彼の恋が終ったとき、僕の恋が始まった(後)


「なんだよ、お前らみずくせえなぁ」
酔っ払ったアントニオが虎徹の肩をバンバンと叩く。
トランスポーターに戻ってきたワイルドタイガーと一緒にいるバーナビーを見て、他のヒーロー達は目が跳び出るほど驚いていた。
当然である。ワイルドタイガーの復帰を知ったバーナビーだって驚いたし、バーナビーの復帰を知った虎徹も同じくらい驚いたのだから。
クリスマスの夜ということで家族が自宅で待つ少女達は帰したものの、身軽な独身組、つまりヒーロー男5人+オネェ1人はネイサンの経営するバーに来ていた。
用意された個室は店の奥の防音設備があるオーナー専用の特別室で、装飾は品良く揃えられている。
料理も酒も特に注文することなく適量で美味いものが運ばれてきた。今夜はバディーヒーローの復帰祝いという名目でネイサンの驕りだ。金銭の心配がない分、酒も食事も大いに進む。
「復帰はふたりで相談してたのか?」
「まさか。TVで虎徹さんを見たときは目玉が飛び出るかと思いましたよ」
「ちょっとハンサムが目玉飛び出るって!!」
「俺だって引退したはずの相棒がお姫様抱っこしてくるなんて想像もしなかったっての!」
「さすがはバディーだ、仲がいい!そしてツーカーだ!!」
「おふたりが復帰してくださって、またこうしてご一緒できて嬉しいです!」
虎徹は二部復活ということで復帰後忙しく、一部ヒーローの飲みの誘いは断っていたらしい。たぶん遠慮もあったのだろう、変な所で気を使う人だとバーナビーは苦笑した。
虎徹とふたりきりだったのは、再会したあの短い時間だけだ。トランスポーターに戻れば斉藤がいたし、着替えて外に出れば一部のヒーローにあっという間に拉致されて、このバーに連れて来られた。
久々に見る虎徹の姿はバーナビーには刺激的過ぎた。
バーナビーだって生身の男だ。恋すれば、好きな人を想えば、体は昂ぶる。記憶に残る虎徹の表情や肢体を思い出して自らを慰めたことは何度もある。
だが、記憶にある、思い出の中にいる虎徹は実物と比べたら雲泥の差だったと、バーナビーはしみじみと思った。
一年近い隠棲でも体は衰えておらず老けたようにも見えない。以前通り若々しい身なりと体つきで、声は明朗で笑顔は明るい。たまにふと見せる大人の男の雰囲気も変わってない。
どんな顔をしても何を話しても、バーナビーの心臓を抉ってくる。心臓の音が周囲に聞こえてしまうのではないかと心配になるほどだ。
虎徹に触りたい。抱きしめて僕も好きです、愛していますと伝えたい。
そんな欲求をどうにか抑え込み、懐かしいヒーロー達と笑い合い酒を交わしていたバーナビーだが、アントニオと虎徹の会話にビクリと体を震わせた。
話題は何気ないもので、虎徹の引退中の様子を肴にしていた。
「なにが参ったって、故郷でも顔バレしちまったことだなぁ」
「あー、そうか。ヒーローTVが流れてるからな」
「まあお陰で楓が駆けつけて助かったんだけどさ。あの行動力は俺も頭が下がるわ。ほんとあいつ嫁さんそっくり」
ハハハハハとアントニオが豪快に笑った。
「だけどよ、元ヒーローってことで帰ってからモテモテだったんじぇねぇ?見合いとかどっさり来たんじゃねぇか」
「ああ、見合いねぇ」
眉毛を八の字にして虎徹が溜息をついた。
その様子に食いつくようにアントニオは身を乗り出した。
「やっぱり来たのか!?どうだ、いい女性はいたのか?」
「ばーか。近所の人とかさ、同学年くらいの奴らは友恵のこと知ってるから遠慮してくれたんだけど、ちょっと小金持った社長や名士さんとかがうちの娘をってアクションかけてきてさぁ。心底参ったよ」
「なんで参るんだよ、お前が嫁さん愛してるのは知ってるけど、会ってみれば意外と良い人がいるかもしれないじゃねぇか」
なんてこというんだ、この牛!!
バーナビーは耳をダンボにして会話を拾いながら、心の中で毒づいた。
「もうこの年になって新しい恋だの愛だの始める情熱や気力は俺にはないって」
「なに枯れたこと言ってんだ、お前!」
「枯れて結構。一度は嫁さん貰った俺のことよりお前はどうなんだよ、この一年で彼女はできたのか?」
「ぎゅぅ」
「あーら、アンタには私がいるじゃないの!」
しな垂れかかりながらネイサンが尻を掴んだのか、アントニオが「うをっ」という男臭い雄たけびを上げた。
「お前らも変んねえなぁ!」
朗らかに笑う虎徹を目の端に映しながら、バーナビーは呆然としていた。
『この年になって新しい恋だの愛だの始める気力は俺にはない』
頭の中を先ほどの虎徹の台詞がぐるぐる回る。

あの晴れた冬の日。
別れる間際に虎徹はバーナビーに告白した。
好きだと、愛していると、これはライクではなくラブだと。
そしてこう言ったのだ。
『最後だから言っておこうと思っただけだ・・・ごめんな?』と。

つまり虎徹は恋が成就するなんて微塵も考えていなかったということだ。
誰よりもバーナビーの傍にいた虎徹は、バーナビーが彼に恋心を抱いていないことを知っていたのだろう。
それでも告白した。なぜだ?
そこまで考えたバーナビーは、脳裏に浮かんだ答えにブルリと身を震わせた。
・・・諦めるため?
もう共にいることが出来ないことはお互いわかっていた。
なによりも強い絆があると信じていたが、ヒーローという関わりをなくしてしまえば脆いものだったのだと、引退して初めて気がついた。
バーナビーでさえ恋心を自覚した途端、成就は不可能だと思ったくらいだ。
虎徹もきっと同じだったろう。
最後なら、もう共に在ることが出来ないなら、胸に仕舞っておいた気持ちを告白し潔く断られて玉砕して・・・そして忘れてしまおう。
そう虎徹が考えたのだとしたら。
実際バーナビーは虎徹の告白を受け入れず、ふたりは別れた。再会の約束などしなかった。
予定通り玉砕した虎徹は故郷に戻り、徐々にバーナビーの不在に慣れ恋心を消していったのだとしたら。
今、彼の中にあるバーナビーへの想いはただの友愛。
恋愛感情ではない。
バーナビーが告白しても虎徹からしてみれば『いまさら?』という感じでしかないのだとしたら?
成就を諦めていたものの、虎徹のヒーロー復活を知って、また同じヒーローとして横に立てるとわかったとき、告白さえすれば虎徹を恋人として手に入れることが出来ると信じて、安心しきっていた。
それが今、音を立てて崩れていく。
『新しい恋を始める気はない』と言った虎徹が、一度自分を振った相手にまた恋心を抱く可能性はとても低い。
バーナビーはくらりと眩暈を覚えた。
ガンガンと鳴る頭を抱え、それでも話しかけられれば条件反射で笑いながら会話する。
だが、自分がなにを言っているのかほとんどわかっていなかった。
アルコール摂取だけがこのショックを和らげてくれるただひとつの方法であるがの如く、バーナビーは周りが驚くほどのハイピッチでグラスを空にしていった。

*

「おーい、バニー」
好きな声だ。ずっとずっと聞きたかった声。懐かしく愛おしい声。
虎徹にだけに許した愛称で、また呼んで欲しいとずっと思っていた。
「お前がこんなに飲むなんて珍しいな」
クスクスと笑い声がする。
額に冷たさを感じて目を開けると、琥珀色の瞳が覗き込んでいた。
目を開けたということは目を閉じていたということだ。いつの間に眠っていたのだろうとぼんやりと思う。
介抱のつもりなのか、冷たいタオルで虎徹が顔を拭ってくれている。
「・・・貴方のせいです」
「え?俺のせいなの?」
見開かれた真ん円の瞳は面白がっているような色を乗せていた。
ああ、この瞳が見たかった。再会したときも彼を抱きあげた状態で見たけれど、こんな穏やかで優しい視線は久しぶりだ。
離れていた時間がなかったかのように何も変っていない。
それなのに虎徹の中にはもうバーナビーへの恋心は残っていないのだ。そんなのあんまりだ。そんなの酷い。
「貴方が酷い人だから」
「酷いってひでぇなぁ。そりゃお前に一言もなく復帰したのは悪かったけど」
「そんなことじゃありません!それは嬉しいことです」
「え?嬉しかったの?」
「当たり前じゃないですか、また一緒にヒーローがやれるんですよ」
「そっか」
虎徹が嬉しそうに笑った。素直なバーナビーの言葉に照れたのか、目元が微かに朱色に染まっている。
かわいい。
すごく可愛い。
自分より一回り年上の男に可愛いなんて思うのは可笑しいのかもしれないが、可愛いのだから仕方がない。
惚れた欲目かもしれないが、以前から拗ねて唇を尖らしている姿を見るたび同じような感情を持っていたから、虎徹はきっと前から可愛かったのだ。バーナビーが気づいていなかっただけで。
せっかく虎徹の可愛さを理解できるようになったのに。
格好いい虎徹も頼りにならない虎徹も強情な虎徹も可愛い虎徹も、その身も心もすべてを自分のものに出来るとこの一ヶ月信じて疑ってなかった。
「それなのに・・・あんまりです。そんな今更・・・酷い」
「だから俺が?ってか、なにが酷いんだよ」
虎徹はもうバーナビーのことを好きではないのだ。ラブではなくライク。相棒としての好きであって恋愛感情ではない。
だいたい諦めるために告白するなんて、成就させるつもりが全然ないなんて、酷いじゃないか。
「貴方、僕のこと好きって言ったじゃないですか!ライクじゃなくってラブだって!」
「お、おい、バニー!」
虎徹が焦ったのがわかった。
バーナビーは横たえていた体をガバリと起こす。目を閉じていただけでなく、本格的に眠ってしまっていたらしい。
「言ったでしょう?僕にキスしてくれましたよね!?」
「ちょ、ちょっと!お前、何を言い出すんだよ!!」
「貴方にとっては忘れたい過去かもしませんが本当のことでしょう!?」
「バニー、お前飲みすぎだって」
「これが飲まずにいられますか!今更、もう違うだなんて酷すぎる!!」
「えぇぇ?」
「もう僕のこと好きじゃないんでしょう?ラブじゃなくってライクなんでしょう?愛してるっていったくせに、人のこと恋に落としておいて自分はもう違うだなんて、酷い以外なんだっていうんですか!!」
慌てふためいていた虎徹の動きがピタリと止まる。
バーナビーの言葉を反芻しているのだろうか、何か考え込むような顔をして。
ぱかりと口を開けたあと驚きを乗せた大きな瞳でバーナビーを見た。
「・・・恋に落ちたの?」
呟くような小さな声だったが、間違いなくバーナビーへの問いかけだ。
「・・・はい」
つられてバーナビーの声も小さくなる。だが、隠すことなく事実は伝える。頷くという動きと共に。
信じられないようなものを見るような表情を浮かべたあと、虎徹の喉仏がゴクリと動いた。
視線の端でそれを捕らえながら、頭の片隅で『エロティックだな』と思うほど、バーナビーは虎徹にイカレている。
「誰が?」
「僕が」
「誰に?」
いつか同じ問答をしたことがある。あのときは立場が逆だったが、まったく同じ台詞だ。
そのときのことを思い出してバーナビーの頭にまた血の気がのぼる。
僕のこと好きって言ったくせに!!
「誰にって、貴方しかいないじゃないですか!こんなに好きなのに『恋を始める気はない』なんてあんまりです。僕のこと好きじゃなくっても気力くらい持っていてくださいよ!じゃなきゃ、口説くに口説けない!!」
虎徹がバーナビーにもう恋していなくっても、諦めてしまい過去のことになってしまったとしても、バーナビーにとっては現在進行形の恋だ。
一度は好きになって貰えたのだ。まったく可能性がないわけではないはず。それならば口説いて口説いてもう一度こっちを向いて貰う努力をしたいのに、枯れた発言をされればそれさえも覚束ない。
真っ直ぐ射抜くバーナビーの視線を受けて、虎徹が戸惑ったように視線を揺らし、逸らした。
「・・・ばにー」
「なんですか、何か文句があるんですか」
「文句はひとつある。周りをよく見てみろ」
周りを見ろ?どういう意味だ?
告白したバーナビーに対して、もっと周りを見ろとお似合いの女性と普通の恋愛をしろとでもいうつもりか。
「誤魔化さないでください!」
「だ!誤魔化してねぇって!!とりあえず正気に戻って周りを見てみろ!」
ガッと面を上げて怒鳴る虎徹の顔は真っ赤だ。
眦にちょっと涙が浮いているように見えるのは目の錯覚か。涙目な虎徹さん可愛い。
こんなときでも馬鹿みたいな思考が浮かぶ自分に少々呆れながらも、お陰で少し冷静さが戻ってくる。
それにしてもこの人は何を言っているんだと虎徹から視線を外した先には。
目をギラギラと輝かせ鼻息荒くこちらを見ている麗人と口をポカンと開けた大柄な男がいた。
え?なんでここにネイサンとアントニオが?
一瞬わけがわからず、それでも反射的に反対側に顔を向けると、真っ赤な顔をしたイワンとワクワクした表情を浮かべているキースが同じくこちらを見ている。
「なっ!?」
「バニー、この馬鹿!!」
酔いが一気に醒める。ここがどこかすっかり忘れていた。虎徹とふたりきりではなかったのだ。酒と恋に酔ったバーナビーには虎徹しか目に入っていなかった。
虎徹への気持ちに嘘偽りはないが、仲間達の前で赤裸々に語る内容ではない。そのうえ、自分の気持ちだけならまだしも、虎徹の言動までばらしてしまった。
こうなったらバーナビーがとる行動はひとつ。
「行きますよ、おじさん!」
「ぐえっ」
相棒の襟首を掴んでバーナビーは部屋を飛び出した。ハンドレットパワーは使っていないものの鍛えたヒーローの全速力の逃走、久々のハンサムエスケープである。
背後で仲間達の叫び声や雄たけびが聞こえてきたが、真っ赤な顔をしたバディーはそのまま夜の街へ走り去った。

*

賑やかな繁華街を駆け抜けて、人気のない裏通りに辿りついた。
逃げるだけ逃げたら精神的に余裕が出たのか、虎徹が苦しいと騒ぎ出した。
ジタバタを暴れられてようやくバーナビーは襟首を掴んだままだったということを思い出し慌てて手を放すと、解放された虎徹は体を丸めて何度か咳き込んだあと、何も言わずに歩き出した。
バーナビーの名を呼ぶことも視線を寄越すこともない。
離れていく背中にどうしようか迷ったものの、このまま別れるのは嫌だと、バーナビーは虎徹の後をついて歩き出す。
きっと怒っているのだろう。一年前の出来事を仲間に暴露されたあげく、バディーからの愛の公開告白だ。相当恥ずかしい思いをしたに違いない。
「すみません」
数分の沈黙のあとバーナビーは消え入りそうな声で謝った。
バーナビーが虎徹を好きになったのはバーナビーの勝手。虎徹がその気持ちに応えなくても文句をいう資格はない。一年前はバーナビー自身が虎徹に応えなかったのだから尚更だ。
「なにが」
無視されるという悲しい予想は覆されて、すぐに返事があった。
立ち止まることも振り向くこともしないが無視するつもりはないらしい。
まだ許される余地は残っていることに救われる思いで、急いでもう一度謝る。
「あんなに騒いで一年前のことを皆に知られてしまいました。ごめんなさい」
虎徹にとって男に惚れるなんて黒歴史だったかもしれないのに。
「ホントアレは・・・勘弁してくれよ。あいつら明日になったら忘れていてくんないかなぁ」
ガクリと虎徹の肩が落ち歩く速度が遅くなる。かなりのダメージを食らっていたらしい。
だが、彼らはきっと忘れないだろう。あんなショッキングな告白劇、忘れたくても忘れられるはずがない。特にネイサンは忘れた振りすらせずにぐいぐい事の顛末を聞いてくるに違いない。
「・・・すみません」
「今後は何を謝ってんだ?俺のこと好きだってラブだって言ったことか?」
「それは謝りません!」
場所を選ばぬ告白劇は謝って当然だが、虎徹を好きになったことを謝るつもりはない。
だって本当に好きなのだ。もう会うことも恋が成就することもないとわかっていても消えることがなかった気持ちに嘘偽りはない。
たとえ虎徹が迷惑だと感じても、バーナビーが恋するのはバーナビーの自由だし、自分でどうにかできるものならどうにかして、とっくに諦めていた。
そんな気持ちが表れたのか、思った以上に大きな声が出た。
虎徹は大声に驚いたらしく全身を大きく揺らしたあと、ピタリと歩み止めた。一定の距離を保ちバーナビーも立ち止まる。
「お前、俺に恋しちゃってるの?」
言うにことかいてなんという問いかけだ。それにその台詞、おじさんのくせに可愛すぎだろう!
などと思っていても口には出さない。そのかわり神妙にバーナビーは返事をした。
「・・・はい」
「俺はもう新しい愛だの恋だのをはじめる気力はねぇんだ」
虎徹の言葉がグサリとバーナビーの胸に突き刺さる。
わかっている。さっきも聞いた。そんなに何度も言わなくてもいいじゃないか。
「・・・・・・はい」
バーナビーは泣きそうになりながらも律儀に返事をした。声が震えているのは許して欲しい。
「嫁さんに使い果たしたって思ったのにさ、まだ俺の中には誰かを愛する心が残ってて、なにをどうこんがらがったのか、あの頃お前にその・・・そんな感情を持っちまった。でも俺男だしお前は優良物件でノーマルだし、懐いてくれてたけどそういう感情は一切ないのはわかってたから、忘れちまおうと思って告白したんだ」
「・・・・・・はい」
「お前さぁ。嫁さんが死んで7年経ったけど、俺がまだあいつのこと愛してるって知ってる?」
「知っています」
未だに指輪は彼の左薬指にある。
数時間前に再会したばかりだから今現在のことはわからないが、バディーヒーローとして共に在った間、虎徹がずっと亡くした妻を愛し続けていることは知っている。
だからこそ、虎徹がバーナビーに恋心を抱いていたなんて気がつかなかったのだ。
「俺が一度好きになったらさ、死んでようが生きてようが関係ないくらいシツコイって知ってるか?」
「・・・たぶん」
妻を愛していながらバーナビーに恋をしたと言った虎徹を思うと、ほんの少しだけ自信がなくなる。
「たぶんってなんだよ!?知らねぇのかよ!?じゃ、ちゃんと教えてやるよ!」
バーナビーの答えは不可だったらしい。
虎徹が怒ったように叫んで、くるりと振り向いた。
5センチ背の高いバーナビーをほんの少し下から睨みつけるように見上げた顔は、やっぱり怒っている。
「俺はな、お前を好きだとか言っても嫁さんのことも好きだったし、嫁さんのことを愛しててもお前のことも愛してて!なんでだーと思っても好きなもんは好きだし!!俺は一度好きになったらとことんしつこいの!振られたって、一年経ったって、死んでたって、見込みがなくったって、とにかくしつこいんだ!今持ってる愛だの恋だので精一杯で、新しいやつを始める気力はもう気ないの!」
つまり妻が亡くなっていてもまだ愛していて、バーナビーがつけ入る隙はないということだ。
一年前確かに虎徹はバーナビーに恋してくれていた。伸ばされた手を取らなかったのはバーナビー自身だ。後悔しても遅い。
虎徹はもう新しい恋は始めてくれない。バーナビーの恋は叶わない。
あの晴れた冬の日。バーナビーの恋が始まったときに虎徹の恋は終ってしまったのだから。
泣きそうだ。涙が滲みそうなのを必死でおしとどめる。
ヒーローに復帰した自分達はこれからもバディーとしてやっていかなければならない。これ以上虎徹を困らせてはいけない。
「はい・・・わかっています」
「だ!わかってねぇじゃねぇか!」
虎徹がワイルドに吼えた。驚くバーナビーに詰め寄り、その両肩をガシリと掴む。
「お前。頭働いてる?いつもの賢いお前はどこに行った?だから俺の恋は現在進行形だって言ってんの!二度目の恋が!!それも一年以上前からのが!」
容赦なくガクガク揺さぶられて、一緒に脳も揺れているせいか思考が一瞬跳んだ
「え?」
虎徹は今なんと言った?
現在進行形の恋?一年以上前からの、二度目の恋?それは。それって。その恋というのは。
「奥さんに二度惚れ?」
頭が良く働かない。だけどもの凄い期待がバーナビーに襲い掛かってきている。
しかしそれが勘違いだったときのダメージは計り知れない。再起不能になる自信がある。
だから、ほんのちょっとでもあり得ないではない可能性を先に口にしたのだが。
失敗した。
「だ!!!もういい!!!」
虎徹はバーナビーを突き飛ばし、憤怒の表情を浮かべて踵を返した。
「ごめんなさい、虎徹さん!」
「もう知らねぇ、お前なんかアッチへ行け!!」
怒り収まらぬ虎徹相手にこれ以上迂闊な行動はとれないが、『アッチへ行け』ってなんだ、可愛い!なんて焦った頭の隅で考える。
「そんなこと言わないでください、好きです、愛しているんです、虎徹さん、僕を嫌わないで!」
それでも止まらない虎徹に、バーナビーは駆け寄ると背後からその体を思いっきり抱きしめた。
「!」
虎徹が息を飲んだのが、密着した体から伝わってくる。
求めてやまなかった温かい体が腕の中にある。
身長差がほとんどないためバーナビーの顔は虎徹の首筋に埋まり、薄い体臭がモロに鼻腔を擽ってきて、一瞬くらりと眩暈を覚えた。
「・・・好きです、虎徹さん。僕の恋がはじまったあの日に貴方の恋が終わったんだと思ったんです。恋心を消すために告白した貴方はもう僕のことは相棒としか思ってないって・・・でも」
「・・・勝手に終わらせんな」
「すみません」
腕の中に大人しく収まってくれている体を強く強く抱きしめる。
虎徹の恋は終わっていなかった。一年近く離れていてもずっと想っていてくれた。
バーナビーが告白しなければ、ずっと恋心を隠したまま相棒として隣で笑い続けてくれたのだろう。
それどころかバーナビーが復帰しなければ、遠い空の下からずっとバーナビーの幸せを願いながら愛し続けてくれたのだろう。
そう思うと、そんな虎徹の姿を想像すると、嬉しさと哀しさと切なさが交じり合って涙が滲んでくる。
「好きです」
「うん」
「大好きです」
「うん」
「愛しています」
「うん」
「もう放さない」
幸せになって欲しい。哀しい思いはして欲しくない。自分の手で幸せにしたい。一緒に幸せになりたい。
思いの丈を込めて耳元で囁き続ける。
「うん」
「虎徹さん」
「うん、俺も」
応えた虎徹の顔や耳は後ろからでもわかるほど真っ赤だ。
抱きしめている腕にそっと虎徹の手が添えられ、すぐに強く握り締められた。
バーナビーの体温は一瞬で数度上昇した。全身の血が沸騰したかのようだ。嬉しくて愛しくて息が詰まる。
もっと強く抱きしめたい。そして強く抱きしめられたい。
離れたくないと駄々を捏ねる体を自らの意思でねじ伏せ、抱擁を解いた。
「バニー?」
突然解放されて驚いたのか名を呼んでくる虎徹の体を乱暴に回転させる。
ようやくお互いの顔が視界に入る。向かい合った顔はふたりとも真っ赤で、同じように幸せに満ちた表情を浮かべていた。
「虎徹さん」
甘く名を呼んで、再びバーナビーは虎徹を抱きしめた。
筋肉のついた背中と細い腰に手を添えて引き寄せると、同じように虎徹も抱き返してくる。
「バニー」
合わさった胸から響く早い心音はどちらのものかわからない。
嬉しくって愛しくって幸せでたまらなくって。
キスする権利を得たことにも気がつかずに、ただずっとお互いを抱きしめあった。


「あの虎徹さん」
どれだけ時間が経ったのか、お互いの体温だけでは補えない冬の寒さがジリジリと身に突き刺さるようになって、ようやくバーナビーは我に返った。
ほぼ同時に身じろいだから、虎徹も同じだったのだろう。
今日はクリスマス、つまり12月だ。ハラハラと舞い落ちてきた雪は綺麗だが、じっと動かずにいれば寒さが身に凍みる。
「なんだよ、賢い頭でなんかいいこと思いついた?」
背中に回った腕の力が緩んだのを感じてバーナビーも抱擁をとくと、虎徹が悪戯気な目をして見上げてくる。
さっき、なかなか虎徹の真意に辿りつかず賢くないと言われたばかりだが、今度は大丈夫だ。
「貴方を持ち帰っていいですか?」
「え?持ち帰る?」
「ええ。僕の自宅に」
最初は意味がわからなかったのか少しキョトンとしていた顔が、バーナビーの含みある笑みを見て察知したのか目元を朱色に染めた。
「持ち帰ってどうするんだよ!!」
「言わなくっちゃ駄目ですか?」
「だ!やっぱおまえはバカだ!!」
「恋は人を馬鹿にするものなんです、だから虎徹さん」
左手を虎徹の背に添えて、軽く足を払ってバランスを崩したところで右手を膝裏に差し込み、抱えあげる。
得意のお姫様抱っこだ。
「一緒に馬鹿になりましょう?」
ベッドの上で。
唇だけ動かし声にはしなかったが、虎徹にはちゃんと伝わった。
焦り出した虎徹が何かを応えるより早く、バーナビーは能力を発動し。
出来たばかりの恋人を抱いてシュテルンビルトの夜の空へ跳びあがった。





あの日と同じ、冬の日。
彼の恋と僕の恋がひとつになって。
ふたりの恋が始まった。

 

 
  

 


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■あとがき

シリアスちっくを目指したはずなのになんか失敗しました(笑)





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