再び総帥服を身につけたシンタローは括っていた髪紐を解いた。
一本に縛られていた黒髪がバサリと広がる。
赤と黒の、見慣れた色彩の対比が視界に飛び込んでくる。
シンタローが再び、そしてようやく自分達の元に帰って来たんだと実感した瞬間だった。
ぐったりとソファーに寝そべっているシンタローをグンマは少し離れたテーブルに肘をついてみつめていた。
マジックが仮総帥をしていたとはいえ、長期による総帥不在はやぱりガンマ団にとって色々な問題を巻き起こしていた。
恐怖時代、といってはなんだが殺し屋軍団時代の総帥が一時的とはいえ総帥の座に返り咲いていたのだ。
近隣諸国が不安を覚えないはずはなく、色々な憶測や噂が飛びかい、せっかく築いてきた友好にも陰りが落ちはじめていたのだ。
それを払拭すべく、総帥復帰したシンタローは意欲的に諸国を巡り、新体制が揺らいでいないことをアピールした。
とにかく戻ってきてからのシンタローは忙しかった。
それがようやく落ち着いてきて、一族の私的フロアーに久々に戻ってきたものの、シンタローは「ただいま」の一言を発したあとは、誰と会話するでもなく、リビングのソファーに倒れこんだ。
「シンちゃん、大丈夫?」
今日シンタローが帰ってくると聞いて待っていたグンマだったが、そのあまりにも疲れた様子に心配げに声をかけた。
「・・・大丈夫じゃねぇ」
内容に反し意外と力強い声の返事にグンマはほっとする。
そして返ってきた言葉の内容を嬉しく感じた。
子供の頃からそうだったが、特に総帥の座についてからのシンタローはひとりで抱え込み、弱みをみせないようになった。
今までならきっとこんなとき「大丈夫だ」という答えが返ってきていただろう。
だが、今戻ってきたのは「大丈夫じゃない」という言葉。
ふたたびあの聖地から帰ってきたシンタローから、以前はあった近寄りがたいピリピリとした雰囲気がなくなった。
肩の荷がおりたように、自然体になったのだ。
「シンタロー、カレー出来たけど食べるかい?」
キッチンからオタマを片手にマジックがピョイと顔を覗かせた。
「喰う」
疲れ果てすぐにでも私室のベッドで惰眠を貪りたいのを我慢してリビングにいるのは、久々にマジックのカレーを食べたいからだ。
ぐいと重い体を起こしソファーから立ち上がると、シンタローは覚束ない足取りでグンマの横の椅子に座った。
「キンちゃんはどうする?」
シンタローほどではないものの、キンタローもかなり疲労困憊していた。
なんせ補佐官という立場上、シンタローと共に行動しているのだ。
ひとりがけのソファーにシンタローと同じくぐったり沈み込んでいたキンタローは目をあけて少し考え込んだあと「いや、俺はもう休む」と答え、カレーを食べる気満々のシンタローに呆れた視線を送りながら自室に帰っていった。
テーブルのうえに置かれたカレーをみて、シンタローは少し元気になった。
あからさまではないが嬉しそうにスプーンを握ると、カレーを食べ始める。
「コタローは?」
視線だけで周りを見渡したあと、マジックをみてシンタローが尋ねる。
「今何時だと思っているんだい。子供は寝てる時間だよ」
返ってきたマジックの言葉にシンタローのカレーを食べる手が止まった。
少しポカンとした表情で真正面に座る父親をみつめる。
「なんだい?」
「・・・父親みたいなセリフだな」
「みたいとはなんだい。パパはちゃんと父親だよ!」
微妙に可笑しい言葉を吐きながら心外だと眉を寄せる顔をみて、シンタローは嬉しそうに笑った。
その表情に『シンちゃん可愛い!!!!』と叫び抱きつきそうになったマジックだったが、その衝動をぐっと押さえ込む。
久々に会うシンタローの、それも可愛い笑顔を少しでも長くみていたいという気持が勝ったのだ。
もし抱きついたならば、シンタローの機嫌は直滑降。あげくに眼魔砲が飛んでくることは間違いないのだから。
とはいえ、いったん湧き上がった衝動はそう簡単に消せるはずもなく。
抱きつくのは無理でも、シンタローに触れたくて仕方がなくなるマジックである。
どうしよう、どうやって触れようとグルグルと考えだしたマジックの目の前で、ガツガツとカレーを食べているシンタローが横から滑り落ちてくる髪を鬱陶しげに払いのけた。
それをみた瞬間、触れる口実をみつけたマジックは何気ない態度で立ち上がった。
「シンタロー、髪が邪魔なら結びなさい」
心中はウキウキ、だが態度はあくまでも父親っぽく。それがポイントである。
ヘタに下心が見えたりしたら途端にシンタローの態度は硬化して、マジックを拒否するのだ。
カタンとサイドテーブルの引き出しから髪ゴムを取り出してシンタローの後ろに回りこむ。
シンタローが振り向くより先に長い髪を両手で掬いあげた。
「パパがやってあげるから、お前はちゃんとカレーを食べてなさい」
ただカレーを食べたいがためだけに疲れた体に鞭打ってテーブルについていたシンタローにとって、髪を結うをいう行為も億劫だった。とはいえ、両サイドから前へ流れ落ちてくる髪も鬱陶しいのは確かだ。
疲れて思考回路があまり回らないシンタローは深く考えもせず、「ま、いいか」とばかりにマジックのされるがままになった。
抵抗せずに大人しくしているシンタローに感動を覚えつつ、艶やかな黒髪の感触をマジックは掌で指先で愉しんでいた。
いつも通りの綺麗な髪だが、少し毛先が荒れているような気がする。
「シンちゃん、ちゃんとパパの用意したトリートメント使ってた?」
「忙しくてそんな面倒くさいこと出来るかよ」
「やっぱり。ちょっと傷んでるよ。せっかくの綺麗な髪がもったいない」
ぶつぶつ文句を言いながらも、ブラッシングするように指先で梳き、結ぶためにうなじ辺りで一本に握った。
ピクッとシンタローの動きが止まる。
手の甲で久々の肌の感触を愉しみながら、マジックは悪戯を仕掛けることなく髪を一本に纏め、髪ゴムで縛った。
ふたたび食べ始めたシンタローの横顔を眺めながら、マジックはまたその正面に座る。
『シンちゃんはやっぱり可愛いね〜v』
などと口に出したら即眼魔砲なことを考えながら、にこにこしてシンタローを眺める。
「おかわり!」
そんなマジックをジロリと睨みつけ、シンタローはカレー皿を乱暴に差し出した。
(なんだかんだ言ってシンちゃんもお父様に甘いっていうか・・・結局仲良しなんだよね)
ふたりの様子を横で眺めながらグンマは苦笑した。
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