは。
「お前の言う“ちょっとだけ”って言うのはどの程度なんだ?」
「……実践するよ?」
ゆっくりと由子が哲哉に──自分で言っておきながらも、躊躇いがちに──歩み寄り密着した。
「! こ、こら! お前何して――」
「静かに、して」
腕が背中に回される。哲哉と由子の身長には殆ど差が無い。背伸びをしなくても唇を合わせる程度にはと言えば分かりやすいだろうか。
「――っ」
密着しているために殆ど分からないが、由子が何かに耐えるようにしている事だけは分かる。何故か、何にかという所までは分からないが、哲哉は分かった。
そんな哲哉の様子を知ってか知らずか。
「……哲哉が思ってるみたいに私は男だけど、これから……変わっていく。 文字通り、身も心も。哲哉にとって、“そういうの”が気持ち悪い、っていうのも分かる。 ――分かるけどね。分かりたくなんかない。
今の私は女で、女だからこそ、哲哉の事が好きになったんだし、哲哉にも私を好きになって欲しい……ううん」
回していた腕が哲哉から離れる。ほんの数分の出来事だったが、見えた由子の表情は――笑顔だった。
「絶対、好きにしてみせるから」
どこまでも挑戦的に彼女は哲哉に言って、今更ながら哲哉は目の前の"女"が本気なのだと悟った。
「……それはさっきみたいな事をしてでも、か?」
「それも含めて、かな」
彼女の言葉に躊躇いは感じられず、そしてまた哲哉の心境も決まった。
「……分かったよ。期待には応えられないかもしれないけど。あー、それと……」
「ん?」
「さっきは、悪かった。『男だろ』なんて言って。よくよく考えたらお前に言う事じゃなかった」
哲哉としても出来ることならこの場ではっきりと答えを出したかった。しかし今の彼にとってはこれが精一杯。これからがどうなるかなんて分からない。一カ月、半年。下手をすれば二人が卒業するまで答えは出ないかもしれない。
──それでも。
「――ううん。ありがとう」
哲哉の答えに笑顔を返してくれた由子と、ふざけた気持ちで付き合いたくはなかった。
季節は冬と春の間。春からは二人にとって騒がしい日常が始まりそうだった。
=== Love a Riddle ===
第一話
『由子さん、告白する。』
written by 303E
[第二話]
|
|
[初めに]
初めまして、もしくはこんにちは。この物語の作者である303Eです。
まずは第一話をここまで読んで頂きありがとうございました。どこまで続くか現段階では予想できませんが、以後のお二人にお付き合いしていただければこちらも嬉しい限りです。
作中『性同一性障害(以下『GID』と表記)』という言葉が出てきますが、周知の通りこれは現存する障害の一つです。
ですが注意点として、作者は今作品においてGIDという存在を作品のメインテーマとして扱うつもりは一切無いと言う事です。
『人に関わる問題』というのは極めてデリケートな問題であり、そうした事柄に関係しない私のような人物が御大層にあーだ、こーだと言うのは完全に筋違いであると考えるためです。
冒頭にも文章をコピーして張り付けていますが……今作における『GID』という存在はあくまで作品の中の一要素に過ぎず、メインとなるのは哲哉と由子という二人の漫才的な掛け合いから生まれる日常を描く事に有ります。
同時に作者は『GID』について何ら肯定的・否定的な立場に立つつもりもありません。 作品の構成のために一部で『GID』に関しての設定を記していますが、それも必要最低限に止めています。
記した以上は責任を持つべきだと考える方がいらっしゃるかもしれませんが、先述した通りこの作品においてのメインテーマは『GID』ではないため、その点に関して御意見・御感想、あるいは説明不足な点において言及されてもお答え出来ません。
作者がこうした考えを持って今作品を書いているという事をまず御了承お願いします。
堅い話はここまでにして。
今作品はとにもかくにも、二人の掛け合いメインの、言ってしまえばアホな話です。今後の話でも時には真面目になるかもしれませんが、基本的には読者の方が純粋に楽しんで頂けるような話にする予定です。
二人のお話をどうぞ楽しんでやってください。
それでは。
【第一版:2004/02/19】
【第二版:2004/04/01】
【第三版:2005/03/25】
■一言感想フォーム
|
|▲このページのトップへ|Love a riddle TOP▼| |
|